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東北紀行(85)銀山温泉 「銀鉱と温泉」

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『東日本大震災』に遭われだ被災者の皆さん、「東北人魂」で一日(いじんち)も早い復興さ祈っからね。
全国の皆んな・・!!、東北は「自然、観光名所、温泉、祭」と見所が一杯有るだよ。 G・Wは「東北地方」さ、旅行にでかけっぺ。
東北・いわき出身の小生



 東北紀行(85)銀山温泉 「銀鉱と温泉」  ,



銀山川は下流の「丹生川」に合流し、最上川にそそいでいる。
丹生」のと言う地名は各地にけっこうあり、丹生は丹が出土するところ、即ち、「丹」とは赤土のことで硫黄と水銀との化合(辰砂:しんしゃ・水銀製造や赤色絵具の主要鉱石)したもので、水銀などを含む鉱脈と関連するようである。


この丹生川と関連があるかどうかわ定かでないが・・、
大昔、日本の最古とされる古書(魏志倭人伝)には「その山には丹(辰砂)あり」と記されていて、現に紀州の紀ノ川沿いには、飛鳥期の以前から水銀の採取を行っていたとする記録がある。
そこには丹生一族という専門集団がいて採掘、精錬をしていたとされ、現在その周辺には丹生神社という社が50幾つもあるという。


今でこそ、水銀と銀とは全く異なった物質であるが、大昔の人々は同一のものと考えていたようである。 
又、“金属(主に貴金属も含む)が産するところに温泉あり、温泉の出るところに金属あり“とも考えられていたようである。 

金属、特に貴金属の産する鉱床は「熱水鉱床」とされていて、地球の熱水(主にマグマによる)によって吹き上がってきた物質、或は、接触している周辺岩盤を溶解させ、長時間の間で山のように沈殿、集積したできた鉱脈が出来上がったものを指す。
熱水は温泉水を伴っていて、時には熱温水は温泉となって近くの地表に湧き出し噴出する可能性もあるという。 
特に、硫黄成分を伴う温泉は概ね火山性の温泉であるとされる。


銀山温泉は15世紀の頃、銀鉱山が発見されて間もない頃、ここで働く鉱夫が同様に温泉を見つけたのが始めと伝えられ、当時は鉱夫たちだけが利用していた温泉であった。
銀山の衰退後、当然ながら人々は去ってゆき人口は激減し、世間とは遮断された仙境であったが、それでも温泉は湧き続け、中には温泉を利用した湯治客相手の小宿や小商いを行って生活する者もいた。

江戸中期(享保年間)になると、鉱山が廃山になった頃から湯治場として栄え、幕末の温泉見立番付では「諸国温泉効能鑑」の東方四段目を付けられていた。

当時、『 うち身、かっけは最上の銀山湯 』と評判もたったという。


明治期のころまで数十軒の平屋建ての湯治場があったとされる。 
ところが、大正2年に銀山温泉は大洪水に見舞われ、殆どの温泉宿は流されてしまったという。
その後は洪水の影響と湯温の低下で一時、沈滞したが、大正10年に銀山川の水を利用した発電所が作られ、大石田出身の銀行頭取であった「田中 保」氏らの助言により、各旅館は一斉に洋風の3~4層木造構造に建て替えを行った。 
そして関連して橋や沿道の整備も行い、ついに尾花沢より短時間で来れるようになったいう。


戦後は温泉街の外観は純和風に改装され、風情ある旅館街、伝統を生かした街造りを更に促進させるという。 
昭和43年(1968年)11月には、「国民保養温泉地」の指定を受けている。
昭和61年に地元、尾花沢では銀山温泉を「銀山温泉家並保存条例」を制定し、併せて、延沢銀山遺跡は昭和60年に国の史跡に指定された。
平成11年には新幹線の延伸にともなって観光客の数も増え続けているという。

毎年、冬を迎えるとテレビ各局が温泉の番組の特番を放映する。
登場する温泉は北関東・東北の温泉が圧倒的だが、中でもここ銀山温泉がよく紹介される。
雪を被った木造三層・四層の旅館が立ち並ぶ温泉街の風情豊かさにあるのは周知である。





旅館中心街にある公衆浴場「かじか湯」、左は「旅館・永沢平八」




温泉街とは離れた場所にもうひとつの公衆浴場「しろがね湯




銀山温泉の外湯は現在三軒あり、泉質はどこも似たようなお湯で、先ず、「しろがね湯」は温泉街の端、足湯の近くにあって銭湯という感じの共同浴場である。 
8:00-17:00 大人500円/小学生以下200円

