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世界遺産 日光大紀行(55)日光の歴史 「日光の近代史」

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 世界遺産 日光大紀行(55)日光の歴史 「日光の近代史」  





日光の近代史

明治維新による徳川政権の崩壊は、徳川家の権威の象徴であった東照宮を祀る日光にとって大きな衝撃となった。 

所謂、「明治の御瓦解」である。


幕末の慶応年間には、日光山は世上不安のため一般の武士や庶民の参詣を禁止し、八王子千人同心のわずかが警備に携わっていた。

慶応4年(1968)、戊辰戦争の宇都宮で敗れた大鳥圭介を長とする幕府側の一隊が、日光に立てこもり官軍と戦う姿勢をみせる。

このとき、決戦による東照宮の焼失を未然に防ぐため、地元有志(日光奉行所、僧侶、千人組頭某)と官軍の板垣退助の間で、「神橋」の畔において折衝が行われた。


日光の華麗な建造物が、灰燼に帰することを憂えた板垣は話し合いに応じ、幕府軍は会津西街道へと引くことを了承し戦火を免れた。

このことは官軍の長・板垣退助あってのことで、日光では恩人として神橋の袂所に銅像を立て感謝の印としている。


日光東照宮に立て籠もる大鳥圭介ら旧幕臣達に対して、
板垣退助は『先祖の位牌の影に隠れて、こそこそ戦い、結果、歴代の文物もろとも灰燼に帰すれば、徳川家は末代までも失笑の種となるであろう。尋常に外に出て正々堂々と戦いなさい』と説得し、

また強硬に破壊を主張する薩摩藩に対しては、
『日光東照宮には、陽明門をはじめ各所に後水尾天皇の御親筆とされる偏額が掲げられており、これを焼き討ちすることは天皇家への不敬にあたるため回避せられよ』と両者に対して理由を使い分けて説得し、日光山を戦火から守ったという。


しかし、明治と改元され、明治新政府により国家神道が強要され、「神仏分離令」が発布されてからは、神仏習合の聖地日光も「廃仏毀釈運動」の影響が出て、神道にも仏教にも大きな傷を負わされることになる。


これらの政策は、神仏習合信仰によって成り立っていた日光の大改造を迫るものであり、併せて、輪王寺宮も廃され、25院と80坊あった寺坊の組織をはじめ、神領や日光山内の諸管理を行なっていた日光奉行も撤廃された。

即ち、神聖な地域の神社仏閣は、輪王寺宮廃止、東照宮、満願寺(輪王寺)、二荒山神社の寺社分離が行われ、それに伴ない神社境内からの仏堂の移転、あるいは多くの仏像の破壊や遺棄されたりして消失と混乱が生じた。



次回、日光の歴史 「日光の近代史







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tag : 光の歴史 「日光の近代史」

世界遺産 日光大紀行(54)日光の歴史 「日光奉幤使」

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 世界遺産 日光大紀行(54)日光の歴史 「日光奉幤使」 



徳川将軍の日光参詣は「日光社参」と呼ばれ、次第に膨大な行列をしたてることになり、併せて、朝廷からの公家らの参詣も盛んになって日光街道や例幣使道などが整備された。

例幣使道」というのは、現在の栃木県日光市から鹿沼市、栃木市、佐野市、下都賀郡岩舟町、佐野市、足利市、群馬県太田市、伊勢崎市、高崎市に至る路線が「日光例幣使街道」または「例幣使街道」と呼んでいる。 

特に日光市から鹿沼市にかけての区間には「日光杉並木」が現存する。



慶安4年(1651)徳川家光が没すると日光山に葬られ、承応元年(1652)家光を祀る大猷院廟を着工し翌年竣工する。
家光の御霊屋(大猷院廟)には、御家人以下は許されなかったという。

当時の満願寺も、水尾帝の宣旨により「輪王寺」の名を賜り、徳川15代の治世の間に13代続けて皇族座主を迎える。

かくして日光は年々の例幣使、将軍社参、諸大名の参拝により隆盛を極めることになる。




日光が、一般の参詣客(物見遊山)で賑わうようになったのはこの頃からである。
日光参詣のために、日光街道を初め日光西街道(壬生通り)、日光例幣使街道、日光北街道、会津西街道など多くの参拝路が整備された。


しかし、一方日光の基盤であった修験道は徳川の時代に入り80坊と復活したが、東照宮が造営されたことにより以前とは異なってきた。

東照宮遷座により「天領」となり輪王寺門跡が統括し日光山の権威高揚のための年中行事との色彩の強いものになっていく。

それに伴って、修験者は低い身分に置かれるようになり、各坊ごとに信者や弟子を抱えた豊かな生活は暗転して、江戸中期以降は廃屋も目立つようになり末期には半数ぐらいになった。


