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世界遺産 日光大紀行(36)奥鬼怒山旅  「続・日光沢温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(36)奥鬼怒山旅  「続・日光沢温泉」 




ロッジ風の日光沢温泉



日光沢下の湯 白濁した硫黄泉の露天風呂 




因みに、日光沢温泉は奥鬼怒4湯の中でも一番鄙びていて、どちらかと言えば山小屋風の造りで、登山者やハイカーベースの営業を行っているようである。 
そして、手白沢同様送迎を行っていないので、ここまでは自分の足で歩かなければならない。

加仁湯から沢沿いを更に15分ほど遡ると、鬼怒川本流最奥が日光沢温泉で、鬼怒川本流と支流の日光沢が合流する二股の少し山手にある。
高層湿原として名高い鬼怒沼をはじめ、根名草山・温泉ガ岳、湯沢峠越え丸沼方面などへの登山基地でもある。


温泉、浴槽は別棟の湯小屋内に内湯と、そのよこに露天(混浴)が二つあり、日帰りでは露天のみ入浴可能。

露天風呂は上段と下段の2箇所にわかれていて、上段露天は無色透明のお湯でかなり温めで長湯向き。
下段の露天はコンクリ造りで10人程度の広さ、パイプ3本からやや白濁した源泉が投入され、にごり湯の硫黄泉の掛け流しである。
ほぼ適温のお湯は、透明度40cmくらいの乳白色にごり湯で白い湯の花がただよっている。
いずれも、深山の雰囲気あふれる中で、個性の異なる二つの上質湯を楽しめ贅沢な露天である。


翌朝、夕べの満点の星たちが約束していたように、青天井の日本晴れ、登山日和であった。

鬼怒沼へむけて出発しようとしていた最中、一昨夜、丸沼の宿で同宿した女性3人グループとバッタり鉢合せした。

聞くところ、昨日湯沢峠越えで温泉郷に到った後、周辺を散策し加仁湯へ泊まって、これから鬼怒沼、鬼怒沼山を目指すと言う。
無論、寸時であったが、お互い気心の知れた間柄であったので、納得の上同行の好味となった。



次回、奥鬼怒山旅  「オロオソロシの滝





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テーマ : 世界遺産・日光大紀行
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tag : 日光沢温泉

世界遺産 日光大紀行(35)奥鬼怒山旅 「日光沢温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(35)奥鬼怒山旅 「日光沢温泉」 





日光沢上の湯 無色透明のナトリウム-塩化物泉



日光沢下の湯 白濁した硫黄泉



それから、浴室の窓を飛び越えて一旦河原へ出て、更に、渡り板を伝わって目的の露天風呂へ向かう。 渓流の河原の中を行くと3m四方程の露天風呂があった。

ここは正に大自然の中にスッポリと納まり、青天井そのものの癒し所である。
時節柄(10月下旬)、白濁した湯からはモウモウと湯気を湛え、湯面には色付いた紅葉の葉が数枚ユラユラと浮いているのである。 
無人の浴槽なので、遠慮なくザブンと飛び込むと、底の方はヌルッとした感触がある。 何だろうかと探ってみると、こちらもモミジの落葉であった。  
此れを、風流と言わずして何に例えよと言うのか・・?。 

周辺を見渡すと月明かりでぼんやりしているが、此れは又、何と情緒のあるところか、正面には屏風のような大岩がデーンと座っていて、その横下からサラサラと清流が流れ落ちているのである。
そして、天上界は満点の星々で満たされ、光り輝いているのである。
もし、ここの湯面に徳利を浮かべて一酔の気分になれば、仙境の仙人の酔心地(ようごこち)といったところであろう。

この自然の異様なまでの整いに、気分が高揚し、名状しがたい感覚に囚われるのである。
これはもう、自然と一体になって、自然と合体して、湯船の中で自己陶酔し、昇天してしまう他はなかったのである。
正に、温泉と自然を充分感じ取って、気分は満喫であった。



次回、奥鬼怒山旅  「続・日光沢温泉




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世界遺産 日光大紀行(34)奥鬼怒山旅 「奥鬼怒温泉郷」

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 世界遺産 日光大紀行(34)奥鬼怒山旅 「奥鬼怒温泉郷」 




ハイカーや登山者のための「日光沢温泉」





奥鬼怒温泉郷には4箇所の温泉宿があるが、何れの宿も温泉は40~60度の上質の天然源泉が湧き、露天風呂とカンテラの灯りは正に仙境の湯場に相応しい。

宿は、小生は、ルート真下に在った「日光沢温泉」へ投宿した。



覗ったところ、食事付きや素泊まり客など一般観光客、ハイカー、登山客と隔てなく受け入れているようで、一安心であった。

御当地へ来て、地元の食材を調理した山菜料理等を舌鼓したいところであるが、実は小生、御代を惜しむわけではないが山歩きの場合、自給自足(・・・?、自炊)を旨としているのである。

それに、明日への行動のためにも、少しでも荷を軽くしておきたいとする、正直な気持ち
もあった。


ともあれ、自家製の料理・・?を戴いて満腹感になり、後のお楽しみは噂の温泉に浸かることである。

本館の廊下越しのやや下ったところに男女別の浴室があり、そして、先ず独特の硫黄臭のする大きな内風呂があった。 

ここまでは普通の宿屋の風呂と変わりは無いが、湯舟に満たされている温泉は乳白色で、樋口から盛んに熱目の源泉が流入しているのである。

湯船に張られたお湯は60度前後あるらしく、確かに熱めであり仕方無く水で薄めるようだ。 

成る程傍に、「適当に水で薄めて調整してください」とメモがあった。




次回、奥鬼怒山旅  「日光沢温泉




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tag : 奥鬼怒温泉郷

世界遺産 日光大紀行(33)奥鬼怒山旅 「山への信仰」

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 世界遺産 日光大紀行(33)奥鬼怒山旅 「山への信仰」 




