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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(12)

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(12)  


われ等の・・?、食事が終わり頃、そろそろ小屋の食事が始まったようだ。 
チラット献立を見るとなかなかの内容である。
「結構な食事ですね」
「ええ、この小屋の食事は評判が良いのよ」と、中年のおばさんが満足そうに云い。

更に、
「9月から10月にかけては松茸ごはんが出るときもあるのよ」という。 
「ヘエー、次回は食事付で来ようかな」
「是非いらっしゃい」

山慣れして、しかも常連さんでもあるようだ。



食後、小屋周辺を散策する。
小屋の直下から資材荷上げ用のロープウェイがチョッと違和感をもって望まれる。 
周辺は敷き詰めたようなハイ松帯で、そこから微風が這い上がってくる。 

どっしりした小川山の山襞の遥か下方には川上村の様子が微かに覗える。 
叉、右へ目を移すと迫力の朝日岳とその先に延びている奥秩父の主稜線が、間もなく沈むであろう淡い夕日に照らされて、優美に光っていた。 

山は時間が過ぎるのが速い。
日没とともに上空は茜色に輝いているが、麓から闇が次第にせりあがってくるのが判る。

この地を目指してきた大勢の登山客も、さすがにこの時間帯になると数も少なくなる。 
しかしまだ数組のパーティは山小屋目指して下りてくるし、信州側からも上ってくる人達もあるようだ。



夜のとばりが迫ってくる頃、そろそろ小屋へ戻るとしよう。
小屋はブロック造りのかまぼこ型の屋根の建物で、いかにも風雨に耐えられるよう頑丈な造りである。 
しかし、内部は山小屋らしく簡素なもので、照明は昔懐かしい・・?、カンテラランプであった。 
部屋はワンルームの大広間で、その奥まったところが天井スレスレに二階式の居間兼寝室部屋になっていた。

この時期になるとさすがに寒気が山には降りてくるのだろう、土間の中央には既に薪ストーブの赤い火がチロチロと燃えている。


気がつくと部屋の中は既に満員状況で空きスペースは全く見受けられない。 

“困ったぞ、これは“・・!、 

受付をする人達がチョッとした行列をなし、小屋の内外にも今だ部屋に上がりこんでない人が大勢居るのである。

小屋の夕食が一段落した後、係員が出てきて・・、
「本日は泊り客が多く大変混雑しております。 まだ室内にに入れない方が大勢いらっしょいますので、これから案内いたしますので宜しくご協力お願い致します」

掛け声とともに係員が一階と二階に分かれて、部屋の隅から人と荷物(ザック類)の順番整理が始まった。


これより「金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編」へ続く・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(11)

【全文要旨】

鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 
それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!

以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(11)    


いつの間にやら五丈岩の周辺や山頂付近には、どこからともなく大勢の人々で賑わっていた。
この山がいかに人気が高いかが判る。

金峰山への登山ルートは、私が登ってきた金山から瑞がき山荘、富士見平の西側ルートの他に、東側の大弛峠から朝日岳を経るルート、南からは塩山、塩平から御室小屋経由のルートでこれは主に甲州側であるが、信州側として川上村の廻り目平コースがある。


五丈岩及び山頂を満喫し、周囲の大展望に酔う知れながら、そろそろ小屋へ向かおう。
途中のんびりしてきたせいもあって、時刻も夕刻が迫ってきている。
ここから金峰山小屋へは北側(信州川上村)の山頂直下にあり、距離にして4~500mで時間にして15分程度であろうか。 
這い松がビッシリ生茂る中、足場の悪いゴロ石を踏みながら暫らくすると人々の声が聞こえるようになり、蒲鉾型の屋根の山小屋へ到達した。 





               小生が利用した「昭和時代」の金峰山小屋


             写真:新旧山小屋


           新装成った現在の山小屋



小屋のすぐ横には、これまた大きな岩がデンと居座っていた。 山頂の五丈岩ならぬ二丈岩位であろうか。 

既に、夕刻の16時を回っていたが、それにしても凄い人の数である。 
奥秩父でも最も人気があり、しかも連休の前半で天候にも恵まれていたため登山客が押寄せているようだ。 
入口の左側に「金峰山小屋」と立て看板が書かれてあり、引戸を開けて中へ入ると既に大勢の人々が寛いでいて、やはり混雑が予想される。
受付で・・、
「今夜、宜しくお願いします」 
「はい、どうぞ。 今夜はチョッと混雑しそうですけど、宜しいですか・・?、先ず、お茶一杯どうぞ」 
「はい、宜しく、 ところで自炊はどちらで・・?」 
「隣の自炊小屋でどうぞ」

ドラムに貯蔵してある貴重な水を必要分戴き、簡易コンロに火をつけて先ず、御飯を炊く。一方で、固形燃料で湯を沸かしながらインスタントの「ボンカレー」を温める。 
その他、缶詰に漬物、生野菜(とは言っても生胡瓜であるが)それにアルコール(缶ビール、日本酒、ウイスキーのいずれか)。 
これは小生の定番コースである。

すぐ後ろには賑やかな年配のグループ八人が、輪になって談笑している、中央にはボトルが数本並んでいた。 何れも剛の者らしく、既にメートルが上がっている人もいるようだ。 

隣は、チョッと気になる芳紀女性組み三人が賑やかな食材を囲んで語らっている。 
覗っ首(のぞっくび)をして料理の具合を見てみると、温かそうなシチューにコーヒーとパン食がメインディッシュ、それに合わせ物として缶詰、お漬物、果物と女性らしい配慮の献立であった。