次回、日光の歴史 「日光の近代史





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tag : 日光奉幤使

世界遺産 日光大紀行(53)日光の歴史 「家康公の遺訓」

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 世界遺産 日光大紀行(53)日光の歴史 「家康公の遺訓」 



家康公の遺訓として

『 人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし、心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし。 堪忍は無事長久に基、怒りは敵と思え。 勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る、己をせめて人をせめるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり 』



『 人はただ 身のほどを知れ 草の葉の
           露も重きは 落つるものかな 』  家康


1541~1616年、75歳の生涯を駿府(静岡)で、その幕を閉じている。



寛永9年(1632)秀忠没後、家光が三代将軍になる。

天海と将軍家光による大断行で、大恩あり、尊敬する家康のため巨費を投じて東照宮の大改造をはじめる。 

そして、2年以内の歳月をかけて寛永13年(1636)には、社殿の全てを建て直す「寛永の大造替」が完成する。


旧都の仏師を始め日本全国より大工、塗師、石工を集め1年5ヶ月で完成させたことは驚愕に値するといわれる。
現在に伝わる豪華絢爛な社殿と結構美がこの時に整えられたのである。



また、社殿のみならず御神領といわれる近隣の所領も寄進され、そして、更に日光山の最高責任者として法親王(皇族関係者)が迎えられるのが慣行となり、「輪王宮」(日光の輪王寺の門跡であった法親王の称号)として歴代継承することとなった。


こうして、徳川家の祖霊を祀る日光東照宮の威光が確固たるものになり、歴代の将軍家をはじめ諸大名が日光に詣でるようになる。

さらに朝廷からは毎年「奉幤使」(朝廷から毎年4月16日の日光東照宮大祭に派遣された勅使参議)が参向するという慣例が敷かれるようになった。


併せて、一般庶民の参詣も盛んになり、門前町や宿場も整うなど、日光東照宮の鎮座がもたらした影響は江戸時代を通じて多大なものとなったのである。



次回・日光の歴史 「日光奉幤使





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tag : 家康公の遺訓

世界遺産 日光大紀行(52)日光の歴史 「日光の東照権現」

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世界遺産 日光大紀行(52)日光の歴史 「日光の東照権現」





家康の権号、「東照神君・東照権現

二代将軍秀忠により、久能山に造営された権現造の極彩色で社殿は、荘厳な雰囲気で見る者を圧倒するという。 

本殿、拝殿等の社殿は権現造、総漆塗り、極彩色に彫刻、模様、組物は桃山風の技法を施し、江戸初期の代表的建造物として国宝に指定されている。


家康公は後に「東照神君・東照権現」となり、平和、開運、学問、厄除の神として崇められ、全国東照宮の根本大社として幅広い崇敬を受けている。

祭神は「正一位 徳川家康公」、相殿に「正一位 豊臣秀吉公」「正一位 織田信長公」を祀る。 

正一位とは平安期、律令制における官位のことで、いずれも天皇から授かる。
一から五位まで正と従があり、正一位は最高官位である。



そして、その20年の後に、三代将軍家光によって、御霊[みたま]は日光東照宮へ移された。
 


ご存知、三者を現した句に、

『 啼かぬなら 殺してしまえ 不如帰 』  信長
『 啼かぬなら 啼かせてみよう ホトトギス
 』  秀吉
『 啼かぬなら 啼くまで待とう ほととぎす 』   家康




天下統一を果たし、270年にも及んだ江戸幕府を開いた家康は1542年、当時、松平氏として岡崎で生誕している。

幼少時分は苦労の連続で今川氏の駿府城下、家康は今川家の人質として19歳までの12年間を過ごしている。

不自由な生活に耐えることで忍耐強い性格がここで形成される。



1603年、江戸に幕府を開き徳川政権下、征夷大将軍になったが、わずか2年で秀忠に将軍職を譲り、駿府に戻って大御所と呼ばれるようになった。

晩年になって、天下統一を果たした家康は、忍従と波乱に満ちたの一生であったといえる。


次回、日光の歴史 「家康公の遺訓




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tag : 日光の歴史 「日光の東照権現」

世界遺産 日光大紀行(51)日光の歴史 「日光の近世」

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世界遺産 日光大紀行(51)日光の歴史 「日光の近世




日光の近世(江戸期)