奥日光の山々(手前が太郎山、右が男体山と大真名子山)




この先、行く手がほぼ平坦になったところで、「念仏平」についた。
余りの夥しい山塊に当惑するほどであるが、遠くは北アルプスが白い曲線を描いて光っているし、奥秩父や八ヶ岳も鮮明だ。
西側には上越国境が屏風のようだし、尾瀬ヶ原と燧ヵ岳の双耳峰も見事である。

しかし、何と言っても眼前に日光の開祖で象徴ともされる、男体山(二荒山)が太郎や女峰を控えさせて泰然としてに畏まっている様は、正に王者の風格であった。
余りの素晴らしさに、我を忘れ、時のたつのも忘れ、所謂、忘我の状態になってしまうのである。


日光の山塊は、信心深かった昔の人が(勝道上人)、この山域は補陀落山(ふたらくさん)、即ち、観世音菩薩が住む山(補陀落浄土)として御山を開き、その象徴としたのが二荒山(男体山)であり、庶民の信仰の場としたのである。

麓にある二荒山神社(中宮祠・中禅寺)は、日光山内は元より、下野国一の宮として社殿を創建し、日光権現(千手観音)としてを祀ったものであった。

登山者としての心の内を顧みるに、自然への親和の情から自然への畏怖を生じ、更には、神聖なもの(絶対者・神をも含む)として信じ貴ぶことを芽生えさせ、己を昇華してしまう。
山への信仰とは、この様な状態の発露から生じたものかもしれない・・?、


最後のピーク根名草山で一息入れた後、奥鬼怒の温泉場へ下山する。
温泉とビールを瞼に浮かべながらであるが、それにしても、温泉到着までの最後の急斜面の下降にはゲンナり。
途中、手白沢温泉との分岐に出たが、当然ながら明日の奥鬼怒への行動予定を考えると、直進、日光沢温泉方面を向かうのみである。



次回、奥鬼怒山旅 「奥鬼怒温泉郷





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世界遺産 日光大紀行(32)奥鬼怒山旅 「温泉ヶ岳」

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 世界遺産 日光大紀行(32)奥鬼怒山旅 「温泉ヶ岳」  .




金精峠付近からの温泉ヶ岳


温泉ヶ岳山頂




金精峠からの縦走路といっても、稜線よりやや下がった場所に登山道が付いていて、従って、概ね樹林帯(主に針葉樹)の中を歩むようで見通しは良くないが、時折、岩場などの開けた場所もあり、気持ちが癒される。

右手の大きな湖面は勿論、中禅寺湖で有り、小波までが鮮明に窺える。
振り返ると、白根の三角錐が雪化粧して競り上がっている。



この先も、展望は樹林帯に掻き消されてあまり良くなかったが、静寂そのものは霊山の如く神秘的で、自然の中に自分が調和し、融和している気分である。

一汗流してひと登りした後、暫々(ようよう)にしてピークに達した。 
縦走路の最高峰であり、端正な温泉ヶ岳である。


頂上は狭いが円く平らで、山頂付近まで針葉樹林に覆われているが、山頂の見通しはすこぶる良く、周囲は360度の大視界が広がっていて、信じられないほど周囲の山並みは水平線の彼方までスッキリと見通せる。


古くは勝道上人が日光山を開山、今の奥日光に分け入って湯元温泉を発見し、その背後に聳える山に湯元温泉に因んで「温泉ヶ岳」と名付けたという伝承がある。


次回、奥鬼怒山旅 「山への信仰





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世界遺産 日光大紀行(31)奥鬼怒山旅 「金精峠」

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 世界遺産 日光大紀行(31)奥鬼怒山旅 「金精峠」  .






金精山と金精神社





翌朝、丸沼の温泉ロッジで、オクターブの高い女性の声で目が覚めた。 

気が付くと、登山には絶好の日和であり、登行意欲をいやが上にも盛り上がる。
聞くところ、彼女達は此れより湯沢峠を越えて、奥鬼怒温泉郷より鬼怒沼を目指すらしい。
安易で、最も短直なコースであろう。

小生は、山歩きが本来の目的なので、金精峠から温泉ヶ岳、念仏平、根名草山を経て奥鬼怒へ、更にその後、尾瀬の境界山域でもある奥鬼怒山、奥鬼怒湿原を目指すことにした。



金精トンネルの登山口から金精峠へは、凡そ20分で到着した。
この峠は、温泉ヶ岳と金精山との鞍部にあたるところで、日光山の修行僧の夏峰修行の路として開かれたと言われる。

峠には、小さな社の金精神社が祀られていて、曰く有りげな名前のように男根を御神体とするらしい。



かつて、巨根で有名な怪僧・道鏡(奈良後期の高僧で、天皇の地位を奪おうとした「道鏡事件」で有名)が、孝謙天皇の寵愛をうけたが、天皇の崩御後、皇位を窺った罪で下野(しもつけ;薬師寺別当)に左遷されてしまう。 

道鏡が金精峠を越えた時、暑かったので褌をはずしたまま歩いていた。
それを見た住民が御利益にあやかろうとして、神社を作ったのが金精神社の始まりだと言われている。


直ぐ北側には岩肌むき出しの荒らしい金精山があり、今思えば尖がった山の姿が屹立した男根に見えなくもない。

子宝、安産、子孫繁栄に霊験があるとされている。
他を見渡すと、かの日光連山の山並みが見渡せるし、上州側は菅沼の湖面が輝いていた。



次回、奥鬼怒山旅 「温泉ヶ岳






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tag : 日光金精峠

世界遺産 日光大紀行(30)奥鬼怒山旅  「奥日光へ」

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世界遺産 日光大紀行(30)奥鬼怒山旅  「奥日光へ」   .




