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世界遺産 日光大紀行(91)日光の人物 「イザベラ・バードの日光評」




世界遺産 日光大紀行(91)日光の人物 「イザベラ・バードの日光評」



https://encrypted-tbn3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSGa7Hy3Ldh7BmNfbiKFZQhVmbAmvMBa0nbOPKJ6FFaeoTcsmqSIQ

http://osusumetochigi.files.wordpress.com/2012/03/p1150898.jpg
金谷ホテルにはイザベラ・バードの写真が飾られています




先ず、栃木から鹿沼市へ抜ける日光杉並木を観て、「よく手入れされた麻畑や街道沿いの景色に日本の美しさを実感した」と綴っている。

また日光で滞在した金谷邸では、その内外に日本の牧歌的生活があると絶賛し、ここに丸々2週間滞在したうえ、日光の景勝地を探訪している。


日光滞在10日目に訪れた奥日光では、梅雨時の豊かな水と太陽に育まれた植物、コケ、シダ、木々の深緑、そして鮮やかに咲き誇る花々が、中禅寺湖、男体山、華厳滝、竜頭滝、戦場ヶ原、湯滝、湯元湖を彩る様子を闊達に描写し、惜しみない絶賛を与えている。

街道の終点である湯元では、温泉を訪れている湯治客の様子を詳細に記し、その宿屋が
「たいへん清潔である」と評し、

そして、「ここは埃まみれの人間ではなく、妖精が似合う宿である」とまで形容した。



日光に滞在したイザベラ・バードは、日課としてまず日光東照宮などの寺社群を見学し、滝を見て、男体山、赤薙山、女峰山、大真名子山、小真名子山という日光の五大峰が雪を被っている様子や、更に、江戸から歩いてきた関東平野の彼方に筑波山が広がるのを外山(日光市萩垣面にある標高は880mの山。 

旧日光市市街地の北側に位置し、世界遺産に登録されている日光山輪王寺、日光東照宮、日光二荒山神社の鬼門にあたる北東に位置することから、山頂部にはこれを守護するため毘沙門堂が建てられ毘沙門天が祀られている)から眺めた後、最後に日光の生活ぶりを知るため、町の中を見物している。

自身の手記(『イザベラ・バードの日本紀行』・講談社)に記している。


余計だが、山形県の赤湯温泉(山形県南陽市にある温泉)を訪問したとき、置賜地方を「エデンの園」と称え、その風景を最高の言葉で表現し、「東洋のアルカディア」(※)と評した。

※ アルカディア=ギリシャ神話に出てくる理想の楽園


次回、更に日光でのイザベラ・バード





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世界遺産 日光大紀行(90)日光の人物 「イザベラ・バード」






世界遺産 日光大紀行(90)日光の人物 「イザベラ・バード」



https://encrypted-tbn3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcRiiLQjojaQ0iDJrAZUI-OQHvPFUyDWtYB8aIZqlbtmKb1Xx8Y4
写、イギリスの女性旅行家・イザベラ・バード




イザベラ・バードというはイギリスの女性旅行家、紀行作家で、明治時代の東北地方や北海道、関西などを旅行し、その旅行記"Unbeaten Tracks in Japan"(日本での題名:『日本奥地紀行』、『バード 日本紀行』)などに日本の事が詳しく書かれている。 

彼女は日本各地を訪れているが、特に「日光」が気に入ったらしく10日以上滞在している。 
中禅寺湖、男体山、華厳滝から奥日光の湯滝、湯元湖などを闊達に描写し絶賛している。 湯元温泉では湯治場や湯治客にいへんな関心を示し、その様子を詳らかに記している。

1878年6月21日の妹宛の手紙の書き出し(そもそも『日本未踏地紀行』そのものが妹への手紙から成っている)では、「これで日光に来て九日になるのですから、『けっこう!』ということばを使う資格はできたでしょう」という冗談が出てくるほど、日光には馴染んでいたようである。