かじか湯」(大湯)は温泉街の向こう中央部にあって、昔ながらの小さな共同湯で、雰囲気は一番ともいうが。
8:00~20:00 大人300円/小学生以下100円

そして2009年6月5日に、貸切専用の公衆浴場『おもかげ湯』がオープンしている。 但し、料金は50分で2000円となっている。 
地元民専用の共同湯を一般向けに貸切風呂にしたので雰囲気はあるという、だが、値段が高いのが難点か・・?。
利用時間は10時~17時50分まで(最終受付5時)で、浴室は約8畳の広さ、脱衣所に入り内鍵を閉めて利用する。


銀山温泉の泉質は概ね同一で、含硫黄・ナトリウム-塩化物硫酸塩泉(含食塩硫化水素泉)で、効能は慢性皮膚病、高血圧症、動脈硬化症、慢性関節リウマチ、神経痛、痔、婦人病などあるが、特に、アトピー性皮膚炎にはきく温泉だそうです。
源泉数:4 、湯量:500リットル/分 、泉温:60~62℃、 飲用:可


銀山温泉観光協会」:http://www.ginzanonsen.jp/  
銀山温泉旅館案内」:http://www.ginzanonsen.jp/yado07.html 


次回、再び「羽州街道





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東北紀行(84)銀山温泉 「延沢銀山の歴史」

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 東北紀行(84)銀山温泉 「延沢銀山の歴史」  ,


尾花沢延沢の銀山は、室町時代の中期(15世紀中頃)加賀・金沢の儀賀市郎左衛門という人が発見したという言い伝えがある。 
市郎左衛門は、松島や塩釜の観光を経て出羽の国(山形)の出羽三山、湯殿山などの参詣の道すがら、彼はその晩「上柳渡戸村」(現、尾花沢市)に宿を取った。

その時、宿の主人から黒く光る石が笠頭山に沢山あることを教えられ、主人の案内でその山の鉱石を拾い集め加賀・金沢に帰郷した。 

その足で山師に品質の鑑定をしてもらったところ、素晴らしい良質の銀鉱石だったことを知り、人夫30人を連れて来て銀鉱石の採掘にとりかかったと伝えられている。



時は経て・・
戦国期の慶長年間には最上氏の家臣で延沢氏の領有下にあって山師に開山を命じ、江戸初期には山形城主の鳥居氏の支配する頃が銀の採掘が最盛期で、銀山はシルバーラッシュの時代となり、界隈は2万5千人の人々が軒を並べ、人で溢れたという。


『 野も山も町屋となり、花の江戸にもひとし 』

『 出羽の銀山、裸でいても 金や宝は掘り次第 』

とその盛況ぶりを表現している。



最盛期には島根の石見銀山兵庫の生野銀山とともに三大銀山と呼ばれていた。
これら三つの銀山の歴史は概ね共通していて室町期より採掘が始まり、江戸期に最盛期を向かえている。

小生の旅記録
日本の世界遺産」 http://orimasa2005.web.fc2.com/
世界遺産・石見銀山」 http://orimasa2005.web.fc2.com/ig-1.htm 



延沢銀山概史

康正2年(1456):儀賀市朗左衛門が銀鉱石を発見、翌年採鉱開始
慶長3年(1598):豊臣秀吉に最上金銀山より産金銀を上納した
元和8年(1622):鳥居氏山形城主となり延沢氏家臣銀山請負、
寛永11年(1634):鉱山の坑道は53を数え、人口激増、幕府直轄の公儀山となる
寛永13年(1636):尾花沢の天領(幕府直轄)となる
寛永19年(1642):銀山に代官陣屋を設け下郷天領を兼ねて治める
正保4年(1647):西山を掘り尽くし産銀量減少により東山に移るが成果なし
元禄2年(1689):大崩壊が発生
元禄15年(1703):産銀量減少で休山状態

次回、「銀鉱と温泉





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東北紀行(83)銀山温泉 「遊歩道と銀鉱跡」

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 東北紀行(83)銀山温泉 「遊歩道と銀鉱跡」  ,




白銀の滝 



せことい橋



翌朝は温泉街の外れにある銀採掘の史跡を訪ねることにした


その銀山川沿いに上流に向かって歩いていくと、すぐに街並は途切れて大きな白銀の滝が見えてくる。 
白銀の滝」といって意外と水量も多く、二本の堂々とした流れが滝壺に落ち込んでいる。