奥日光(温泉ヶ岳・奥鬼怒温泉・鬼怒沼)の山旅 .  


次に、栗山地区で最も奥にある秘境が奥鬼怒(おくきぬ)である。
大自然は勿論のこと、関東でも指折りの秘湯どころで、しかも、人気ハイキングエリアの「鬼怒沼」もおすすめである。
奥鬼怒温泉郷の四天王こと四つの温泉宿は個性派ぞろいである。





先ず、小生の温泉ヶ岳から奥鬼怒温泉から鬼怒沼への登山道中記録より .

関東北部の高山地帯は、11月ともなれば、そろそろ雪化粧してくる時節であろう。
奥日光の連山は、中部、関東地方では最北部にも位置し、山々は紅葉の葉も落とし、裸の木々はやがて冬の到来を迎えて白に埋まる。

こんな時期、奥日光の県境の山と奥鬼怒を目指してみた。



日光湯元から金精峠、温泉ヶ岳を目指そうとバス停で様子を伺っていたところ、幸運にも当地から金精峠(トンネル)を抜けて、沼田までのバスが間もなく発車するところであった。(近年、沼田-日光湯元間の金精峠越えのバスは廃止されてしまったようだ)


今夜は、丸沼の温泉ロッジへ宿泊し、明日早朝目的地へ向かうことにした。
大きなロッジには、先客の女性グループと小生のみの宿泊者であった。



次回、奥鬼怒山旅 「金精峠





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世界遺産 日光大紀行(29) 「奥鬼怒スーパー林道」

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 世界遺産 日光大紀行(29) 「奥鬼怒スーパー林道」  .




奥鬼怒スーパー林道




加に湯(奥鬼怒スーパー林道の分岐点)




栃木と群馬の県境「奥鬼怒トンネル」





日光方面から奥鬼怒へ向かうには山王林道というのがあって、奥日光・光徳牧場から川俣温泉までは付されている。

林道は、現在では全舗装されているが、川俣側の道は細く荒れており、すれ違い等ある程度の運転技術が必要である。 

又、台風等により道が崩れしばしば通行止めになり、開通時でも降水量に因り通行止めとなりゲートが閉じられるので注意が必要である。

ゲートは光徳側は光徳園地の先、川俣側は分岐の噴水橋から少し先にある。
山王林道の名は、林道が越える山王峠(1730m)からきており、山王峠付近の川俣側は、近年紅葉のメッカとして人気が高まっている。 
標高が高いため、日光エリアでは最も早く、10月中旬から下旬には普段は閑散としている道も車で賑わう。


さて、「奥鬼怒スーパー林道」は川俣地区より奥鬼怒を経て、尾瀬の入り口である「大清水」へ至るルートのことである。

1970年、更なる観光開発を意図して山王林道を延長し、群馬県側に抜ける林道計画が持ち上がった。
しかし、地元の群馬県自然保護連盟は、林道の存在が自然環境を破壊しかねないとして反発する。
しかし、半ば強引に工事は進められ、遂に、1988年に着工にいたる。

だが条件として、完成後は管理を担う地元市町村をも巻き込んだ議論を経て、群馬県側「大清水」から栃木県側「八丁の湯」の間の16.2kmについては、林道の建設目的に観光は含めないことで開通する取り決めがなされた。

このため、林道自体は1993年に開通はしたものの、2012年の現在も県境付近は一般車両の通行止めが続いている。


女夫淵温泉から先は一般車両の通行は制限されていて、特に八丁の湯の大橋には有人のゲートが設営されている。
栗山村、もしくは片品村が通行許可書を発行しているので、申請して許可が下りれば通行することは可能だが、観光やレジャー目的での通行は認められていない。
尚、地元住民、土地所有者以外の通行には地元市町村長の許可が必要。


道路状況は、比較的良好のようで、大部分がダートであるが、車の通行には支障がなさそうである。
林道は、一般人としてはマニア向けのコースで、日光から尾瀬へ抜ける重装ハイカーやオフロード自転車などは許可無く通行可能で、結構楽しんでいる人も多いという。

県境のピークにある奥鬼怒トンネルは、1990年に完成した延長1.3kmのトンネルで、トンネル内は舗装されていて、水漏れなどもないしっかりしたものである。
1車線分の幅員ですが、3箇所程度の待避所が設けられている。



次回、 「奥鬼怒の山旅





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tag : 奥鬼怒スーパー林道

世界遺産 日光大紀行(28) 「奥鬼怒温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(28) 「奥鬼怒温泉」  .




