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東北紀行(24)仙台 「仙台城(青葉城)」

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 東北紀行(24)仙台 「仙台城(青葉城)」  ,






青葉城址の伊達政宗公が仙台市内を見下ろす



仙台城は、約270年に亘り伊達氏代々の居城であった
主城・「仙台城」は伊達政宗によって江戸開府直前の1601年に築城が始まり、併せて城下町・仙台の建設をはじめ、居城も完成と同時に岩出山から仙台城へ移している。 

政宗は、「大坂の役」(大阪夏の陣)での重臣・片倉重長が後藤基次(後藤又兵衛)らを討ち取り、又、真田幸村の攻勢を受けて立つなど大きな功があったとして開府後、家康より60万石を安堵されている。

正宗は幕藩体制時代になって世情が落ち着いてからは、もっぱら領国の開発に力を入れ、「貞山堀」と呼ばれる運河を整備し、北上川水系の流域を整理、開拓し、現代まで続く穀倉地帯を造り上げている。 
この結果、仙台藩は石高62万石に対し、実高100万石を越える米の生産量を確保したという。 一説には江戸中期には300万石を超えていたとも言われる。
文化的にも上方の文化を積極的に導入し、技師・大工らの招聘を行い、桃山文化に特徴的な荘厳華麗さに北国の特性が加わった様式を生み出し、大崎八幡神社(社殿は国宝)や松島の瑞巌寺などの建造物を残している。


仙台城」は、現在の仙台市の青葉山にある山城で、慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に亘り、伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁でもあった。 
幾度となく、地震などによる損害を受けながらも修復を繰り返し、幕末、奥羽越列藩同盟など戊辰戦争を経るも、一度も戦火にまみえることなく要塞としての機能を終えた。
その後城郭は、明治初期から大正にかけて本丸破却、大火により二の丸焼失、又、昭和期の戦災によってその大半が失われたという。

「仙台城」の本丸は、海抜115~140mの丘陵台地に立地し、東西約240m、南北260mの広さがあって、東側が広瀬川に臨む断崖であり、西側を青葉山と呼ばれる深い原生林に囲まれ、南側を竜の口峡谷が囲むという天険の要害となっていた。

青葉山に位置する事から「青葉城」という雅称を持ち、一般的に青葉城と呼ばれる事が多い。 
青葉山は、仙台七崎(藩政期から呼ばれている仙台市内にある七つの崎が付く地名)の一つ「青葉ヶ崎」に由来する。
正宗は、仙台城は山城で、江戸期における平和な世の治世には適さぬとして、自分の死後、平城へ移ることを奨めていたともいう。


「仙台城」、「仙台」の名前の由来は・・?
仙台城は、かって国分氏の居城があったところで、其の名を「千代城」と名付けていた。
陸奥国の国分氏は、南北朝時代から戦国時代の末まで、陸奥国分寺付近から宮城郡南部に勢力を張った武士の一族であり、戦国時代末に伊達氏に臣従したが、伊達政宗の不興を買って滅んでいる。
1601年、伊達政宗 が今井宗薫(秀吉の御伽衆として仕え、秀吉没後は徳川家康と接近し、家康の子・松平忠輝と伊達政宗の娘五郎八姫:いろは姫の婚約成立に尽力している。)にあてた書状の中に、『去る十四日此地仙台へ相移り申候』と記されていることから、 伊達政宗が「千代」から「仙台」に命名されたといわれる。

次回、岩手 「北上川


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東北紀行(23)仙台 「始祖・伊達政宗」

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 東北紀行(23)仙台 「始祖・伊達政宗」  ,


福島から宮城にかけては褶曲した山間地を走る。
村田からは山形道が通じているが、その庄内山形や「蔵王」の事については帰路立寄ることになっているので、記述はその時にいたします。

さて、仙台はさすがに東北一の街で、高層ビルもチラホラ見えている。
杜の都・仙台市は慶長5年(1600年)伊達政宗が開いたというのは衆知のことで、仙台といえば伊達藩、伊達藩と言えば「伊達政宗」であろう。

東北の覇者、「伊達者」(だてもの)といわれた正宗は、御存じ「戦国の雄」として名を成し、「秀吉・家康を翻弄した男」ともいわれる。 
伊達者(だてもの)」とは、朝鮮出兵時に政宗が揃えた戦装束が余りに派手で華美なものであり、上洛の道中において巷間(ちまた)の噂となったことから呼ばれるようになったといわれる。 これ以来、派手な装いを好み、着こなす人を指してと伊達者と呼ぶようになったと伝えられる。

だが、正宗の本音は派手好みの秀吉の気に入るよう、危ない橋を渡らないようにと十分な気配り、計算をしたものでもあった。 
この「伊達者」から、人目につくように形を表す意味;侠気を示す意;派手に振舞うの意になり「伊達な若い衆」、「伊達や粋狂じゃない」などと言われ、又、見えを張ること;外見を飾ることで「伊達めがね」などと言われるようになった。



伊達政宗は1567年に「米沢城」で生まれている。 
1567年といえば室町末期に当り、世は戦国期の動乱に入ろうとしていた時期である。
因みに、同時期の織田信長(34歳)は美濃・斉藤家の稲葉山城を陥し、「天下布武」を発して京に上った時期であり、秀吉(31歳)は信長傘下で墨俣城を築城し、美濃攻めで稲葉山城を攻略、美濃の竹中半兵衛を軍師に迎える。 
又、家康(26歳)は、今川義元亡き後、武田信玄と協定して今川氏の領国を割譲し、遠江(とうとうみ)を得ている。

豊臣政権下の政宗25歳の時、米沢の約150万石から73万石に減封となり、岩出山城に入る。 米沢城はその後、米沢藩の主城となり上杉家の名相・上杉景勝、上杉鷹山(ようざん・治憲、日向国高鍋藩出身)などの居城として有名である。 


伊達政宗は豊臣政権時代から隙あらば天下を収奪しようと何度も策略していたとされ、中央から常に警戒されてもいたという。 
彼は『あと20年早く生まれていれば、天下が取れたのに』と悔しがっていたともいわれる。
徳川期の正宗は、後の三代将軍・徳川家光からは尊敬されていたらしい。 
家光に「伊達の親父殿」と呼ばれていたこともあり、将軍就任の際に、正宗は率先して頭を下げ諸侯を抑えたともいわれる。 
病床に着いた際も将軍・家光自らが見舞ったり、医者の手配をするなど配慮を見せている。 
将軍の前での脇差帯刀も許されていたが、側近が酔って居眠りする政宗の刀を調べると中身は木刀であったともいわれる。
伊達者・伊達政宗は、1636年(寛永13年)5月江戸で永眠した、享年70歳であった。 

独眼流正宗は、「たとえ病で失ったとはいえ、親より頂いた片目を失ったのは不孝である」という考えから、死後作られた木像や画にはやや右目を小さくして両目が入れられているという。

辞世の句は・・、

  『 曇りなき 心の月を 先だてて 
               浮世の闇を 照してぞ行く
 』



次回、仙台・「青葉城



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