その上に出る道がこれまた良い、心地よい「長蛇渓」と呼ばれる川底が一枚岩になった渓流が、やや紅葉がかった周囲の景観とマッチして素晴らしい。
そこに架かる「せことい橋」も円弧を形どったレトロな橋、昔の風情があり風景にマッチしてよい。
右手の坂道をしばらく登って河畔にでると斉藤茂吉の歌碑が立つ

『 たらちねの 母がつりたる 青蚊帳を 
            すがしといねつ たるみたれども
 』 とある。





写真は儀賀市郎左衛門の像 





見学用の銀鉱跡坑内入口 




銀山鉱内の様子1 



銀山鉱内の様子2


そこをさらに上流に昇っていくと、銀鉱の発見者とされる「儀賀市郎左衛門」の像が建っていて、間もなく銀山の鉱洞跡がある。
見学用の鉱洞は2箇所あって短い距離ではあるが、鉱洞の中は昔の面影が偲ばれ迫力満点である。
銀鉱洞は延沢銀山の廃坑洞で坑洞内には黒ずんだ岩肌を貫いて鉄柵の歩道橋が付けられ、照明設備も整っている。 

なぜ岩肌が黒ずんでいるか・・?、
昔は、鉱脈の肌を薪木や木炭を燃やして表面を加熱し、其処を水によって急冷し、母岩表面から鉱床を剥ぎ取るように採掘するのだそうで、「焼き掘り」 と呼ばれる独特な採鉱法が採用されていたからだそうである。 
壁面には薪木や木炭を燃やした際に付着した“すす”(煤)が、現今になっても露肌に確認できる。





「疎水口」といわれる坑内入口


戻りしな、白銀公園の横にある洞窟を覗いてみた。 
入り口は立派な石組みをしてあって、こちらも銀鉱洞かなと思ったが、実は「疎水坑口」と記されてあった。
説明板には排水・運搬・通路を主目的とした坑道で、1kmを越える長さがあったが、現在は坑口から135m位の場所で崩落してしまっているとのこと。



銀山の遊歩道」について、地元の観光案内では以下のコースを紹介している。

◎ ゆったり散策コース(約1.9km 約90分)
銀山温泉街→白銀の滝→せとこい橋・籟音の滝→河鹿橋→夏しらず坑→銀鉱洞→儀賀市郎左衛門の像→滝の不動尊→山の神神社→銀山温泉街

◎ 銀鉱洞直行コース(約1.4km 約60分)
銀山温泉街→銀鉱洞→銀山温泉街

◎ 滝見コース(約0.8k 約20分)
銀山温泉街→せとこい橋・籟音の滝→コウモリ穴→白銀の滝→銀山温泉街



次回、「銀山の歴史




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東北紀行(82)銀山温泉 「足湯」

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東北紀行(82)銀山温泉 「足湯」 ,





夜の足湯・「和楽足湯」より温泉街を望む




温泉街の各旅館などを観察しながら、銀山川を挟んでのんびりと一周して足湯のところまで戻ってきた。 
夜が更けて足湯の湯煙が一段と多く沸きあがっている。 
町中を流れる銀山川沿いに設けられた共同足湯で、「和楽足湯」と正式な名称が付いているらしい。

着物の裾まくって脛を湯に突っ込むと、やや熱めの温泉感触が次第に脳天にまで達する。
この足湯の湯煙を通して温泉街を伺うと、何ともいえぬ風情が漂っているのを改めて知らされる。


ところで、足湯というのは他の温泉街でもそうだが概ね、中心部にあってポイントの一つとなっている。
そして、そのことが温泉街の雰囲気的効果を出しているものである。 
足湯は単なる足湯ではなく、宿泊している観光客を温泉街へ繰出させ、序にお土産でも見ようとする効果もあるという。

又、湯気が立つ様子は、温泉地の雰囲気を盛り立て、存在価値を高める効果もあるようだ。 銀山温泉の場合、足湯が観光スポットの一つになっていて、しかも、温泉街の景観に取り込まれていて更に効果を発揮しているようである。


気が付くと銀山川に数種の橋が架かっている。
銀山温泉では特徴的で表情豊かな木造の三~四階建ての建物が銀山川を挟んで一応に観られるが、どの橋からも同じように豊かな建物群が見ることができる。 
強いて言えば銀山川に架かる橋そのものが代表的景観を形作っている脇役でもあるようだ。

