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東北紀行(96)蔵王 「金剛蔵王像と神仏分離」

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東北紀行(96)蔵王 「金剛蔵王像と神仏分離」 









春の吉野山の金峯山寺・蔵王堂と立像の形相(wiki)




現在、吉野山の金峯山寺・蔵王堂に祀ってあるご本尊は「金剛蔵王権現立像三体」といって、何れも激しい憤怒の形相をしている。 
青黒い肌に逆立つ怒髪、燃え盛る火炎を背負って右手右足を挙げ、天空を睨み付けている。 

青黒い色は邪気を払う仏の慈悲、赤い火焔は偉大なる知恵とされる。 
蔵王権現は神も仏も全ての信教を含めた具現の象徴とされている。
この三体を両の手あわせて真剣に拝むと、邪気が払われ、幸運が巡るとされる。


金峯山寺・蔵王堂(国宝)の建物は、木造の建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模といわれ、本尊三体(重文)の「金剛蔵王権現立像」は、本地垂迹(ほんじすいじゃく:神仏混交における神が、仏・菩薩となって衆生済度のために仮の姿として現われる)においては、中央が釈迦如来、右側が千手観音菩薩、左側が弥勒菩薩の三尊とされ、何れの仏像も国内では最大級の6~7mと巨大さである。(重要文化財)

この三蔵は秘像とされ、通常は一般公開はさていない。 
但し、特定の日のみ御開帳という形で公開されている。



明治維新で神仏分離が行われると、吉野山は金峰神社となり仏像仏具は除去されてしまう。
しかし、山下の蔵王堂の巨大な蔵王権現像は動かすことができず、金峰神社の霊代として鏡をかけて幣束(へいそく;裂いた麻や畳んで切った紙を、細長い木に挟んで垂らしたもの)を立てたという。 

つまり、鏡(「三種の神器」の一つに八咫鏡(やたのかがみ)というのがあるように、古代から日本人は神聖なものと扱っていたとされ、神話時代には天照大神の化身ともいわれた)という御神体を表に立てて目隠しをしたのである。

しかし、信者や民衆の多大なる不満を背景にして、政府としても寺院への復帰を認めざるを得なくなり、明治19年に二つの蔵王堂が仏教に復したという。


当地の蔵王では明治2年(1869年)に「蔵王権現」を蔵王大神へと改号し、吉野より勧請して「天水分神及び国水分神」の二柱を奉り、社号を吉野水分神社に倣って「水分神社」(みくまりじんじゃ)としている。 
更に、明治8年に「刈田嶺神社」と改称している。

尚、天水分神・国水分神は、日本神話では神産みの段でハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメ両神の子としてが登場している。 
つまり、国生みの主神である「イザナギ、イザナミ」の孫に当ることになる。

水にかかわる神ということで祈雨の対象ともされ、又、田の神や、水源地に祀られる神で、特に農耕の民に信奉され、山の神とも結びついたとされる。 
後に、「みくまり」が「みこもり(御子守)」と解され、子供の守護神、子授け・安産の神としても信仰されるようになったという。

次回、「上の山



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東北紀行(95)蔵王 「刈田嶺神社と蔵王権現」

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 東北紀行(95)蔵王 「刈田嶺神社と蔵王権現」   、





「お釜」から刈田岳山頂に向かう「遊歩道」



刈田山頂



刈田山頂に鎮座する「刈田嶺神社(奥宮)」



麓の遠刈田温泉にある「里宮・本殿」




さて、再び馬の背の稜線に戻る。
左手に見通しの良い草原状の大地の向こうに程良い遊歩道が延びていて、その先の三角ばった頂上にお社が鎮座している。 
 三角のお山は刈田岳(標高 1758m)で、その頂上にある小社は「刈田嶺神社」という。 こちらは頂上にあるのでで「奥宮」ともいう。 

尚、蔵王連峰の東麓に位置する遠刈田温泉の同名社を「里宮」と言う。 
御神体は、夏季には山頂の「奥宮」に、冬季には麓の「里宮」にと、両宮の間を季節ごとに遷座している。