日光の歴史の中で最大の画期的なことは、言うまでもなく元和3年(1617)の「東照大権現」の鎮座である。

徳川家康の死後、その霊柩が久能山から日光へ遷座され、東照社(後に東照宮に昇格)が創建されたことで、日光は一気に徳川家の祖廟を祀る霊地となり、江戸幕府の権威を支える重要な拠点となった。


戦国期が終わって、やがて徳川家康の時代を迎えることで、さらに新たな転換期を迎えることになる。

豊臣秀吉没後、関が原の戦い、更に大阪の陣を経て、慶長8年(1603)家康が江戸に幕府を開く。



長かった戦国の世がここに終止符を打つが、日光は未だ暗闇の中にあった。
そして転機は、慶長18年(1613)天海僧正が日光山53代管主として迎えられたことによる。


元和2年(1616)徳川家康が没し久能山に埋葬されたが、翌年家康の遺言「1周期の後、日光に小さき堂を建てよ」により、国家平安の祈りをこめて、江戸の北に位置する聖地・日光に神霊を遷座することになる。

天海の先導で久能山より1ヶ月をかけて遷座が行われた。
これが東照宮の祭礼・千人行列の始まりという。




徳川家康は1616年、73歳で駿府城で死去している。
遺言によりこの地、久能山東照宮に遺骸が埋葬された。
久能山は、「あたかも桶を伏せたるが如く」といわれるような、断崖に囲まれた天然の要害の地である。

武田氏が滅びて駿河の国一帯が徳川氏の領有することになるが、家康は死の真際に望んで、西の諸大名が異心を抱き、謀反など発起させぬよう、睨みを効かす為に険峻高地の久能山に菩提寺を選び、亡骸を西側に向かせて葬るように、と遺言したという。


次回、日光の歴史 「日光の東照権現






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世界遺産 日光大紀行(50)日光の歴史 「日光の中世期・2」

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 世界遺産 日光大紀行(50)日光の歴史 「日光の中世期・2」 



さらに、承元4年(1210)には第24世座主として、源実朝の護持僧・弁覚法印が補任され、日光山の信仰形態は大きく変わることになる。

彼は熊野修験の法を導入し、日光修験のための大法八大法規(厳重な定め)を補い、三山形態を確立した。


これまでの二神信仰が神仏習合と合わせて、次のような三神信仰に変わった。

 
三山三仏 三所三神三社
女峰山 阿弥陀如来 女体権現田心姫命 滝尾
男体山 千手観音 男体権現大巳貴命 新宮
太郎山 馬頭観音 太郎大明神※味耜高彦根命 本宮
※ アヂスキタカヒコネ(大巳貴命=大国主命と田心姫命=宗像三女神の一柱の子神) 



弁覚法印は、頽廃していた堂塔を修営し、光明院を建立、これを本寺として衆徒36坊、小坊300余坊へと発展させた。
これを光明院時代といい、彼を日光山中興の師とも称している。



室町期は、郷国・足利氏や隣国の上野国の新田氏が中央に進出するに及んで、日光山は足利幕府、豪族、修験者の信仰に支えられて、更に隆盛をみる。
この頃(16世紀)の日光山は、僧坊500余、寺領も18万石と称された。


永禄年間・戦国の世は織田信長の出現を見、桶狭間の戦いから本能寺の変と戦国乱世の世、日光山でも、地方豪族の争いに巻き込まれて僧兵が各所に出向くこともあり、緊張状態を強いられる。


豊臣時代の後半、小田原攻略においては日光山の惣政所・壬生氏が僧兵と共に北条方に付き小田原城へ入ったとも記録に残っている。

この時、北条氏は豊臣秀吉によって滅亡するが、戦後秀吉は、日光山が小田原に組したことを怒り、日光山領66郷、18万石を没収、足尾郷800石と鉢石町(現、日光中心部)のみを残すのみとなり、これにより日光は衰退の時期を迎えることになる。
 


次回、日光の歴史 「日光の近世





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世界遺産 日光大紀行(49)日光の歴史 「日光の中世期」

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世界遺産 日光大紀行(49)日光の歴史 「日光の中世期」



中世期(鎌倉、室町期)

日光史の第二の時期は、初めて関東が政治の中心となる鎌倉幕府が関与した時期であろう。

勝道上人が、遠くに聳える「補陀落山」(二荒山:男体山)に観音浄土を描いた当初から、次第に山岳信仰の拠点として整備されてきた日光は、山岳信仰の上に神仏習合の信仰が加わって、「補陀落山」(仏の観音浄土)から「二荒山」(神が宿る山)へ、更には、「日光山」(仏が護る山)の双方の名称を併用しながらその基盤を固めていったといえる。