「美味しそうですね」と気楽に声をかけると、
「有難うございます、少しですけどシチュウーをどうぞ」と御裾分けにあずかった。 
小生も恐縮しながら、昨夜仕込んでおいた胡瓜の浅漬けを分けてやった。

「名古屋弁のように聞こえましたが、 そちらから・・?」
「出身はそうですけど、現在は三人とも東京暮らしです」
名古屋同郷の同級生で、現在は三人とも東京の大学へ通っているらしく、インテリ女性達であった。 
三人とも何れ劣らぬ美人揃いであるが、中でも気軽に応答してくる一人(N嬢)は色白で面長のロングヘヤーの娘で、面を合わせるとハッとするような垢抜けた女性であった。

続きます・・、




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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(10)

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(10)      


山頂の岩山・「五丈岩」に登り、つかの間の眺望に堪能する。 
今日は眺望は最高だが、この辺りは風の通り道なのか先程から冷たい強風が吹きつけていて、早々に降りる。


この石塔の近くに金峰山の山頂碑が立っているが、実は、金峰山山頂はまだ後ろにある岩山のようだ。 そして、実際の山頂には頂上印のケルンが数個積んであり、標識には「金峰山山頂 2595m」とあった。
ただし、近年・平成期の金峰山山頂の標高は2599mとされている。 

尚、新旧の地図には2598mや2595mと表記されているものもあるが、平成3年の国土地理院の「日本山岳標高一覧」で は2599mに修正され、記載されているようである。

国土地理院 日本の山岳標高一覧(1003山)
http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MOUNTAIN/mountain.html 


近年の標高、高度の測定は「GPS式高度計」という精密装置を使用し、地球上空2万mを周回するGPS衛星からのマイクロ波を受信し、位置を測定するのが一般的らしい。 
現在では100kmはなれた2点間の高さの差をGPSによって決定するのにも、数時間の観測で数cmから数mmの誤差精度が可能であるという。
GPSとは、グローバル・ポジショニング・システム (GPS::Global Positioning System) のことで全地球測位システムとも言い、地球上の現在位置を調べるための衛星測位システムのことである。 身近なところでは「カー・ナビ」(カー・ナビゲーションズ・システム)でお馴染みである。
 






登行ルートと標高の変化(提供者に感謝)



赤い鳥居が目を引く五丈岩は、往時の山岳修行の象徴だったことが覗える。


五丈岩石塔の基部には風雪に耐えて赤い鳥居が設えてあり、五丈岩そのものに神仏が宿り、「神仏畏敬」の念が払われていたことが覗える。

そういえば「金峰」とは他のどこかで聞いた名前である。 
そう、奈良吉野の「金峰山寺」であり、金峰山は奈良県の吉野山から山上ヶ岳までの連峰の総称のことでもあった。 
叉、金峰山という名称の山は全国にも点在しているらしい。 
何れも、金峯山修験本宗を信仰する修験道の山で、多くはその山に奈良県吉野金峰山の「蔵王権現」を勧請したことに因むという。 

こちら甲州の金峰山も古くは修験道の盛んな山であったらしく、五丈岩の麓には蔵王権現を祀る社や像が安置してあったらしい。


因みに、「蔵王権現」とは・・、

先ず、権現とは「権(かり)の姿で現れた神仏」の意で、仏が化身して日本の神として現れること。 単例が徳川家康が「権現様」と言われる所以は、死んで仏になりなお且つ神に祀られた現象を云う。
蔵王権現とは日本仏教における信仰対象の一つで、インドに起源を持たない日本独自の仏で、奈良県吉野の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。 
元より、役小角(えんのおづぬ、7世紀頃の山岳修験行者)が、吉野の金峯山で修業中に示現したという伝承があり、釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊の合体したものともされている。
今でも吉野の蔵王堂には互いにほとんど同じ姿をした三体の蔵王権現像が並んでいて、本尊として祀られている。 
スキー場やお釜で有名な蔵王連峰もそのひとつで、主峰・熊野岳の頂上に蔵王権現を祀っている。


何れにしても、五丈岩の特異形といい、金峰山の山容の秀麗高雅な点では、やはり秩父山群の王者であろう。 
信州と甲州の両側からみても奥秩父山群の奥にあって秘峰感さえ漂うが、先ほど登行中にすれ違った70歳の御老体を含めて、「金峰党」なるぞっこん惚れこんだ人たちがいると聞くし。 
二度、三度、四度と登りたくなる魅力ある山にはちがいない。
小生もその内の一人になりそうで、この日以降、家族や友人たちを含め五から六回、この山の頂に立ち、蔵王権現を参拝したのであった。

つづく・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(9)

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 金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(9) 


これからは見晴らしの利いた稜線上の岩場や砂礫を歩むようになる。 
大きな岩の道やかなり傾斜のきつい一枚岩など注意を要する箇所もあるが、ぐいぐいと登っていく。
尾根から左側、つまり信州側の斜面は大きく広がっていてハイマツが絨毯のように展開しているが、反対側の甲州側は全く対照的に岩場の絶壁が覗かせている。
其処から吹き上がっていくる風が涼しく、いよいよ高山に来たことを実感させられる。 
上空はあくまで青天井で澄んでいた。

稜線の岩稜慢歩、周囲の景色を見飽きるほど眺めながら、しかし、肝心の五丈岩はなかなか近付いてこない。 
小さな岩尾根のピークを3~4箇所越える。 






写真:2枚
千代の吹上」付近の岩場、遠く五丈岩が見える


見た目には楽なようだが、ドッコイ、ピークの甲州側はザックリと切落ちていて危険なため、信州側を巻くように道が付けられている。
この辺りは“千代の吹き上げ”とか“7人行者”などの特異な名称が付けられているようである。 