御祭神は、天之水分神 (アメノミクマリノカミ)と国之水分神( クニノミクマリノカミ)で、二神は姉妹神で、何れも水を司る神である。
天之水神は、山頂の水の分配をつかさどり、国之水神は、地上の水の分配をつかさどる神とされ、互一対神をなしている。 
尚、江戸時代までは「藏王権現」と称し、蔵王連峰の“蔵王”は、蔵王権現に由来している。

神社由緒には、『 開山せしは何時頃なりしか不明なれど、人皇2代緩靖天皇を奉祀せしこと地方伝説等に徴しても明なり。その後文武天皇の御宇仏教の余波として彼の修験道なるもの現れ、其の一人として有名なる役の小角天武天皇の白鳳8年大和国吉野山に鎮座せる蔵王権現即ち天之水分、国之水分二柱の御神霊を不忘山に奉還し山名をも蔵王山と改むるに至れり。』 とある。


さて、この蔵王権現(ざおうごんげん)とは、日本の独自仏教形態をもつ信仰対象とされ、インドに起源を持たない日本独自の仏とされる。 
本山をご存知、日本一の桜の名所でもある奈良県吉野町の「金峯山寺」、本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。 


権現」とは、仏が化身して神として現れること、その現れた権(かり)の姿をいう。 
元より、神は姿は無いもので、有ったとしても御神体とされる霊神か自然神であった。 
ところが古代、仏教が輸入された結果、日本では様々な神仏習合の現象が起こり、カミとホトケが混ざり合って「仏神」という仏体(仏像)となって姿を現したもの。


今から1300年前、修験道の開祖とされる「役の行者」(えんのぎょうじゃ;役 小角;飛鳥時代から奈良時代の呪術者で、実在の人物だが人物像は後の伝説によるところが大きい。修験道の開祖とされている)により奈良・大峯山系の上ヶ岳において祈り出された我が国独特の根本仏が蔵王権現とされ、お堂を吉野山においた。
その後、権現信仰は全国各地に流布されることになる。


古来より名峰とされた各地の山々もそうであるが、日本百名山の蔵王連峰も古くから「不忘山」と称して自然崇拝対象の神の山であった。
飛鳥期の末の天武天皇の御世(680年頃)、不忘山に役小角という行者が吉野の金峯山寺・蔵王堂から金剛蔵王大権現を勧請して「権現社」が建立され、刈田岳山頂に祀ったとされる。 
後の刈田嶺神社(奥宮)および刈田嶺神社(里宮)であった。 
これ以降、修験道の修行の場となった奥羽山脈の当地を「蔵王山」と呼ばれるようになった。

平安時代中頃には空海の両部神道(空海が開いた真言密教の立場から解釈された神仏習合思想)を唱える修験者が多数修行するようになったという。


役の行者(えんのぎょうじゃ)が、大峯山中で地上で苦しむ人達を救う神を顕現(けんげん;はっきりと現れること)するため一心に経を唱えていていると最初弁財天が現れたらしい。
しかし、役行者はこれは破邪の神としては優しすぎると考え、もっと強い仏が欲しいと更に祈ることになる。 

次に現れたのは地蔵菩薩であったが、地蔵は力の強い菩薩で基本的には慈悲の仏なので、
役行者はもっと“荒々しい仏”が欲しいと祈る。 
すると、突然凄まじい雷とともに、憤怒の形相の仏が炎の中から現れる。
これが「蔵王権現」であった。

次回、「金剛蔵王像と神仏分離



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東北紀行(94)蔵王 「蔵王のお釜」

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 東北紀行(94)蔵王 「蔵王のお釜」  ,





リフトから「お釜」へのルート





エメラルドグリーンの湖水を抱く噴火口の「お釜」




リフトからの眺めは絶景で、周囲は既に見通しの良い高原風の大地が波打っている。

すっかり葉を落とした枯れ枝に赤い実を付けたナナカマドの低木や這い松、そして今や枯葉色となった高山植物群などが見て取れる。 

やはり高山植物の濃い緑と多彩な花々に出会うのは初夏や真夏のシーズンも良さそうである。
いよいよお釜の内輪山(外輪山・・?)と思しき稜線が迫ってくる、「馬の背」というらしいが。 