特に中世に入ると、男体-女峰-太郎の三山に、それぞれ神(男体権現-女体権現-太郎権現)と仏(千手観音-阿弥陀如来-馬頭観音)が宿るという日光三所権現信仰が新たに広まった。

そして、そのような民間の信仰の支えとして日光山は隆盛期を迎えることになるが、当時の日本における他の大寺社勢力の例にもれず、広範囲の寺社領を領有し、多数の僧侶が在院する大寺院(大神社)の様相を呈していくのである。



日光の「往古社領六十六郷」といわれる寺社領は、現在の日光・足尾・今市・藤原・栗山・鹿沼・粟野・宇都宮の各域に及ぶもので、大きな寺社勢力となった日光の経営を支える地域であったとされている。
 
又、建久3年(1192)源頼朝は征夷大将軍にとなり鎌倉に幕府を開く。
鎌倉時代は政事の中心が鎌倉の関東圏に及び、早速ながら日光は源頼朝をはじめとする源氏の信仰を集めるようになり、関東における護(まもり)としての位置を築いていたようである。


その頃から既に、日光の御神体が「日光権現」と呼ばれていたらしく、それは、日光山別当が、鎌倉の源氏にとって特別な意味のあった勝長寿院(鎌倉において、源頼朝が父・義朝の菩提を弔うために建立した寺院で、当時は大御堂とも呼ばれ、現在は御堂跡のみであるが、その名が地名として現在に残っている)の別当と兼務していた時代が二百年に及んでいたという事実もあった。


次回、日光の歴史 「日光の中世期・2





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世界遺産 日光大紀行(48)日光の歴史 「日光の古代」

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世界遺産 日光大紀行(48)日光の歴史 「日光の古代」





日光の古代(奈良、平安期)


古代の日光は、第一は勝道上人による日光の開山時期であろう。

このような時期に併せるように、いよいよ日光黎明期の歴史が開かれてゆくのである。
奈良期の天平年間(神護2年・766)、勝道上人(下野芳賀郡高岡の出身)が霊峰・男体山の登頂を志し、大谷川を渡って四本竜寺を創建した時に始まるといわれている。

上人は、男体山中腹の湖畔に神宮寺を創建、後にそれが中禅寺として繁栄、以後、山麓の四本竜寺付近と共に、日光は山岳信仰の拠点として、近郷のみならず広く関東全域からの信仰を得て多くの修験者や僧が入山し、堂社も各所に整備されるようになったという。
 

それに伴い高僧の来山も伝えられ、中でも弘法大師空海の滝尾神社創建の伝説や、慈覚大師円仁の日光来山の伝説は、勝道上人の開山伝説に象徴されるような山岳信仰の霊場というだけでなく、平安期の二大宗派である真言・天台の二つの密教に裏付けられた正統な霊場としての日光の位置を確保し、古代における日光の信仰基盤の重厚さや深淵を高めることとなった。
 
もちろん、山岳信仰を核とする日光の歴史において、勝道上人の偉業を最重要な拠り所としていたことはいうまでもなく、上人以後、日光山の最高責任者の別当は上人の高弟が継承したことを伝えている。


こうした伝説的な勝道上人やその弟子達の時代を経た後、古代(平安期)末期の近隣の地方豪族の伸長に伴って、豪族出身の僧侶が別当に就く時代を迎えるのである。



次回、日光の歴史 「日光の中世期






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世界遺産 日光大紀行(47)日光の歴史 「太古の日光」

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 世界遺産 日光大紀行(47)日光の歴史 「太古の日光」 



太古の日光

日光の歴史にはいくつかの節目がある。

日光の有史以前(縄文、弥生期)の古代、特に奥日光周辺は古くからの猟場であったとされ、男体山の中腹からも石のヤジリが発見されている。
このことは縄文以前の石器時代ものとされ、この頃から日光には既に人跡があったものと推定されている。 


また、日光市内には16カ所もの縄文・弥生遺跡があり集落跡や土器も発見されているが、古墳は発見されておらず、「歴史」以前の日光は狩猟民族マタギが先住民であったようである。



日光が霊山として開山されたのは勝道上人とされているが、それ以前の男体山山頂からは、さらに古い時代の遺物も発見されており、勝道上人以前から日光は信仰の山(神宿る山)であったともとれる。