足下から千尋の谷底が切落ちているところもあり緊張を強いられるが、岩場のところどころに常緑の米ツツジの可憐な姿がへばり付いていて慰められる。 
叉、這い松帯にハクサンシャクナゲが混成をなし、そして、ところどころに一段と小さくキバナシャクナゲが見受けられる。
千代の吹上」から見上げると、足がすくみそうであったが、実際に登って見ると、それほどでもなく、大きな岩を越すのに結構な腕力を要するところもある。
この辺りは、実にアルペン的ムード満点である。


気がつくと五丈岩がいよいよ近付いてくる。 
そして、道は二股の分かれていて下部のほうは「金峰山小屋」の赤い屋根が鮮明に見えてきた。
陽がだいぶ傾向いているとはいえ、時間は充分であり、当然、五丈岩の天辺を目指す。 
とは言え身体のほうは、やや疲れを感じているのも確かだ。 
時間にして10数分であろうか、最後の頂上への急登を喘ぐ・・!。 




金峰山頂に屹立する「五丈岩」


大きなピークを左側に巻いて再度稜線に出た。 
正面に五丈岩の圧倒的な巨石タワーが堂々と鎮座している。 
五丈岩は、実際は20mほどの高さの重厚な大岩であった。
その基部は大岩の集まりで、その内の一つの巨石が天を指しているのである、まるで巨大なオベリスク(石塔)のように。

オベリスク」とは、ここより南西の方角、甲府盆地の韮崎付近で左上に見える甲斐駒ガ岳の隣りに位置する鳳凰三山の一つ・地蔵岳の頂上に鎮座するオベリスクは有名である。
身近で見ると、自然のものとは思えない見事な石柱で、鳳凰三山のシンボルとして人々に愛されている。 
この「オベリスク」という名称は、太陽神のシンボルとして光を反射して輝くように建造された石塔のことのようで、古代エジプト時代に神殿の一部、記念碑として多く製作されたものだという。

因みに、「丈」(じょう)というのは、尺貫法における長さの単位で、1丈は10尺と定義されている。
日本では、明治時代に1尺=(10/33)メートルと規定されたので、1丈は約3.03メートルとなり、五丈は15・15mとなる。 
本来、古代中国に由来し、「丈」は長い棒を手に持った形をかたどったものであり、そこから身長、身の丈(みのたけ)を表すようになったとされている。 
中国式では1尺(市尺)=(1/3)メートルなので、1丈(市丈)は約3.33メートルであり、五丈は16・66mとなるようである。

つづく・・、



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それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・

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やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!


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 金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(8) 






「縦八丁」の辛い登り



尾根道へ出たとはいえ、道中はまだまだでこれからである。 
この時点で山頂部らしいのがチラッと遠望できたが・・、否、あれは岩場の稜線かもしれない。 
コメツガ、オオシラビソの針葉樹林帯、そして石楠花林の急坂を喘ぐ・・!。 
時折、木々の間から信州側の様子が覗える。 

信州といえば、信州側は南佐久郡川上村の地域で、千曲川・信濃川の源流域でもある。 
尤も、甲州側は釜無川・富士川の源流域であり、この尾根は日本海と太平洋の分水嶺でもあった。 
そして、この「金峰山」は、日本百名山は周知だが甲州百名山でもあり、尚且つ、「信州百名山」でもあった。


序ながら、深田久弥は「日本百名山」の中で「金峰山」のことを・・、
『 古くから甲州人はこの山を州の北鎮として尊崇し、その景色を詩に詠んでいる。 甲府盆地から仰ぐ金峰山は決して峻険といった感じではなく、むしろ柔和で優美である。・・・頂上に立ったとき空は完全に晴れて、四周の眺めに私は狂喜した。 ・・・帰路、川上村の川端下方面へ下るが、道もよく分からず、ついには日没となって「野しゃがみ」(緊急夜営、ビバーク)で一夜を過ごさざるを得なかった 』と記している。


広い尾根筋の道であるが、岩がゴロゴロした急登の繰り返しで、その後は大小の根っこが張り出していて一筋ではない。 
従って、道の様子も不安定であり、足元を探りながらの徒歩なので些か歩きにくい。 
とにかく両手を腰において無心で脚を運ぶ。





「縦八丁」の苦しい登りも終わりに近い


丸山」という一つのピークに達したが、ピークといっても其れらしい雰囲気は無く、風景は現状と変わらずであった。 ただ、有りがたい事に、この先は些か平坦になってほっとする処でもある。
最後の単調な苦しい登りを終えて、一息付ける処まで辿り着いた。 
やや開けて八ヶ岳、南アルプスが見える。
更に、ゴツゴツした岩道を登ると、ようやく森林限界の上に出る。 
この辺りからの景色は素晴らしく、前方には、岩稜の峰々の左手に五丈岩を含めて金峰山の五丈岩も遠望できる。 
そして、振り返れば紺碧の空に瑞牆山がその特徴ある姿を見せている。









「砂払いの頭」・といわれる岩場と頭の天辺の立つ標識、金峰山頂と大日岩を指している


どうもこの辺りを「砂払いの頭」と言うらしい。
砂払いノ頭にある斜めに突き出た大岩の奇岩が目を引く。

気がつくと、石楠花の類がアズマシャクナゲからハクサンシャクナゲに変わっている。 
シャクナゲは、普通、中部から北日本にかけては主に三種の種類が観られ、アズマ(吾妻)シャクナゲは葉が細長く厚みがあり葉の裏が茶色がかっていて、低山から亜高山帯の林の内に生えているのに対し、ハクサン(白山)シャクナゲは、葉はやや幅があり、薄く、裏は特に変化は無い。 どちらかといえば亜高山帯から一部は高山の稜線ハイマツ帯まで環境の厳しいところに根をおろしているのが特徴である。 