イザベラの日光滞在を一層快適なものにしたのは、現在も「金谷ホテル創業の地」として残っている金谷善一郎の私邸に宿泊できたことも大きい。

「私が今滞在している家について、どう書いてよいものか私には分からない。これは、美しい日本の田園風景である。家の内も外も、一つ一つが目を楽しませてくれるものばかりである。宿屋の騒音で苦い目にあった後で、この静寂の中に、音楽的な水の音、鳥の鳴き声を聞くことは、ほんとうに心をすがすがしくさせる。家は簡素ながらも一風変わった二階建てで、石垣を巡らした段庭上に建っており、人は石段を上って来るのである。庭園はよく設計されており、牡丹、あやめ、つつじが今花盛りで、庭はとてもあざやかな色をしていた。」
イザベラは、この家の様子や人物(特に主人の妹)をかなり詳しく記している。


次回もイザベラバードの日光訪問




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tag : イザベラバード

世界遺産 日光大紀行(55)日光の歴史 「日光の近代史」

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 世界遺産 日光大紀行(55)日光の歴史 「日光の近代史」  





日光の近代史

明治維新による徳川政権の崩壊は、徳川家の権威の象徴であった東照宮を祀る日光にとって大きな衝撃となった。 

所謂、「明治の御瓦解」である。


幕末の慶応年間には、日光山は世上不安のため一般の武士や庶民の参詣を禁止し、八王子千人同心のわずかが警備に携わっていた。

慶応4年(1968)、戊辰戦争の宇都宮で敗れた大鳥圭介を長とする幕府側の一隊が、日光に立てこもり官軍と戦う姿勢をみせる。

このとき、決戦による東照宮の焼失を未然に防ぐため、地元有志(日光奉行所、僧侶、千人組頭某)と官軍の板垣退助の間で、「神橋」の畔において折衝が行われた。


日光の華麗な建造物が、灰燼に帰することを憂えた板垣は話し合いに応じ、幕府軍は会津西街道へと引くことを了承し戦火を免れた。

このことは官軍の長・板垣退助あってのことで、日光では恩人として神橋の袂所に銅像を立て感謝の印としている。


日光東照宮に立て籠もる大鳥圭介ら旧幕臣達に対して、
板垣退助は『先祖の位牌の影に隠れて、こそこそ戦い、結果、歴代の文物もろとも灰燼に帰すれば、徳川家は末代までも失笑の種となるであろう。尋常に外に出て正々堂々と戦いなさい』と説得し、

また強硬に破壊を主張する薩摩藩に対しては、
『日光東照宮には、陽明門をはじめ各所に後水尾天皇の御親筆とされる偏額が掲げられており、これを焼き討ちすることは天皇家への不敬にあたるため回避せられよ』と両者に対して理由を使い分けて説得し、日光山を戦火から守ったという。


しかし、明治と改元され、明治新政府により国家神道が強要され、「神仏分離令」が発布されてからは、神仏習合の聖地日光も「廃仏毀釈運動」の影響が出て、神道にも仏教にも大きな傷を負わされることになる。


これらの政策は、神仏習合信仰によって成り立っていた日光の大改造を迫るものであり、併せて、輪王寺宮も廃され、25院と80坊あった寺坊の組織をはじめ、神領や日光山内の諸管理を行なっていた日光奉行も撤廃された。

即ち、神聖な地域の神社仏閣は、輪王寺宮廃止、東照宮、満願寺(輪王寺)、二荒山神社の寺社分離が行われ、それに伴ない神社境内からの仏堂の移転、あるいは多くの仏像の破壊や遺棄されたりして消失と混乱が生じた。



次回、日光の歴史 「日光の近代史







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tag : 光の歴史 「日光の近代史」

世界遺産 日光大紀行(54)日光の歴史 「日光奉幤使」

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 世界遺産 日光大紀行(54)日光の歴史 「日光奉幤使」 