しかし、日光が史実として、歴史上に登場するにはやはり勝道上人を待たなければならないのである。


そして、有史以降の日光を大別すると、
やはり、第一は勝道上人による日光の開山時期である。
第二は初めて関東が政治の中心となる鎌倉幕府が関与した時期、
第三は江戸幕府の成立による東照宮造営の時期、
それに、第四は神仏分離政策が実行され、今日に至る明治維新以降の時期であろう。


古来日本人は、山や川、樹木等自然界のあらゆるものに神の存在を感じ八百万の神として敬ってきた。

6世紀の中ごろに仏教が伝来すると其れを同化・共存させて「神仏習合」という形態を造りだし、また7世紀ごろより山は畏怖や恭敬(きょうけい;つつしみうやまうこと)の対象だけではなく、山頂へ達することが仏の加護を受け霊力を授かるととして、山伏たちによって多くの山が開山されてゆくのである。


日光の歴史 「日光の古代





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世界遺産 日光大紀行(46)日光の歴史 「日光慨史」

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 世界遺産 日光大紀行(46)日光の歴史 「日光慨史」 




日光の歴史

旧日光市内の日光は、世界遺産の人工美の名所と日本の自然を凝縮したような自然美の極味(きわみ)のような景観は、国内はもとより、諸外国にもその名を知られている。

段階的に形成された山岳地形の中には滝あり、湖沼ありと、湿原ありと千変万化、四季折々の美しさは他所に例をみない。



日光を開山した勝道上人は、秀麗な山容に神仏を感じ、仏徒は険しい山岳に修行の道を求め、堂社を建立した。
即ち、日光の歴史は、自然環境を巧みに利用し、調和させて発展したと言っても過言ではない。
東照宮や大猷院の伽藍、二荒山神社や滝尾の社殿は老杉と調和し、地形は神秘性をかもしだしている。
 



古代から近代まで、恵まれたこの地に多くの人々の歴史の足跡を残し、栄枯盛衰のくりかえしは我々に何かを語りつごうとしている。

日光を訪ねるとき、通り一遍の観光で終るのではなく、自然を愛でながら、先人の足跡を訪ね、そこに現代では忘れられてしまった庶民信仰や暮らしの証しが発見できること必定である。



八世紀末(奈良から平安期)の勝道上人による日光開山以後、山岳信仰の聖地として尊拝されてきた日光は、17世紀はじめに徳川家康公の霊廟である東照宮が建立された後は、隣町の旧今市市をはじめ、日光街道・例幣使街道・会津西街道の結節点の宿場町として栄え、そして、旧日光市は二社一寺の門前町として発展してきた。



先にも記したが、旧藤原町では、17世紀末に鬼怒川温泉が、18世紀初頭には川治温泉が発見され、日本有数の温泉保養地としても発展するようになる。

また、同じ勝道上人によって開山された旧足尾町も、庚申講信仰の総本山として多くの信仰を集めてきた。
その御利益もあってか、17世紀初頭に銅鉱脈が発見され、その後は日本を代表する銅山として栄え、日本の近代化に大きな功績を残した。


それに、旧栗山村は、平家の落人により集落が築かれたともいわれ、平家杉や平家塚などの史跡が残されているほか、湯西川や奥鬼怒温泉郷をはじめとする温泉保養地としても栄えてきた。


次回、日光の歴史 「太古の日光





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世界遺産 日光大紀行(45)川治温泉 「龍王峡・2」

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 世界遺産 日光大紀行(45)川治温泉 「龍王峡・2」 





龍王峡自然研究路



ウォーキングのお好みの方は、鬼怒川温泉と川治温泉のほぼ中間にある龍王峡自然研究路が整備されていて、岩と渓流が作り出すダイナミックな景観を眺めながら歩くハイキングコースである。

先ず、上流の「むささび橋」で折り返す3kmの所要1時間30分のコース、更にその先、川治温泉へ抜ける6km・所要3時間のコースなど4つが整備されている。
付近には、物産店や食堂もあるので、ここを拠点にお好きな距離だけ歩いて折り返すこともできる。

それらの景観を堪能できることから、全国観光地百選渓谷の部・第5位に輝いた奇勝景勝の地でもある。


またこの他にも、鬼怒川・川治温泉郷には会津西街道コース、歴史探訪コースなど、自然や歴史を満喫できるハイキングコースがある。

道祖神に興味のある方は、約1時間半で温泉街を回れる「道祖神めぐりスタンプラリー」というのもあり、紅葉を楽しみながらラリーと散策を兼ねたのもオススメだとか。

以外と知られていないのが、鬼怒川・川治温泉郷の桜で、時期になると温泉郷中にたくさんの桜が咲き誇る。
温泉街を花見気分で散策すれば、身体いっぱいに春を感じることもできる。