更に、キバナ(黄花)シャクナゲという小ぶりで矮性なシャクナゲもあり、高山の礫地・草地・ハイマツ帯に生える特性をもつ。 このキバナは、奥秩父ではこの金峰山頂上付近にのみ生えていると聞いているが・・?。

つづく・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(7)

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 金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(7) 



更に、薄暗い森林へ突入する。 
道は昨夜の雨で濡れてはいるが、さしたる影響はないようだ。 
ブナの根っこや倒木がかなり目立つようになった。 
上りはかなり急になってきて、夜行便の寝不足の影響がそろそろ出るところでもある。 

こちらは、今までの水平歩程である「横八丁」とは異なり、かなり急斜面の「縦八丁」と云われる所でもある。 
ブナや栂の木の大木の麓に、既に花は終わったアズマシャクナゲの緑の葉の低木が密生していて目を楽しませてくれる。 
実は小生、友人の影響もあってツツジ科の山の原種、ツツジや和種の石楠花の密かな収集、植育を楽しみにしている者でもあります。


道程は今までとはうって変わって大勾配である。 
上方を遥かに覗うと、明るく天空に開けたような空間が覗えるので、まず、そこを目標に前進である。 
確実な足取りで一歩一歩、歩を進める。 

急勾配の山腹ではあるが、道はジグザグに成っているため、見た目よりは安堵感がある。 
下山の登山者とすれ違うようになり、「頑張ってネ・・、」と一声かけて、未だ10代らしき若者が遠ざかってゆく。 
この時間帯、彼らは早朝に上り終えて下山の途中なのであろうか・・?、そう、こちらは青息、吐息、頑張らなくちゃー・・!


夜行、寝不足のわりには体調は先ず先ずである。 
人々が風のように通り過ぎた後は、小鳥の声や葉擦れの音も無く、ただ辺りは「」としている。 
単身の孤独感や不安といったものは無く、ただ、奥秩父の奥深く鬱蒼とした原生林に身も心も委ねて、どちらかといえば今は無我の境地とでも言おうか・・?。 
こんな時、初めて奥秩父の土を踏みしめているんだなーと実感する。

樹林帯の根っこを踏みながら、時折、はて・・?ルートはと思案する時もあるが、そんなときは樹木に記してある赤い目印が頼りになる。

石楠花が群生、密生する樹林帯の上方が次第に明るくなってきて、大きな岩魁が見えてきた。
小さな看板に「大日岩」と記されてあった。 




見上げるような大岩・「大日岩」


大日岩は岩と言うより山のようで、見るからに巨大な岩山だ。 
その岸壁を仰ぎ見る基部に辿り着いてみると、 今にも崩れそうな形で重なる岩が多くある。 
花崗岩からなる岩肌は白っぽく風化されザラついていて、大斜面の岩盤は天を突き、下部は大日沢へ大きく、深く落ち込んでいる。 

割れ目の所々には木々の緑が付いていて、よく観ると「コメツツジ」(も点々と生えている。
コメツツジはツツジ科の半落葉小低木で、亜高山などに自生し細かく分枝し枝先に小さな葉が集まる。 春に直径1cm弱の米粒のような白花を少数個つけるので、その名前が付いた。 
盆栽風で好事家に好まれ、通称、ハコネコメツツジとも云う。





大日岩からからの眺め、手前は飯盛山、右に瑞牆山、背後は八ヶ岳。


視界は東の方に開けていて、先ほどまで青一色の上空であったが、さすがに午後の刻になると白いものが混じってきた。 
谷から吹き上がって頬を撫でる微風が気持ち良く、八ヶ岳や南アルプスの山並みも一望できる。 
ここは甲州と信州の県界尾根でもあり、すぐ北には小川山(2418m)へ通ずる鞍部の「八丁平」という峠が甲信を結んでいる。

つづく・・、




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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(6)

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(6) 



次に、奥秩父の山の先駆者である「小暮理太郎と田部重治」について・・、


先ず、『小暮理太郎』(1873年~1944年)は、日本山岳史上「秩父時代」と云われる一時代を築き、“奥秩父”という名の名付け親でもある。 
大正から昭和にかけて奥秩父の山と渓谷を踏破し、さらに風土誌的に見聞を広めた実用作家として知られ、登山地図など未だ作成されていない探検時代、日本アルプスや秩父山地に入り、これらの山々の魅力を世に紹介している。 
彼は単に山に登るだけでなく、山岳展望や登山史の研究、地名の考証にも大きな熱意を示し、人文的な「山岳研究」というべき分野を開拓したパイオニアの一人でもある。


明治末期から大正にかけて、東京市内から通いつめて纏めた「望岳都東京」は、東京から見える山々を初めて詳しく明らかにした内容として知られているという。 

叉、「山の憶い出」の中に「金峰山」のことを・・、
金峰山は実に立派な山だ。独り秩父山脈の中に断然頭角を抜いているばかりでなく、日本の山の中でも第二流を下る山ではない、・・金峰山はどこへ放り出しても百貫の貫禄を具えた山の中の山である』と紹介している。