奥鬼怒温泉案内図(小; クリック大)


奥鬼怒温泉郷の周囲は鬼怒川源流域にあたり、湿原と山、急峻な斜面を流れ下る川で構成されている。
北側の山中にある鬼怒沼は、奥鬼怒の最奥部にあり、鬼怒川の源流のひとつとなっている高層湿原で、日光沢温泉からの登山道が整備されている。

景勝地であるオロオソロシの滝、ヒナタオソロシの滝は、奥鬼怒源流域を代表する滝である。
オロオソロシの滝は、「日陰」(オロ)の「恐ろしい音がする」滝、又、ヒナタオソロシの滝は、「日向」(ヒナタ)にある「恐ろしい音がする」滝を意味するとされる。 
急峻な山肌を流れ落ちる段瀑でもある。


実は、奥鬼怒温泉郷から尾瀬エリアへ至る道路が存在しているのである。 だが、一般車両は乗り入れできない。

奥鬼怒スーパー林道がそれで、奥鬼怒温泉の八丁湯から奥鬼怒連山の鬼怒沼山の北側のトンネルを越えて、尾瀬の大清水に至っている全長16.2km林道で、平成5年に完成している。


しかし、地元の群馬県自然保護連盟は、林道の存在が自然環境を破壊しかねないとして反発、林道の建設目的に観光は含めないことで開通する取り決めがされた。
このため、林道自体は1993年に開通はしたものの、2010年現在も県境付近は一般車両の通行止めが続いている。
(地元住民、土地所有者以外の通行には地元市町村長の許可が必要)

従って、入口の女夫渕温泉から先は許可車両のみの通行となり、現在は林道関係者の他、2軒の宿(八丁の湯、加仁湯)の車両がが宿泊者の送迎をしている。


標高1300メートルを超える温泉地は、日光市街地(標高500m)より気温差は8度前後も低く、夏涼しく、色鮮やかな秋、白銀の冬となる。

点在する4軒の宿は個性的で泉質も異なるという。
鬼怒沼湿原を中心とする登山、トレッキングの基地としても知られていて、泉質重視の秘湯ファンが多く訪れる温泉地であり、歩ける用意をして関東屈指の別世界を楽しむ人も多い。 
手白沢温泉を除く3軒は、日帰り入浴で湯めぐりできる。



次回、 「奥鬼怒スーパー林道





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世界遺産 日光大紀行(27) 「奥鬼怒」

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 世界遺産 日光大紀行(27) 「奥鬼怒」  .




日光地域の北西部、鬼怒川の最上流の地域、川俣から女夫淵(めおとぶち)の更に奥の地域が「奥鬼怒」である。
無論、この地域は奥鬼怒温泉郷としても知られ、八丁ノ湯・加仁(かに)湯・手白沢・日光沢などの温泉があり、一つの温泉郷をなしている。


奥鬼怒温泉郷
温泉郷のエリアは、鬼怒川の源流部付近にあり、一般に女夫渕温泉より先のエリアを指す。
秘湯巡りの観光客以外、鬼怒沼、尾瀬への登山客の利用も多い。

温泉宿は4箇所あって、手前より八丁の湯、加仁湯(かにゆ)、手白沢温泉、日光沢温泉とあり、いずれも一軒宿である。
これらをまとめて奥鬼怒四湯とも呼ばれる。

近隣には他にも温泉が自噴している野湯が多数ありらしく、天然記念物にもなっている湯沢噴泉塔などもある。
温泉が発見された時期は不明だが、古くから地元の人が利用していたらしく、温泉郷が形成されたのは昭和初期である。
温泉郷内の各宿に電気、電話が引かれたのが1986年になってからであり、それまでは各宿ともランプや自家発電の宿であった。
更に、交通アクセスも徒歩に限られ、容易に訪れることのできない秘湯である。
宿によって送迎(宿泊者のみ)しているところもあるが、徒歩の場合は、川に沿った女夫渕から遊歩道ハイキングコースを4.5km、約1時間15分程歩くことになる。


次回、 「奥鬼怒温泉





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tag : 奥鬼怒

世界遺産 日光大紀行(26) 「川俣の元服式」

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 世界遺産 日光大紀行(26) 「川俣の元服式」  .





親分・子分の固めの杯を行う「元服式」(栗山地区・観光課)



川俣地区では、現在では珍しい元服式(名づけ式)が行なわれているという。

川俣の元服式は、国の重要無形民俗文化財にも指定されている歴史ある儀式であり、男子が数え年20歳、つまり成人に達すると、遠縁の親族の中から成人後の後見人(武士階級の元服式における烏帽子親:えぼしおや)を選び名付親分、子分の関係を結ぶ。

かつて明治半ばごろまでは名付親から新しい名前を与えられたので「名付け式」とも言われていて、幼名から成人の名前に変更する儀式でもある。

例えば、戦国時代に注目すると、織田信長が13歳で元服、幼名の吉法師から三郎信長と改名しているし、又、徳川家康は14歳の頃、松平竹千代から元信に改名している。

儀式とともに、特別な料理が親分・子分ともに同じ献立同じ量が振舞われる。
献立は、必ず海の幸・山の幸が用意され、品数も縁起を担いで奇数となるように七品を揃えるという。
儀式のあとには、川俣の伝統芸能である「三番叟」(能に古くから伝わる祭儀的な演目で、父尉(チチノジヨウ)・翁・三番猿楽の三老人の祝福舞の総称)と「恵比寿大黒舞」が披露される。
三番叟は、二十日芝居と呼ばれる年頭の地芝居の幕開けの舞。 恵比須大黒舞は、山の幸里の幸豊穰と新成人の福徳円満を願う祝儀舞踊である。(どちらも県指定無形民俗文化財)


今年、2012年の「元服式」は1月21日、川俣地区自治公民館で行われ、同地区の若者3人が、仮の親との間に親分、子分の契りを結んだといい、マスコミにも紹介された。

遠縁の中から名付け親が選ばれ、名前を授けて地元住民に公認され、晴れて成人になったのである。
この儀式は室町時代から続くとされ、血縁や地元住民との関係を密にし、結束を図ってきたとされる。


次回、「奥鬼怒




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世界遺産 日光大紀行(25) 「川俣湖温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(25) 「川俣湖温泉」  .  