尚、1980年、川治プリンスホテル火災が発生し死者45人、負傷者22人を出している。




次回、日光の歴史





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世界遺産 日光大紀行(43)川治地区  「川治温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(43)川治地区  「川治温泉」 







川治温泉街と露天風呂






川治温泉は、鬼怒川温泉の約10km上流に位置する温泉地である。
鬼怒川と男鹿川が合流する地点に湧く温泉で、山あいの閑静な環境であり、しっとりとた風情が漂い、ひなびた温泉の雰囲気が残されて情緒深い。


徳川時代、長雨による五十里湖の決壊による大洪水の後、村人が川底から湧く温泉を発見したのが川治温泉の開湯と伝えられている。
そして、この地を通っていた会津へ至る会津西街道の宿場町として、また湯治場として栄えた。

川岸の露天岩風呂が名物であり、渓流沿いの四季折々の景観を眺めながらの入浴はまた格別である。 
渓流沿いに遊歩道が整備され、自然の中の散策も出来る。


川治温泉の名の由来は、その昔この温泉場には本街道(現在の会津西街道)とは別に川に沿った道があったといわれ、その道が「川路」と呼ばれていたことから、後に川治といわれて現在に伝わったといいう。

男鹿川沿いに約10軒ほどの旅館やホテルが立ち並び、川沿いには「岩風呂」の愛称がある共同浴場(露天風呂)である「薬師の湯」が存在する。
アルカリ性単純泉
怪我に対する効能があるとされ、「傷は川治、火傷は滝(現在の鬼怒川温泉)」と称された。

面白いのは、温泉街には、女陰の形をした霊石のおなで石が祀られていて、昔から女陰の亀裂に沿って撫でながら祈願すると、子宝、縁結び、安産などに霊験があるとされている。



次回、川治温泉 「龍王峡






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tag : 川治温泉

世界遺産 日光大紀行(42)鬼怒川地区 「鬼怒川温泉・3」

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 世界遺産 日光大紀行(42)鬼怒川地区 「鬼怒川温泉・3」 




鬼怒川温泉駅と鬼怒太



鬼怒子の像と湯




鬼怒川温泉の中心街である駅前には、旅館業者が兼営するみやげ物店、食堂、売店が並ぶ。
温泉街の外れに鬼怒川温泉ロープウェイがあり、山頂駅近くに温泉神社がある。

至近に鬼怒川ライン下り、東武ワールドスクウェア、日光猿軍団、日光江戸村などのテーマパークが多数立地し、ほかにエーデルワイススキーリゾート、ゴルフ場などがある。


日光猿軍団は、テレビですっかりお馴染みで、世界で唯一のお猿の集団芸を演じているのがここ。 
モンキー校長・間中敏雄氏をはじめとする先生たちと茶目っ気たっぷりのお猿が大奮闘するステージは笑いあり、ハプニングあり、感動ありで、大人も子供も楽しめる。



日光江戸村は、江戸の街並みを広大な敷地に甦らした、歴史芸能イベントランドで、関所をくぐれば、そこには江戸時代が広がっている。

町人や侍、殿や姫、水車小屋、武家屋敷など時代考証に基づき現代を忘れさせてくれる空間がそこにはあり、お笑いから、忍者のスーパーアクションなど江戸村ならではのお芝居の数々で江戸時代の1日を満喫できる。



また、大自然が創造した渓谷美の極みとして名高い鬼怒川であるが、その鬼怒川の素晴らしさを更に満喫しようというのが、「鬼怒川ライン下り」である。
船頭の巧みな櫂(かい)さばきで、奇岩・怪石が織りなす造形の妙を味わいながらスリルたっぷりと下るさまは豪快そのものである。


更に、夏場の鬼怒川では「ラフティング」も行われていて、仲間でゴムボートに乗り、みんなで力を合わせて鬼怒川の急流を下る、大人気のウォーターアドベンチャーである。

鬼怒川を下る約6kmのコースでは、豊かな緑や川沿いに立つ絶壁の岩々をながめたり、
瀞場では鬼怒川にダイブしたりと、多種多様なところが一番の魅力であろう。




鬼怒川に新たな楽しみが出現した。
鬼怒川温泉駅で下車すると、駅前広場で鬼怒川のキャラクター・鬼怒太と鬼怒子が出迎えてくれる。 

この「鬼怒太」は栃木県の「やきものの里 益子」在住の陶芸作家・藤原郁三氏の作品で、「邪気」を払うといわれている「邪鬼」をモチーフにした陶器製であり、一寸とお茶目な子鬼の陶像が可愛い。