思い出すと山陰地方で有名な「城崎温泉」も、大谿川(おおたにがわ)に架かる個性豊かな橋と両岸に植生された柳が、詩情あふれる旅館街を形成しているのである。

城崎温泉」 http://outdoor.geocities.jp/n_issyuu2005/nn-25.htm  



銀山温泉」は、温泉街が僅か160mの長さの中に、銀山川を中心に建物が22 軒、旅館が14 軒しかない山間の小さな温泉地である。 
しかし、近年観光客が飛躍的に伸び、非常に人気の温泉地の一つとなっている。

人気の理由の一つとして挙げられるのは、「大正ロマン」と称される、表情豊かな建物群を眺める街並景観を有しているところが最大の価値なのである。
更に、ガス灯や石畳、そして足湯などを設けることにより、平成の今になっても銀山温泉の散策を楽しみ満喫することができる訳である。




夕食後の一服も終わって、温泉街へ繰り出す酔客も次第に多くなり、人のざわめきと下駄の音が響き渡る。
我等はこのあたりで宿に戻ることにする。

宿泊している松本旅館は、どちらかといえばこの大正ロマン溢れる木造作りの建物群とは違って、鉄筋コンクリートの高層(五階)建物である。 
従って、この温泉街とは違和感を覚えるが、表の面などはそれなりに装いを凝らし、特に景観を害するようには見受けられないし、ある意味の心配りは感じられるのである。
部屋で一服した後、再び就寝前の一浴をする。


ここ松本旅館の浴槽は内湯のみであるが、床板,浴槽の縁,そして浴槽とどれも真新しく、床から浴槽まで総檜造りで,なかなか雰囲気が良い。 
お湯は透明感のある源泉がサラサラとかけ流しており、かなり熱めであるがマイルドな硫黄臭の香りがあり、泉質は効能が期待されそうである。 
浴槽がやや小さめなのは昔ながらの温泉の使い方をしており、その為、源泉かけ流しの量と浴湯温度の関係を考慮した上で湯船を満たす為としているらしい。

泉 質は、含硫黄-ナトリウム-塩化物-硫酸塩温泉
効 能は、胃腸病・神経痛・創傷・皮膚症・婦人科疾患・痔疾・リウマチ

次回、「遊歩道と銀山跡





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東北紀行(81)銀山温泉 「小関館」

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 東北紀行(81)銀山温泉 「小関館」 



「湯けむり」が導くロマンチックストーリー・・・、

銀山温泉の温泉街を形づくる旅館は10軒強と決して多くはないが、実際に大正時代から建つ建物だけでなく、後から増築や改築などを行う場合でも正面付近は大正時代の雰囲気を保つように配慮されているようである。

逆に、奥の方の間取りや水周りの設備、昇降施設などは近代的に整えつつあるようで、現に能登屋などは上り下りのエレベーターやシステムバスなども設置されているようである。

従って、湯治場風に昔の面影をそっくり残していて、軋む廊下や磨り減った階段、障子を開くと殺風景な部屋など、今で言う不便さを厭わないノスタルジックな様相を期待すると裏切られることもありそうだ。

銀山温泉の大小を問わない宿泊所は、大方、食事つきのそこそこのサービスで、値段もそこそこになっているのである。




昔の姿を留める・・?、「小関館」



但し、小関館は木造三階建で、館内は時代劇に出てくる旅籠のような感じだという。
床も軋むし、お隣さんとはふすま1枚で仕切っただけの部屋で、館内全体が往時のままの姿であるという。 
プライバシーなど関係なく、昔も面影を懐かしみ、旅にロマンを感じたい人にはお勧めかもしれない。

ところが、レトロな銀山温泉の代表格とされ、内外とも惚れ惚れするような佇まいの小関館は、玄関先に「休業」という手書きの張り紙がしてあった。 
但し、歓迎の看板には「日帰り入浴歓迎します」と書かれていた。 


近年まではごく普通の宿であったが、いつの間にか立寄り「のみ」、日帰り温泉客のみの休憩施設になってしまったらしい。

旅心をもつ人々に好かれた宿も、現代版、普通の観光客の所謂、苦情やコメントには対応しきれなくなったのかもしれない。 
或は、改装、改築のための一時休業か・・?定かではない。

次回、銀山温泉の足湯・「和楽足湯




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