徳川将軍の日光参詣は「日光社参」と呼ばれ、次第に膨大な行列をしたてることになり、併せて、朝廷からの公家らの参詣も盛んになって日光街道や例幣使道などが整備された。

例幣使道」というのは、現在の栃木県日光市から鹿沼市、栃木市、佐野市、下都賀郡岩舟町、佐野市、足利市、群馬県太田市、伊勢崎市、高崎市に至る路線が「日光例幣使街道」または「例幣使街道」と呼んでいる。 

特に日光市から鹿沼市にかけての区間には「日光杉並木」が現存する。



慶安4年(1651)徳川家光が没すると日光山に葬られ、承応元年(1652)家光を祀る大猷院廟を着工し翌年竣工する。
家光の御霊屋(大猷院廟)には、御家人以下は許されなかったという。

当時の満願寺も、水尾帝の宣旨により「輪王寺」の名を賜り、徳川15代の治世の間に13代続けて皇族座主を迎える。

かくして日光は年々の例幣使、将軍社参、諸大名の参拝により隆盛を極めることになる。




日光が、一般の参詣客(物見遊山)で賑わうようになったのはこの頃からである。
日光参詣のために、日光街道を初め日光西街道(壬生通り)、日光例幣使街道、日光北街道、会津西街道など多くの参拝路が整備された。


しかし、一方日光の基盤であった修験道は徳川の時代に入り80坊と復活したが、東照宮が造営されたことにより以前とは異なってきた。

東照宮遷座により「天領」となり輪王寺門跡が統括し日光山の権威高揚のための年中行事との色彩の強いものになっていく。

それに伴って、修験者は低い身分に置かれるようになり、各坊ごとに信者や弟子を抱えた豊かな生活は暗転して、江戸中期以降は廃屋も目立つようになり末期には半数ぐらいになった。


次回、日光の歴史 「日光の近代史





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世界遺産 日光大紀行(53)日光の歴史 「家康公の遺訓」

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 世界遺産 日光大紀行(53)日光の歴史 「家康公の遺訓」 



家康公の遺訓として

『 人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし、心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし。 堪忍は無事長久に基、怒りは敵と思え。 勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る、己をせめて人をせめるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり 』



『 人はただ 身のほどを知れ 草の葉の
           露も重きは 落つるものかな 』  家康


1541~1616年、75歳の生涯を駿府(静岡)で、その幕を閉じている。



寛永9年(1632)秀忠没後、家光が三代将軍になる。

天海と将軍家光による大断行で、大恩あり、尊敬する家康のため巨費を投じて東照宮の大改造をはじめる。 

そして、2年以内の歳月をかけて寛永13年(1636)には、社殿の全てを建て直す「寛永の大造替」が完成する。


旧都の仏師を始め日本全国より大工、塗師、石工を集め1年5ヶ月で完成させたことは驚愕に値するといわれる。
現在に伝わる豪華絢爛な社殿と結構美がこの時に整えられたのである。



また、社殿のみならず御神領といわれる近隣の所領も寄進され、そして、更に日光山の最高責任者として法親王(皇族関係者)が迎えられるのが慣行となり、「輪王宮」(日光の輪王寺の門跡であった法親王の称号)として歴代継承することとなった。


こうして、徳川家の祖霊を祀る日光東照宮の威光が確固たるものになり、歴代の将軍家をはじめ諸大名が日光に詣でるようになる。

さらに朝廷からは毎年「奉幤使」(朝廷から毎年4月16日の日光東照宮大祭に派遣された勅使参議)が参向するという慣例が敷かれるようになった。


併せて、一般庶民の参詣も盛んになり、門前町や宿場も整うなど、日光東照宮の鎮座がもたらした影響は江戸時代を通じて多大なものとなったのである。



次回・日光の歴史 「日光奉幤使





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