著作に「山の憶い出」(上下巻)、「望岳都東京」、「登山の今昔」ほか   



叉、『田部重治』(1884年~1972年)は、大学(東京大学)在学中に木暮理太郎と知り、山への関心を深める。
北アルプス、奥秩父など多くの山々を登り登山家として活動、特に毛勝岳(北アルプス)の初登頂や秩父における足跡は貴重だとされる。 
渓谷という日本独特の山岳美を最初に提唱したと言われ、その後の日本の登山の在り方に大きな影響を与えた。 

著作の「笛吹川を遡る」の一節に・・、
汽車で甲府平を通る人は、誰でも笛吹川の荒涼たる流れの姿を見て・・、』とその冒頭にある一節は国語教科書にも採択され多くの人々に親しまれた。 
この文章を記した顕彰碑が、山梨県三富村の西沢渓谷入り口に建てられている。


著作に「わが山旅五十年」、「日本アルプスと秩父巡礼」、「忘れえぬ山旅」、「新編・山と渓谷」など多数。
金峰山の西側山麓の金山平に、田部重治、木暮理太郎のレリーフが具えてある。

つづく・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(5)

【全文要旨】

鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 
それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!
以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(5)    


【閑話休題】  奥秩父という山々・・、

瑞がき山の北端、信州峠の北西に位置するアルプス的な風貌の「八ヶ岳」に比して、緑に覆われた褶曲的な山脈が「奥秩父」である。

その八ヶ岳は、本州を二分する重要な地質構造線のフォッサ・マグナの中央に噴出した火山群で、15万年以上も前に活動したものであり、硫黄岳の爆裂火口が今も顕著に観られる。
一方奥秩父は、太平洋プレートなどに押されて出来たシワ(皺)で生成過程が全く違う山系であり、 南部の相模の屋根といわれる「丹沢山系」と同種の成り立ちといわれる。 

登山の歴史は八ケ岳より奥秩父の方が古く、明治末期から大正はじめにかけて、木暮理太郎とか田部重治などの先駆者達が開発してくれたという。
特に英文学者で山旅を楽しんだ田部重治(1884-1972)は、奥秩父は大きな保水力を持った森林と、その水が川となって流れ出る渓谷の美がこの山域の魅力であるとし。 雄大な日本アルプスの山々の特徴と併せて、20世紀初頭『日本アルプスと秩父巡礼』を刊行、1930年には『山と渓谷』として出版し、世に秩父山系の山の様子を広く知らしめた。

奥秩父は山域が比較的広く、標高2600m圏の高峰を含め、2000m級の山々が多数連なっていることから北アルプス、中央アルプス、南アルプスに比してここを「東アルプス」と呼ぼうという声が、近年、この山域の山愛好者や山小屋関係者(東アルプス楽集国)などから出ているらしい。
尤も、この名称については疑問もあるようで・・、
“「秩父アルプス」の方がよい”とか
“一応アルプスというからには、3000m程度の高峰を持っていないと・・、森林限界を越えているのはせいぜい金峰山くらい”とか、
“奥秩父が深い山なんて言うのはおかしい、南アの南部みたいなのを深い山というと思うよ。奥秩父なんか核心部に国道や林道が通っていて、どこ歩いていても自動車の音が聞こえるようじゃ”
・・等といった懸念の声もある。

元々「アルプス」という用語は、ulps(尖峰)という意味で、のっぺりとした山ではなく氷河地形のように 尖った山のことを指すようだ。
日本での「日本アルプス」という呼称は、かのイギリスの探検家・W・ウエストンが日本アルプス登山の傍ら、母国向けに付した名前であり、その後、初代日本山岳会会長・小島烏水がこれにあやかって北アルプス、中央アルプス、南アルプス等の呼称を付けたのであった。

因みに、秩父山系の山々を領域別に観てみると・・、
東秩父: :雲取山から長沢背中稜・棒の峰、有間山・武甲山・丸山・伊豆ガ岳等。 荒川の源流域で東側は高麗川・入間川の源流域
中央秩父: :雲取山から甲武信岳に至る稜線。軒並み2000mを超える稜線で、多摩川と荒川の源流域。 青梅街道や秩父往還道が山腹を走り、秩父の山と言えばこの稜線の山のことを指すことが多く、都心からも見える。
西秩父: :甲武信岳から国師岳・金峰山、瑞がき山から信州峠を経て長野盆地に落ちる稜線で、富士川・千曲川の源流域。この山域は奥秩父の核心部で軒並み2500mを超える亜高山が多い。
北秩父: :甲武信岳から三宝山を経て、荒川・千曲川・利根川の源流の尾根に複雑に分かれる。目立って高い山は無いが標高1500m前後で粒ぞろいである。中でも両神山は大きな山であり著名である。
南秩父: :非常に広大な山域であり、相模川・富士川・多摩川の源流帯を造る。 雁峠から大菩薩嶺、小金沢山、笹子峠、三ツ峠山、御坂山、黒岳、王岳、釈迦ガ岳、毛無山を経て富士宮市に落ちる南北線と大菩薩南の丸川峠から牛寝通、三国山、笹尾根、陣場山、城山を経て多摩丘陵になる東西線に大別される。 笹尾根からは多摩川支流の源流域の山々で、奥多摩の尾根が派生し、御前山や大岳山や御岳山など良く知られているものも多い。南北線は、2000mを超える山が多いが、東西線は軒並み標高は低く穏やかな稜線がだらだらと続いている。

以上のような奥秩父の山域を、「東アルプス」と呼称することが普遍化、一般化するかどうかは見ものでもある。




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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(4)

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  金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(4)   



ジグザグのやや急な登りを10分ほどゆくと、大きな看板が立って「富士見平」と記されていた。 
ハハーン、なるほどここが本来の富士見の地であったか・・、と妙に納得した。 
ただ、肝心の富士山の展望は唐松林に遮られており、しかも遠方は薄い雲がかかっていて本来の展望は望めなかった。