リフトを下りるとコンクリート舗装された一本の道が稜線まで延びていて、更に天然の歩道を下ってゆくと果たして巨大な火口とともにエメラルドグリーンの円形の湖が姿を現した。   


前述したが、 “霧のお釜“とも呼ばれるように、大方に日はガスに閉ざされているらしいが、今日は絶好の日和で河口の底の石ころまで見えそうである。

湖水は天気や日差しによって見た時の色が、エメラルドグリーンだったり青色だったりコバルト色だったりと変わるので、別名「五色沼」とも呼ばれているようだ。

湖水の周囲はドス黒く噴火の激しかった当時を連想されるが、周囲は灰白色の火山灰で覆われ、雨水の流れた筋目らしいものが幾重にも並んでいて、妙な模様を描き出している。 

河口の右手は荒涼としたⅤ字峡谷を成していて、西側へ大きく切れ落ちている。 
大雨の時などには火山灰と共に泥流を引き起こすこともあるらしい。



全国の火山湖でも似たような形状をしているところもあるが、「お釜」(御釜)と名の付くところはここだけらしく、蔵王の代名詞にもなっている。
名前の由来は、火口が釜状であり水を張った釜に底からマグマの熱で熱くなるなのことから「御釜」という名前が付いたのであろう。



お釜は刈田岳・熊野岳・五色岳の三峰に抱かれた円型の火口湖で、勿論、火山性の湖なので強酸性であり魚は住んでいないであろう。 

過去に20回以上噴火を繰返しているというが、近年では、明治28年に大噴火したそうで、その後、小噴火や蒸気噴出など数回を数え、原型を今に残している。 
現在も湖底に何箇所かの気孔が存在し、火山ガスの継続した噴出が続いているのが確認でき、即ち完全な活火山でもある。


昭和43年の測深によると最大深度27.6m、平均深度17.8m、周囲1,080m、東西径325m、南北径335mという広さである。
湖の水は強い酸性のため生物は生息せず、水温は表面から10数メートルの深度で摂氏2度まで下がり、その深度を増すと温度が高くなるという“特殊双温水層”(深さによって温度が異なる)となる世界でも例のない湖だそうである。

流れ出る湖水は宮城県側のエコーラインに並行して流れる濁川の源流でもあり、名前を変えながら阿武隈川となって太平洋側に注いでいる。

次回、「蔵王権現



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東北紀行(93)蔵王 「蔵王エコーライン」

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『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




東北紀行(93)蔵王 「蔵王エコーライン」 ,




エコーライン紅葉-.jpg
蔵王エコーラインの紅葉風景


坊平から先はかなりジグザグの急な上りである。
深い森林帯から低木林になり、やがてほぼ草原または高山性の潅木帯、山岳地へと変化してゆく。 

今日は風も無く、空には白い秋らしい雲がところどころに浮かぶ程度の絶好の行楽日和である。
“霧のお釜“とも称される蔵王名物の噴火口も、スッキリと見渡せるようで期待が高まる。
見通しの良くなった山岳ハイウェイをしばらく進むうちに、蔵王の最高所であろう連峰群が見通せるようになってきた。



一時して、広い駐車場と建物があり、そこから頂上へ延びるリフトが敷かれている。 
ここでチョット思案ししたが、詳細地図を見るとこの先、刈田岳頂上付近まで連なる「蔵王ハイライン」なるものが付いているので車を進めてみた。 
山頂ラインはどうやら有料道路のようで往復520円としてあった。
一旦戻って、付近を結ったり見物しながら上れるリフトに乗ることにした。


rihuto
お釜へ向けた「リフト」、”これより山形県・・?”