そして、今回新たに橋のたもとに表情の違った「鬼怒太のミニュチア像」が設置され、「五橋めぐりスタンプラリー」も実施しているという。




次回、川治地区  「川治温泉







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世界遺産 日光大紀行(41)鬼怒川地区  「鬼怒川温泉・2」






 世界遺産 日光大紀行(41)鬼怒川地区  「鬼怒川温泉・2」 
  




戦後は、特急の運行などもあり、「関東の奥座敷」として発展し、一時は東京からの観光と宴会旅行がブームとなって大繁盛を呈した。

現在はそれらのブームは去ったとはいえ、年間300万人余が訪れる大温泉地には変わりなく、全国でも有名な温泉街に発展したのである。


鬼怒川温泉の名の由来で、一般的に有力なのは次の4つの説と言われている。
1、 昔、毛野国(けぬのくに)に流れていた毛野川(けぬのがわ)がなまって鬼怒川となった説。
2、 昔、絹村でよく絹を洗っていたことから絹川とされ、現在に至って鬼怒川となった説。
3、 読んで字のごとく、鬼が怒るように荒々しい流れから名づけられたという説。
4、 水源が鬼怒沼であることから呼ばれるようになったという説もある。

この中でも特に信憑性が強いのが2番目の説と言われている。



温泉タウンは、鬼怒川温泉駅の南側から、鬼怒川公園駅までの間、鬼怒川沿いの両岸で、滝地区と藤原地区に数多くの有名ホテル、大型ホテル、旅館の建物が連なる。

時折、利用しているNTTの保養所・碧流荘(現、絹の渓谷 碧流)も、旧国道沿いの鬼怒川公園駅より徒歩5分のところにある。

立ち寄り風呂としては鬼怒川公園内に町営の鬼怒川公園岩風呂(入浴料は大人500円)がある。



また、ほとんどのホテル・旅館で入浴のみの利用が可能となっている。
鬼怒川温泉の泉質は弱アルカリ単純泉、お湯は無色透明で、源泉温度は34度~53度、効能は関節痛など温泉の基本的効能から、美肌効果、リウマチ、神経病等に効果があるとされる。



次回、鬼怒川地区  「鬼怒川温泉・3」






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世界遺産 日光大紀行(40)鬼怒川地区 「鬼怒川温泉」

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 世界遺産 日光大紀行(40)鬼怒川地区 「鬼怒川温泉」 






鬼怒川と鬼怒川温泉タウン





鬼怒川、川治地区

次に、栗山地区の東に隣接する地域は、旧藤原町で鬼怒川地区とも呼ばれ、その名の通り鬼怒川温泉や川治温泉などの温泉を抱える町である。

町名は「ふじわら」ではなく「ふじはら」と読む。

鬼怒川、川治といった大きな温泉地に、国道や鉄道が縦貫する開けた土地柄の地域であるが、急傾斜地が多く、起伏に富んだ狭い地形であり、面積の96%が山岳地帯でもある。


町の中央を鬼怒川、北部の三依地区には鬼怒川の支流の一つ男鹿川が流れる。
その鬼怒川温泉は、箱根や熱海と並んで「東京の奥座敷」と呼ばれ、現在でも年間200万人以上の観光客で賑わうという。


鬼怒川温泉の起源は、江戸期の元禄年間に地元の村人に発見されたのが始まりと言われている。 
ところがこの温泉は日光奉行と村人の間で所有権争いとなり、ついに日光奉行に没収されたうえ、一般の人々の入浴が制限されてしう。
従って、当初は日光の寺社領であったことから、日光詣帰りの諸大名や僧侶達のみが利用可能な温泉であった。

明治近くになって再び一般の人々が利用できるようになったが、当時はまだ規模が小さく、村の名前から「滝温泉」と呼ばれていて、それが現在のような有名な温泉街に発展できたのは、鉄道が開通したからという。

工事用に敷かれた藤原軌道をもとに、大正9年に下野軌道が開通したのが最初であった。
鬼怒川温泉と呼ぶようになったのは昭和の初期で、従来の滝温泉と藤原温泉を合わせての名称が今日までいたっている。


次回、鬼怒川地区  「鬼怒川温泉・2」





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tag : 鬼怒川温泉

世界遺産 日光大紀行(39)奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原・2」

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  世界遺産 日光大紀行(39)奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原・2」 