一服する間もなく、前進する。 
飯盛山から派生する小さな尾根のを、ダラダラと登りきると今度は薄暗い樹林帯に突入する。
栂の木やモミの木の大木が植生して奥秩父らしい太古の原生林を思わせるが、南側の斜面は唐松の明るい林を成していて好対照なのが面白い。 
境界辺りは混成林となっていて、昔と今がゴチャゴチャになっているのも特徴ある光景であろう。 

この辺り、身体に負担のない水平路で、所謂、「横八丁」と称しているようである。 


進むにしたがって、やや急な登りとなる。 
腰掛の丁度良い倒木があったので一息入れる。
富士見小屋から、まだ30分も経っていないが急ぐ旅ではない、じっくりと奥秩父の風致を味わいながら。 
体調も良好なようで、発汗は未だしていないようだ。 
甘夏ミカンを半分ほど口に頬張ると、酸い味のサワヤカサが身体に広がる。
因みに小生の場合、山行時に常時携帯している果物では、酸味の強烈なレモンが代表的である。 
これは発汗時の後で、しかも身体がやや疲れを感じたときにシャブルことにしている。
あの強烈な酸っぱさが甘く感じるから不思議で、尚且つ、疲れのほうもスーッと消えていくような感触が気に入ってる次第である。


一服した後、立ち上がろうとした時一人の年配登山者が下りてきた。 
「今日は、これから金峰ですか」 
「はい、そうです。 昨夜は泊まりで・・?、小屋ののほうは如何でしたか・・?」 
「平日だったせいもあり快適でしたよ。 小屋の主人(林さん)とは昔から懇意でね」

この時期としてはチョッと違和感のあるピッケルを手にし、毛皮の尻当てを付けて身柄も堂々たる岳人といった、いかにも山慣れした風貌である。 
覗うところ、70歳の御老体らしい。 
昭和初期の戦前から登山をはじめ、子供たちが巣立った5、6年前から再び八ヶ岳を中心に山歩きを始めたらしい。 
特にこの金峰山は気に入っているとのこと。 
弁舌達者な、いかにも精力的な御老人であった。
「それじゃ、このへんで・・、」 
「金峰はいい山ですよ・・!、ただ道中は長く、これからですからな・・、気をつけて行ってらっしゃい。」
若輩の小生を労わるように、目と目でしっかり挨拶を交わし別れた。


この先の所謂、「縦八丁」という道程に対比して、こちらは上下の高低差が少ない「横八丁」と言われるところで、比較的平安な道筋である。 
暫くすると木立の間から大きな岩塊が見えてきて、鷹見岩というらしく、次の山小屋である「大日小屋」も近そうである。
まだ学生らしい若者達のグループが勢いよく下りてきたので、
「小屋まで、どの位かね」と聞くと、答えるのももどかしいといった感じで
「すぐ、そこっすよ」とはね返ってきて、ダダダーっと、あっという間に通り過ぎていった。




奥秩父・大日小屋

ほの暗いトンネルのような樹林帯を抜けて、急に日が指したような明るく開けたとこに出た。 山道より右手下部に遠慮がちに「大日小屋」が横たわっていた。 
小屋の前に今にも朽ちそうなベンチがあって、そこに如何にも山岳部らしいパーティが食事をとりながら談笑している。

すぐ横に腰を落ち着けながら・・、

「どちら・・?」と軽く声をかける。 
「ハイ、東京の慶応高校山岳部です」と、透き通るような返事が返ったきた。 

軽い朝食の後、小用のため小屋へ向かって重い引戸を開けると、中は広い土間と今は薄暗い畳の大部屋が見渡せた。 
無論、客人は一人もなく部屋はきれいに清掃されてあった。 
左端に管理人用の小部屋があり、一仕事終えたのであろう、中ほどのテーブルで一息入れているようである。 

小用の後、お礼の挨拶を交わすと、
「よかったら温ったかいお茶でも入れるよ」、小生が単独であるのに気がついていて、一声かけてくれたのだろう。 
急ぐ旅でもなし「それじゃお言葉に甘えて・・、」と、縁ふちに腰を下ろした。

秩父の山の様子や開拓史を興味深く覗いながら、一時を過ごす。
話によれば、先刻までこの小屋の手前に一回り小さい山小屋があって、奥秩父のパイオニアといわれる、小暮理太郎や田部重治などが盛んに利用したとのこと。
話の最中、どこからともなく「チュウ、チュウ」との音が聞こえてくる。 チュウ公が餌をねだっているようでもある。 

「ネズミのようですね」、
「こんな生活していると、ネズミも憎めないのよ」、とアッケラカンとしている。 
何やら身につまされた。

続く







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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(3)

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全文要旨
鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!