okama1
お釜周辺の概略図


駐車中の車は数台、紅葉シーズンにしては観光客のこちらへの人出は少ない。 
聞くところ、蔵王のエコーラインやお釜見物へくるお客さんは山形側より、どちらかといえば宮城、仙台本面からの人手が多いといわれる。 
尤もで、大都市の仙台や福島を控え、至近には東北道という主要幹線が南北に貫いているのである。 
更に、宮城蔵王側にはスキー場や道中各地に特色ある温泉もあり、景勝地としての見所も多そうである。


リフトはスキーの際の乗降ですっかり慣れ親しんでいるが、係員の懇切丁寧な扱いにはやや苦笑ものであったが、ともかく素直に従う。 
通称、「お釜リフト」とも言われているらしい。

リフトは殆ど地上擦れ擦れををゆっくりゆっくり進む。 途中、“これより山形県“という表示板が立っていた。 

”これは異なこと・・?
元より、お釜が宮城県側に存在していることは既に知っていた。 
そして当然のこと、この辺りは既に宮城県か、或はリフトが進むに従って隣県である宮城へ移行するものと思っていたが、意外であった。

その後、国土地理院の詳細図を確かめたところ、この付近の山形県の県境が東へ鋭角に突き出ている地点になっている。
リフトの乗り場は宮城県側になっていて、中間地点でこの鋭角部分の内側、つまり山形県側へ一端入り込むようにり、そして終点の150mくらい先で再び宮城県側に入り込むようになっているのである。

次回、蔵王の「お釜





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東北紀行(92)蔵王 「蔵王坊平高原」

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 東北紀行(92)蔵王 「蔵王坊平高原」   ,



oudai
広大な「蔵王坊平高原」(上部はスキー場)



蔵王連峰、蔵王温泉の「蔵王」という地名は、主峰の熊野岳を中心とした山形県と宮城県の奥羽山脈の南側一体を呼ぶもので、蔵王という山名は存在しない。 

蔵王という名称は、お釜で有名な山形・宮城県境の蔵王連峰の一つで、主峰熊野岳の頂上(刈田岳)に「蔵王権現」を祀ったことに始まるといわれている。 
それは飛鳥期末の頃で、これ以降、修験道の修行の場となり、当地を「蔵王山」と呼ばれるようになったとされている。




この後、その蔵王の名所でもある お釜、熊野岳へ向かう。
向かう途中、「鴫の谷地沼」という看板が目に付いた。 温泉街にほぼ隣接して、ひっそりとたたずむ湖沼「鴫の谷地沼」である。 
五月連休の頃、いっせいに水芭蕉が咲くことでも有名であるが、温泉地にも近く湖畔の眺めや吹く風も爽やかで、のんびりと散策したい人にはおすすめであろう。



グニャグニャした蔵王ラインから上山から上ってきた道と合流し、左折して更に進むとやがて蔵王坊平である。
10月半ばも過ぎ東北はいよいよ紅葉シーズンでもある。 
一般に東北では紅葉シーズンがやや遅れていると聞いたが、やはり温泉街の周辺ではそんな感じも受けたが、さすがに蔵王エコーラインに入り、お釜に向かうまでの道沿いにある紅葉は大分色づいているようである。 
ただ、もみじやナナカマド系の赤色より普通広葉樹の赤褐色から黄色系が多いようである。


坊平高原(「ライザ」ともいうらしい)は標高約1000メートル広がる高原で、スポーツ施設やスキー場もある広大な高原で気持ちがいい。 
周囲には白樺林もあり、ススキの穂が風に揺れている車のいない大きな駐車場で、一服しながら風情を観賞する。

今は、草紅葉のスキー場ゲレンデ(蔵王坊平高原スキー場)が、かなり上方まで延びているのが判る。 

その左手はグッと切れ落ちて仙人沢の清流が流れる。 
そこには観音滝や不動滝の名所もある。 
又、この辺りでは登山コースも整備されていて、主峰の熊野岳(標高1841m)まで延びている。

次回、「エコーライン」





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