川俣湖温泉の日帰り温泉施設・「上人一休の湯」




さて、温泉であるが、こちらも平家落人集落を売りにしているようだ。
山峡の地でありながら歴史ある温泉で、平家落人集落で御馴染みであるが、古くは、平家落人の平藤房(藤原藤房)が発見したと言われる開湯伝説がある。

こちらは、湯西川より更に偏狭の地で、川治温泉から県道23号線を山中に分け入る。
道路は未改良の狭路区間もあり、大型観光バスでの通行は熟練の腕が必要とのこと。
但し、こちらは路線バスも走っていて、鬼怒川温泉から川俣を通って女夫淵温泉まで凡そ1時間半の道程である。


山峡の温泉郷に分け入ってくると、素晴らしい光景が開けてくる。
川俣湖からさらに鬼怒川を遡った深い渓間に湧く秘湯で、急斜面にしがみつくようにして、数軒の宿が鬼怒川沿いに点在している。

鬼怒川の渓流を望む、野趣あふれる露天風呂を有する自慢の宿も多い。
川俣湖温泉の民宿は概ね、2ヵ所に分かれていて、一つは川俣湖周辺で広々とした湖と豊かな自然が目の前に広がっている。

もう一ヵ所は間欠泉がある渓谷沿いの宿で、近くには湯量豊富な露天風呂を持った旅館があるので入浴しに行くことも出来る。



川俣湖の湖尻に名物の間欠泉が噴出している。
これを見ても川俣温泉は高温の本物の温泉であることが判る。
間欠泉は、温泉街の噴泉橋という橋からも眺められ、深い谷底から数10分間隔で白煙と熱湯が湯柱となって吹き上げる。 

間隔が長いので、良いタイミングと時間に余裕のある方は、噴出しシーンがお目にかかることが出来る。  間欠泉の高さは約15m程度。


又、川俣湖温泉の民宿村には日帰り温泉・共同浴場「上人一休の湯」がある。
設備は、温泉内風呂(男・女各1)、露天風呂(男・女各1)で、入場料金は大人(中学生以上)500円で利用できる。
温泉は、単純泉でナトリウム - 塩化物泉、無色透明の源泉で、源泉温度70 – 94度と高い。
効能は、切り傷 火傷 皮膚病 婦人病 動脈硬化 高血圧など。



次回、 「川俣の元服式




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tag : 川俣湖温泉

世界遺産 日光大紀行(24) 「日光・川俣地区」

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 世界遺産 日光大紀行(24) 「日光・川俣地区」  .



鬼怒川が北へを遡った「川治」辺りからは、今度は大きく西へ展開して次第に峡谷のような険しい山間を蛇行するようになる。

鬼怒川の流れもここまで来ると様相は一変し切り立った岩壁、大岩の間を切り裂くような流れ、正に秘境の域に達する。 

この辺りは既に古くから知られていた瀬戸合峡で、紅葉の名所でも有る。 その秘境部分に、ガツンとコンクリートで堰き止めたのが川俣ダムである。



ダムは鬼怒川が形成した瀬戸合峡に建設されたが、併せて、ダム周辺の整備も行われ、ダム直下の岩山部分に遊歩道を設置して展望台や吊り橋も改築・補強し「瀬戸合峡渡らっしゃい吊橋」と名付け、一般に開放して名所になっている。 

この吊橋からは、瀬戸合峡の深い渓谷とダム堤体を望むことができる。
ダムによってできた人造湖は「川俣湖」と呼ばれ、湖畔にある川俣湖温泉はダム建設に伴って新たに掘り当てられたという。

川俣湖よりさらに上流に進むと、奥鬼怒であり、更に山頂部には高山植物が咲き乱れる美しい鬼怒沼がある。



名所・瀬戸合峡(せとあいきょう)は、凝灰岩の浸食によって生まれた深い峡谷で、深度約100mにも及ぶ断崖絶壁が2kmに亘って連続し、そして峡谷沿いには観光道路が縫うように走る。

平成16年の春に、「渡らっしゃい吊橋」が完成し、吊橋からは、瀬戸合峡の絶景を楽しむことができ、展望台には「天使の鐘」があり、老若男女多くの観光客が訪れている。



紅葉の名所としても知られ、1986年には「とちぎの景勝100選」に選ばれている。
峡谷内には川俣ダムが建設され、峡谷の上流側はダム湖である川俣湖に隣接している。


尚、一帯にはかつて、鬼怒川上流を遡った先に存在した元川俣温泉や湯西川温泉などと同様、平家の落人伝説が残る集落が存在していたが、川俣ダムの完成と共に水没し、集落の中心は現在の川俣湖温泉周辺へと移転している。



次回、日光・ 「川俣湖温泉




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世界遺産 日光大紀行(23)栗山地区 「湯西川温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(23)栗山地区 「湯西川温泉」  .