以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(3)  


さて一息いれて、身に付けるものを整え、靴紐を締めなおしてイザ出発である。
この辺りで標高にして1500m位であろうから、この先、金峰山の頂上までは凡そ1000mの登りとなる。 
林道よりすぐ右手の山裾に立派な登山道が敷かれていて、ジグザグのやや急な道へ入り込んでゆく。 
15分程歩いたところで、尾根筋へ出て急に見晴らしが良くなった。 
真正面に岩塊から成る瑞がき山の荒々しい山容が現れた。 

これはすごい迫力だ・・!、 その両脇に八ヶ岳、南アルプスの連山が望まれる。 


瑞牆山(みずがきやま)は標高2,230mの山で、日本百名山のひとつでもあり人気のある山のようだ。 
あのゴツゴツした岩肌は花崗岩で形成され、南西部は風化や浸食の影響を受け、独特の岩峰が聳える特異な景観を造っている。
百名山の名付け親である「深田久弥氏」は、この山を「針葉樹の大森林からまるでニョキニョキと岩が生えているような」と表現している。 
岩の峰嶺には鋸岩、大ヤスリ岩など、固有の名前が付けられている。 
確かに遠くから眺めるだけでも満足のできる山であろう。




林に囲まれ山小屋らしい雰囲気の「富士見平小屋」、 だが・・、



しばらく樹林帯の中を歩き、20分ほどすると青い標識で「WC」とか「水場」などときさいしてあり、間もなく富士見平小屋に着いた。 
小屋は丸太で造ってあり、いかにも山小屋らしい雰囲気が漂う。 
小屋の前に数個のテントが張られていて、富士見平というからには富士山が望めるのか・・、と思って見通してみたが、余り展望のきくところではなく、林越に覗っても富士の姿は霞の中だった。 

小屋の前では屈託なく数人の登山者が談笑している。
「これから、どちらへ・・?」
「瑞がき・・、です。 時間もたっぷりあるんで、のんびりですわ」
「私は金峰ですが・・、同様ですね」
上空はあくまで抜けるようで、陽光が眩しいほどである。 
そう云えばこの地が、瑞がき山と金峰山との分岐点でもある。

ゆったりと休息をとって急登に備える。
ここ富士見平小屋から左にそれると瑞牆山へ、そして、真っ直ぐ小屋のトイレ脇から金峰山に登りになるようである。
さて、出発である。 何げなく歩き出すとトイレにぶつかってしまった。 慌てて引き返し本道を歩き出す。


《 ところで、この富士見平小屋で猟奇的な異常事件が発生していたらしい。 
昭和58年9月、当時22歳の若き女性が富士見平小屋の管理人に乱暴されたうえ暴殺されてしまったという。 
夜、戸外のトイレに行く女子を見ていた管理人が、ムラ気を起こして乱暴しようと山林に連れ込んだが、激しく抵抗されたためシャツの襟を絞めつけ、窒息死させたという。 
翌日未明には女の遺体を担いで現場から離れた窪地に遺棄し、リュックや衣類は焼却したということだった。  
犯人は昭和59年10月、婦女暴行致死、遺体遺棄などの罪で懲役13年の判決を受けたそうである。 

こんな静かで美しい自然の中で、しかも登山者を優しく導くはずの山小屋管理の人が・・!!。 
何とも痛ましい事件で、悲人的野獣にのような仕業であり、絶対の許すべからずの行為である。

これは、今から11年後のことであった。 
現在、この忌まわしい富士見平小屋は、、暫くの間、無人の朽ちそうな小屋になっていたらしいが、近年、素泊まり専門の山小屋として復活、トイレも復調している模様・・?。 》

続く・・、




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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(2)

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全文要旨
鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!

以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(2) 


昭和47年(1972年)9月末日

毎度お馴染み・・、
山岳夜行専用列車と言っていいほどの新宿発23時55分の鈍行・長野行きに乗り込んだ。 
当時、東京の主要駅では各地方へ向かう夜行便は、列車指定された案内板の前に、使用していないホームや他の空スペースの待合所に整列させられ、発車時間30分くらい前になってやっと駅員の案内で、該当する列車に並んだ順番に乗車するのが通例であった。 


当時、中部山岳や上信越の山に取り付くに、便利な存在は夜行列車だった。
早朝に登山口の駅に到着でき、うまくいけば2000~3000m級の山頂にその日の午後には立てるからだ。 
しかしそういった夜行列車は暫く前に廃止になっているようだ。
以前は、新宿発・午前零時前後に出る普通列車は、八ヶ岳や南アルプスに入山するにはもってこいの夜行列車であった。 甲府には2:30ぐらいに到着し、一息入れてから北岳方面行の始発バスに乗れる。 
叉、八ヶ岳方面へは小淵沢で乗り換えれば清里に5時台に着き、茅野でも始発のバスで赤岳や北八ヶ岳方面に入山できるのである。
他にも、「急行アルプス」という夜行列車などもあったようで、大糸線へ乗り入れており、白馬山方面や後立山連峰、立山アルペンルートに入るには便利な列車だった。



奥秩父北部の登山基地でもある「韮崎駅」へは、まだ夜中といっていい時間帯の午前3時半ごろであったろうか。 
増富温泉行きの一番バスが出るまで駅構内で休眠し、温泉に着いたのは上空がやっと白んでくる頃であった。 

更に、登山者用のマイクロバスに乗り込み、山懐へ入り込んでゆく。 
マイクロバスといっても幌を付けたトラックで、胃下垂を起こすほどのガタガタ道を喘ぎながら登ってゆき、従って、隙間風が入り込んで寒いことおびただしい。
時折、幌をめくって外の様子を覗うと、金山川の清流を底にV字峡谷の天空には澄んだ青空が望まれる。 
蒸ん々々(むんむん)する暑夏もどうやら過ぎ去って、澄んだ秋の風が上空を流れるようなったのかもしれない。 


金山」という数戸しかないと思われる山峡の集落へやってきた。 
こんなバスも通わないような山奥で、どうやって生活を営んでいるのだろうと、不思議にさえ思えるところである。 
尤も、実際は私の乗っている幌バスがこの地まで来ているのだが・・、 そして、この辺りが終点かなと思っていたら、更に、山間へ突き進んでいったのである。