湯西川温泉・平家の里




湯西川温泉、その中の一角に「平家直孫の宿・本家伴久」という老舗の旅館がある

平安末期の初代・平忠実から数えて800年の時を経、当宿屋の館主は25代にあたり、345年間の商いを継承しているという。

「伴久」の名は、1185年平安時代、日本の天下を二分した源平の戦いに敗れた平家一門の始祖が、遠く落ち延びて、ここ栃木県裏日光湯西川を永住の地と定めた。

その後、1573年(日本の中央では室町幕府が織田信長によって滅ぼされた年)に11代目伴対馬守(ばんつしまのかみ)が温泉を発見し、1666年に湯治宿「伴久旅館」、現・本家伴久として開業し、現在25代目を継承しているという。


そして現代平成の世では、当地湯西川は観光地として栄え、当館も初代から数え25代目を継承しているが1994年に到り、湯西川旅館組合主催で、鎌倉より源家の源頼朝会を招き、平家の里において、平家と源氏の和睦調印式が行われたという。
このことは当時、多くのメディアで話題として取り上げられた。


湯西川をはさんで、本館と別館に「かずら橋」が、平家落人の歴史ある四国祖谷(いやだに)の匠の手により架けられている。 
これは、平家ゆかりのかずら橋で、本来、追っ手が迫った場合、逃亡のために橋を切り落とすという目的もあったという。 

この度の和解により、八百年の恩讐(おんしゅう)は消え去り、隠れ里に至る「かずら橋」を平氏・源氏の両氏が手をつないで渡るという、「渡り初め儀式」も行われたという。
この平成の世の今、かずら橋は観光客(宿泊者)の「縁を結ぶ橋」として喜ばれているという。



湯西川温泉は、湯西川の先祖は今から800年前、壇ノ浦の合戦に敗れた平家一族の平忠実が落ち延びたとされ、温泉の発祥は天正元年で400余年の歴史があり、平家の落人の子孫が発見されたと伝わっている。

一族は河原に温泉が湧き出ている所を見つけ、傷を癒したと伝えられる歴史の古い温泉である。



湯西川温泉の泉質は、アルカリ性単純温泉で無色透明、無味無臭で含まれる成分が少なく、刺激が弱いため、利用範囲が広い温泉で、肌にもやさしいので高齢者に向くでといわれる。
泉温も25度以上なので、病後回復期の療養や外傷後の療養にも適す。
効能 は動脈硬化、火傷、筋肉痛、高血圧症、切り傷、神経痛、慢性皮膚疾患など、飲用では胃腸虚弱に良い。



次回、 「川俣地区






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世界遺産 日光大紀行(22) 「栗山地区・湯西川」

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世界遺産 日光大紀行(22) 「栗山地区・湯西川」 .




栗山地区は、明治以前、栗山郷(郷は村の集まり)と呼ばれていたが、明治中期、町村制によって9つの村が合併し、栗山村となる。
栗山と呼称されたのは、幾説があるが、山林から沢山の栗が採れたことによるのであろう。

2006年3月、合併により栗山村は日光市 栗山地区となり、これで県内ただ一つで、最後であった村が消えたことになる。





東西約27km 南北22kmで、面積は約430k㎡と、東京23区以上の面積を有する栗山地区(その内森林が94%を占める)も、大きく分けて湯西川地区、川俣地区、奥鬼怒地区の三つのゾーンに分けられる。






湯西川 平家の里


さて、湯西川は鬼怒川、川治よりさらに山深く入り込んだ標高800m程のところで、平家の落人集落として、平家塚など、平家にちなむ遺蹟や多くの秘話や伝説などが伝えられている。
今から約800年前、京で栄華を誇った平家は、源氏との戦いで最後の決戦地・壇ノ浦の合戦で破れた。 

“平家の没落の近いことを知り、都を逃れた平家一族中の肥後の守・平貞能は、清盛の嫡男で内大臣の平重盛の妹・妙子姫を奉して、宇都宮朝綱を頼り下野の地へ入った。 しかし、源氏の平家追討の目は厳しく、貞能と妙子姫は釈迦岳に、数名の家臣団は川治の山里に居を構えた。 川治の地で安らぎの生活をしていた平家一族は、五月の節句ののぼりが平家追討使の目に止まる所となり、この地を捨てさらに渓谷をさかのぼり、天然の要塞である栗山の地に居をかまえることとなった。 湯西川の地に篭った家臣団の長が平忠実とも平高房とも言われている。 彼ら一族は川俣や湯西川に定住し温泉を開き、この地に骨を埋め神として祀られたという。この神の祠が湯西川の高房神社である。”

現在も、所在を隠すため、鯉のぼりを揚げない、鶏を飼わない等の風習が残っているといわれる。



それらを後世に永く保存継承する拠点として、民家数棟を移築し復元したのが、「 平家の里 」であり、十幾つの建物の中に、当時の生活の様子や道具などが展示されている。
里の一番奥には、安徳天皇(第81代)をお祀りした湯西川赤間神社があり、平家の里完成に併せて、山口県の下関赤間神社から分祀された由緒正しい神社だとか。


又、東武鬼怒川線(野岩鉄道)の「湯西川温泉駅」でも知れるように、湯西川は温泉の里でも有る。

車だと五十里湖を過ぎると間もなく湯西川温泉駅が見えてくる。
この辺りはもう西川温泉エリアで、鉄道駅は道の駅にもなっており、温泉もあり地元のお土産を探すのも楽しみ。

更に、車で20分(バスで30分)も行くと、周囲は更に高い山々に囲まれ、四方から清らかな水を集めて湯西川本流となる。
そして、河畔には湯煙が立ち昇る民宿、商家、旅館が立ち並ぶ。

平家落人の里らしく温泉街周辺では平家の雅やかさが漂い、山の方では山の暮らしを感じながら思い出深い旅が味わえる所である。


次回、 「栗山地区・湯西川温泉




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世界遺産 日光大紀行(21)今市 「二宮尊徳」

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 世界遺産 日光大紀行(21)今市 「二宮尊徳」  .




今市は有名な二宮尊徳の終焉の地である。



ところで、今市は二宮尊徳に縁のある土地柄で、彼の終焉の地でもあるらしい。

御存知、二宮尊徳といえば戦前、戦中、多くの尋常小学校の中心的位置に、銅像が飾られていたのを、相応の年代層の人々には記憶があると思う。



二宮金次郎(尊徳)は江戸時代末期に農民の子として生まれ、貧しい少年時代を過ごす。彼は朝から晩まで真面目に働いていましたが、本を読む時間があったらその分働け、というわけで家では勉強させてもらえなかった。

そこで銅像にあるように、薪を背負っての道中に本を読んで勉強したのでした。
その勤勉さが小学生の理想・手本としてふさわしいと考えられ、各地に建てられたのである。
金次郎は後その能力を認められ、各地で農村復興などに力を尽くすことになる。



金次郎(尊徳)は、小生の住む相模の国(小田原)の出身で、地元・小田原藩に出仕していたが、その農業経営や財政能力を買われて、小田原藩大久保家の分家の知行所であった下野国(真岡・二ノ宮;二宮は尊徳の名前)の天領の経営仕法を任せられる。

これが評判となって、二宮尊徳翁は天保13年(1842年)56歳の時に幕府の役人に登用され、「日光領仕法」の計画を命じられる。



江戸末期の日光は当時、天領でもあり、日光神領でもあったが、田畑は荒廃し農業経営が成り立たない、今にも「潰れそうな」状況であっら。

このような状況から復興させるために、日光領仕法が行われた。
日光領仕法(日光山領内の農業経営や財政の建て直しの仕方)は、尊徳翁親子2代に亘って行われ、この間、旧今市郵便局の隣にあった報徳役所で仕法を指示し、多くの村々を復興したとされている。

この偉業を称え日光領仕法を「報徳仕法」とも呼んでその遺徳を偲び、市内に尊徳翁を祀る二宮神社があり、その裏手にはお墓もある。



次回の日光地域 「栗山地区・湯西川





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世界遺産 日光大紀行(20)今市 「日光例幣使街道」

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 世界遺産 日光大紀行(20)今市 「日光例幣使街道」  .





例幣使街道;今市・小倉付近の寄進碑




杉並木は、明治以降は幾度も伐採の危機に瀕するものの、官民双方の有識者の努力によって大規模な伐採は避けられてきた。

周辺の開発によって旧態を失った箇所もあるものの、植樹から400年近く経った現在でも約12,500本のスギが生い茂り、寄進碑や一里塚も現存するなど、江戸時代の街道の景観をよく伝えている。

歴史的にも植物学的にも特に重要とされ、日光杉並木街道 附 並木寄進碑として、全国で唯一特別史跡および特別天然記念物の二重指定を受けている。




この杉並木を含む街道を「日光例幣使街道」という特殊な名称も付いている。
日光東照宮の例大祭(4月17日)において、金幣(きんぺい;菌の貨幣と神への奉納物)を奉納するために毎年、朝廷から派遣された使者(勅使)をいう。

このときの往路となった道が例幣使街道といい、日光例幣使の一行は50人ほどの行列を組んで4月1日に京都を出発し、中山道を通って倉賀野宿(群馬県高崎市)に至り、倉賀野からが例幣使街道といい、太田、栃木などの宿場を経て楡木(栃木県鹿沼市)に至り、今市で日光街道、壬生街道(会津西街道)に合流する。

普通、例幣使街道は往路に用いられ、復路は日光街道、東海道が利用され、例幣使は、1647年から1867年まで日光に派遣された。

又、例幣使街道の宿場には、倉賀野、玉村、五料、柴、境、木崎、太田、八木、梁田、天明、犬伏、富田、栃木、合戦場、金崎、楡木、奈佐原、鹿沼、文挟、板橋、今市の21の宿が当てられた。


現在の杉並木街道の見所は、上今市駅から日光方面へ西に向かう並木道が未舗装で、昔の面影を残しており、徒歩での散策におすすめのエリアである。
杉並木の一角には公園もあり、杉線香の粉挽きや米つきに使われていた水車が数多くあり、のどかな風景を楽しめる。 

又、貴重な文化遺産の「旧江連家(1830年築、約90坪)」と、二宮尊徳の報徳仕法による「住宅報徳仕法農家」も復元されており見所の一つである。
杉並木の詳しい資料などは、「今市市歴史民俗資料館」で見ることができる。



次回、 「日光と二宮尊徳





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世界遺産 日光大紀行(20)今市  「日光例幣使街道」

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 世界遺産 日光大紀行(20)今市 「日光例幣使街道」  .





例幣使街道;今市・小倉付近の寄進碑




杉並木は、明治以降は幾度も伐採の危機に瀕するものの、官民双方の有識者の努力によって大規模な伐採は避けられてきた。

周辺の開発によって旧態を失った箇所もあるものの、植樹から400年近く経った現在でも約12,500本のスギが生い茂り、寄進碑や一里塚も現存するなど、江戸時代の街道の景観をよく伝えている。

歴史的にも植物学的にも特に重要とされ、日光杉並木街道 附 並木寄進碑として、全国で唯一特別史跡および特別天然記念物の二重指定を受けている。




この杉並木を含む街道を「日光例幣使街道」という特殊な名称も付いている。
日光東照宮の例大祭(4月17日)において、金幣(きんぺい;菌の貨幣と神への奉納物)を奉納するために毎年、朝廷から派遣された使者(勅使)をいう。