そして、もうこれ以上この先には車が走れる道はありませんと、林道の最奥部まで幌バスはやっきた。 

すぐ近くに立派な山小屋・「瑞がき山荘」(みずがきの“がき”は「牆」と書くが、難解である)が建っている。 
こちらから目的地である名峰・金峰山向かうことになる。 
叉、こちらは岩だらけの百名山・「瑞がき山」の登山基地でもある。


この山荘に投宿したのだろう・・?、
身支度を整えた何組かの登山者が、今まさに出発するところである。 
行き先はどちらの山であろうか・・?。


山荘で、眠気覚ましと気付けにホットコーヒーと持参した軽食を軽く口にする。
この辺り、さっぱりした樹林帯が広がっている。 
唐松の間にみずならや白樺が垣間見え、行楽地としては絶好のエリアではなかろうか。 頃良いシーズンでもあり、この後続々と行楽客が訪れるのであろうか・・?。

何でも、近い将来この地から「黒森」方面へ連絡道路が繋がって、一帯が自然公園になる計画があるらしい。 既に、黒森から信州・川上村、野辺山方面へは信州峠を経て甲信林道が通じているので、さぞ賑やかになるだろう。


次回へ、つづく・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(1)

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(1)


これはあくまで、若かりし頃の登山記録である。 先ずはそのあたりから・・、

奥秩父の秀峰といわれる「金峰山」の頂上に初めて足跡を残したのは昭和47年(1972年)の夏だった。
山梨県の北部の南アルプスや八ヶ岳に向かう時、右手に連なる山脈が関東地方のごく近くから延々広がり、延びている山域が気になっていたのである。 そのうち、「奥秩父」という名の登山用地図を買い求めて、初めて2,000m以上の山々が20以上も連ねていることに気がついたのだった。 国師や甲武信岳、金峰山・・と、地図上に未知ではあったが、何か曰く有りそうな山名が並んでいたのである。

一般に、奥秩父の山々は原生林である森林、樹林の美しさも、深さもそうであるが、其れにともなう渓谷の豊かさが特長であろう。
しかし、私が気なっていたのが余りにも豊かな森林、大きな原生林が限りなく広がっていて、それが山頂付近まで覆いつくし、即ち、頂上へ立ったときの青天井、大景観が望めず、山へ登ったという達成感、充実感が薄いのではないか・・?。 故に、奥秩父の山は地味な存在で、私の好みに合わず、一生縁のなさそうな山ではないのか・・、と勝手に想像していたのである。

私の今まで踏んだ山頂は殆どが青天井(曇りや雨でも一応、青天井)の展望の良く利いたピークあった。 それは、より高い方位を目指し、周囲の山々を一望の下に眺め収めたときの達成感、充実感は得がたいものがあり、それらが、今までの経験で知っていた。 所謂、俗に言う「ピークハンター」であった。
そこに私の山歩きの好みの一端が覗えるのである。

ところが、奥秩父の地図を眺め、登山ルートの解説部分を読んで気がついたが、頂上より西側の稜線部分は岩場が連なるアルペン的風貌を備え、緑に覆われているはずの秩父連山とは異種な特異な存在であったのだ。 しかも、頂上部分には「五丈岩」という巨大な岩峰が屹立しているのである。 この山が、かの「金峰山」であった。
こんな山様にすっかり気にってしまい早速、計画にとりかかった。

続きます・・・、



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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編 「序」

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編 「序」


山小屋の一夜:奇跡の体験 

鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。

山小屋では混むときに一畳に2人程度で寝ることもあり、肩幅が確保されず仰向けには寝られない。 そんな時は横向きで寝ないといけないし、殆ど寝返りが打てない。 
そして極端な超混雑時には1畳に4人なんてな時あるようだ。 こうなると既に横になって寝ることなど不可能で、座って寝るという異常なことになる。 
山小屋というのは本来来る人を拒めないし、若し、拒絶すれば場合によっては遭難の恐れもあるからだ・・!!。



金峰山山頂の「五丈岩」


あの日の金峰山は好天に恵まれていた。

人気の奥秩父の「金峰山」へは続々と登山者がやってきて、小屋周辺は賑やかさを増していた。 山に夕景がせまる頃、山小屋の宿泊者は場所取りに勤しんでいる。 
余りの人の多さに小屋の管理人や係員が、奥のほうから人々を詰めるよう誘い、指示を出していた。
私は到着が遅かったので2階出入り口近くの大広間の中央部に案内された。 
続いて芳紀女性三人が私のすぐ横に居座ってきた。 独身まっただ中の私は嬉しくもあり、照れくささもあったが、何よりも寝場所を確保することが先ずは重要であり、第一であった。

やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!

これはあくまで、若かりし頃の登山記録である。 
次回は、先ずはそのあたりから・・、



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そこに「山」があるから・・、

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そこに「山」があるから・・、




日本の代表的山岳地「上高地と穂高連峰」



山の魅力について・・、 


山の魅力、山歩きや山登りにおいて・・、

「どうして山に登るのか・・?」、

「そこに山があるから」



と答えたのは有名なエピソードで殆どの人が知っているが、

実は、イギリス人の登山家のジョージ・マロリーがエベレストを指して答えた一語であった。

因みに、マロリーは1924年のイギリス第三次遠征の第二次アタック隊として、登山家のアーヴィンと共にエベレスト山頂に向かったが行方不明となった。

それから75年後、米国のマロリー&アーヴィン捜索隊が1999年に、標高8160メートルに地点で遺体を発見した。が、そのときにマロリーが登頂が成功したかどうかは判らないと言われる。

近日次回からは奥秩父・「金峰山」、 登行記ですが山での奇跡のような艶話もあるよ・・!!





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