このときの往路となった道が例幣使街道といい、日光例幣使の一行は50人ほどの行列を組んで4月1日に京都を出発し、中山道を通って倉賀野宿(群馬県高崎市)に至り、倉賀野からが例幣使街道といい、太田、栃木などの宿場を経て楡木(栃木県鹿沼市)に至り、今市で日光街道、壬生街道(会津西街道)に合流する。

普通、例幣使街道は往路に用いられ、復路は日光街道、東海道が利用され、例幣使は、1647年から1867年まで日光に派遣された。

又、例幣使街道の宿場には、倉賀野、玉村、五料、柴、境、木崎、太田、八木、梁田、天明、犬伏、富田、栃木、合戦場、金崎、楡木、奈佐原、鹿沼、文挟、板橋、今市の21の宿が当てられた。


現在の杉並木街道の見所は、上今市駅から日光方面へ西に向かう並木道が未舗装で、昔の面影を残しており、徒歩での散策におすすめのエリアである。
杉並木の一角には公園もあり、杉線香の粉挽きや米つきに使われていた水車が数多くあり、のどかな風景を楽しめる。 

又、貴重な文化遺産の「旧江連家(1830年築、約90坪)」と、二宮尊徳の報徳仕法による「住宅報徳仕法農家」も復元されており見所の一つである。
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次回、 「日光と二宮尊徳





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世界遺産 日光大紀行(19) 「日光杉並木」

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 世界遺産 日光大紀行(19) 「日光杉並木」  .







日光杉並木と寄進碑



杉並木寄進碑の碑文」によれば、

『下野国日光山山菅橋より、同国同郡小倉村・同国河内郡大沢村・同国同郡大桑村に至り、二十余年をへて、 路辺の左右並びに山中十余里に杉を植え、もって東照宮に寄進奉る。 慶安元年四月一七日、従五位下松平右衛門大夫源正綱』

碑文によれば、徳川家康の忠臣・松平正綱が、20余年の年月をかけて杉を植え、徳川家康の33回忌にあたる慶安元年(1648年)に日光東照宮に寄進したという。
現在では当時の杉は、13,000本ほど残っているそうで、板垣退助率いる官軍が日光に拠る幕府軍を攻撃した際に砲弾の当たった杉「砲弾打ち込み杉」や、桜の宿り木となった「桜杉」などの見所も数々ある。

尚、杉並木を散策するなら、今市市~日光市野口の間の未舗装路は自動車もほとんど通らず、のんびりと杉を見ることができる。


さて、日光杉並木は日光街道、日光例幣使街道、会津西街道ともいわれ、日光神領内にあたる大沢-日光間16.52キロメートル、小倉-今市間13.17キロメートル、大桑-今市間5.72キロメートルの3区間の両側にスギが植栽された並木道である。
総延長は35.41キロメートルに及び、世界最長の並木道としてギネスブックに登録されている。

徳川家康、秀忠、家光の三代に仕えた松平正綱が、主君家康の没後、日光東照宮への参道にあたる3街道に約20余年の歳月をかけてスギを植樹し、東照宮に寄進したことに始まり、江戸時代には幕府の日光奉行の元で手厚く保護された。

松平正綱は、家康の近仕、側近として重用され、家康の近習出頭人の地位を占め、勘定頭の任も兼ねる。 2代将軍・秀忠の下でも勘定頭として活動し、相模玉縄藩(現在の神奈川県鎌倉市)2万2100石を領した。 家康の没後は久能山への埋葬や、駿府城に遺された莫大な遺産の管理を担当、日光への改葬にも付き従っている。

幕府の勘定方首座の任を外れてからは、家光の意を受けて日光東照宮の造営に従事し、寛永2年(1625年)から東照宮への参道に杉の植樹を開始する。
正綱は主君への報恩として、紀州熊野の杉苗20万本の中から24,300本を街道に植樹し24年をかけて現在の日光杉並木の様相を整え、東照宮に寄進する。
慶安元年(1648年)には、それを記念する石碑の建立の最中、完成を見ることなく死去。


次回、 「日光杉並木・2





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世界遺産 日光大紀行(18) 「日光・今市地区」

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世界遺産 日光大紀行(18) 「日光・今市地区」 .





次に、現日光市今市地区、旧今市市である。

今市は、かつて関東地方の北部、栃木県北西部に存在した都市で、特に江戸時代には、日光街道や会津西街道、それに日光例幣使街道(※、日光西街道)という街道が合流し、日光へ通じる今市宿の宿場町として繁栄した。

現在も、日光へ至る交通の要衝として、道路は日光街道、会津西街道、日光北、及び西街道、鉄道はJR日光線、東武日光が今市を経由している。


日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)とは、江戸初期の徳川家康没後、東照宮に幣帛(ほうへい;神饌以外のものを神に奉献するものの総称をいう)するための天皇の勅使(日光例幣使)が通った道である。

現在、栃木県日光市から鹿沼市、栃木市、佐野市、下都賀郡岩舟町、佐野市、足利市、群馬県太田市、伊勢崎市、高崎市に至る路線が「日光例幣使街道」または「例幣使街道」と呼ばれている。



この街道の日光市から鹿沼市にかけての区間には「日光杉並木」が現存しているのは周知である。

特に、例幤使街道・日光街道・会津西街道の日光・今市市域、合計37キロメートルの両側そびえる杉の並木を「日光杉並木」といい、国の特別史跡および特別天然記念物の二重指定をうけている。


またギネスブックには、世界一長い並木道として登録されていて、今市市の歴史民俗資料館では、そのページが開いて展示されている。

それにしても、国の二重指定をうけていながら、歴史有る杉並木が「世界遺産」の範疇に入っていないのは残念である。




次回、 「日光杉並木






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