奥鬼怒温泉「加仁湯」


加仁湯露天



春夏があり、秋冬がある。 
大自然の輪廻は、次々と新鮮なものを演出してくれる。

特に、生物の世界においては、生きとし生きるもの全てが、輪廻の世界に殉じている。 
しかも、それ自体が自然であり、全うした生きる者が、枯れ死する瞬間こそ最も純粋な自然らしい姿のかもしれない。

枯れ死した草々も、未だ緑の水苔も、やがて次の季節の到来で、埋め尽くされるであろう。
しかし、それは来るべき時期の到来を約束するものでもある。


鬼怒沼の褐色に変色した湿原は、純な自然を我らに垣間見せているのである。


さて、神聖な山々を拝謁し、湿原に渡して有る「木道」や周辺を小一時間散策した後、下山することにした。 

勿論、彼女達も一緒で、来た道をそのまま下り、加仁湯で立ち寄り入浴して送迎バスで女夫渕温泉へ向かった。


実は、女性連は昨夜この宿へ泊り、この時、不要な荷物をこちらへ一時預けしてあり鬼怒沼へ向かったと言う。 
そして、帰宿後は入浴と送迎バスを約束してあったのである。 

更に、彼女達の好意を受けて、小生も無料で入浴し、送迎車の人となったのである。

この後、川治温泉まで同行し、ここで別れを惜しんだ。 
小生は、このまま帰路の途についたが、彼女らは、これから湯西川へ向かったのである。



次回、鬼怒川地区  「鬼怒川温泉






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世界遺産 日光大紀行(38)奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原」

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 世界遺産 日光大紀行(38)奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原」 







奥鬼怒湿原と木道 




ジグザグを繰り返すうち、遂に木道が現れ、そして大樹の陰から突然として、突如として舞台の幕が切って落とされた如く、忽然としてその正体を現した。

待望の鬼怒沼湿原の大舞台であった。

それに、世界の天井が抜けたように上空は紺碧が一色で、それが無際限に広がり、吸い込まれそうな迫力を持って迫ってきているのである。

併せて、点在する池塘(高層湿原の池)群の水面も青に染まり、枯れ行く草原をいとおしんでいるようだ。


彼の湿原植物群は、今は季節感の変わり目の時期で、来るべき白銀の到来を待ち受けているようだ。
本来なら、この地上は全てが満貫に彩られ、飾られ、華やいだ情景を造り上げていて、所謂、浮気な状態であった筈である。 

今は、それは過去のものでしかなく、全てが沈気に移り変わっているのである。 
だが、所々に新緑の水苔を見出した時、何故か、心が安らぐ。

これも、全てが自然の成せる技であろう。



次回、奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原・2




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tag : 奥鬼怒湿原」

世界遺産 日光大紀行(37)奥鬼怒山旅  「オロオソロシの滝」

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世界遺産 日光大紀行(37)奥鬼怒山旅  「オロオソロシの滝」





写真;奥鬼怒歩道案内



オロオソロシの滝




奥鬼怒湿原方面は、日光沢温泉宿の裏側よりルートが付けてあり、15分位行ったところで湯沢峠への分岐へ出た。 
この地は、彼女達が昨日通過したところで、実のところ、このまま鬼怒沼へ登る予定だったらしいが、一人の方が気分がすぐれないという事で、今日の日になったらしい。 当の本人は、本日はご機嫌らしい。
此れより先は、急勾配の山登りを暫くの間は続けなければならない。
深い森の中をしばらく進んでいくと、分岐の指導標にぶつかり、左方向は「ヒナタオソロシの滝展望台」、右方向は「鬼怒沼」と書かれている。

時々大きな岩が転がっていたりするものの、道はよく整備されていて、前方にまたまた滝の名前が書かれた指導標を見つける。
今度の滝の名前は、「オロオソロシの滝」、何れもオソロシの滝、恐ろしい滝の イメージがあるが、指導標の示す方角を眺めてみると、鬼怒川源流の渓谷(既に小規模な沢になっている)を隔てて、糸を捩った(よじった)ような滝が見事である。 
因みに、オロというのは日陰の意味で、北斜面にかかっているからとか、ヒナタオソロシ
は日向のことで、南斜面のある滝らしい。 

オロオソロシ→日陰から恐ろしい勢いで流れる滝
日向オソロシ→日向から恐ろしい勢いで流れる滝

「オソロシ」は恐ろしい・・?、かどうかは定かでない。


そして、高度を上げるに従って昨日通過した「根名草」の坊主頭がニョキッと現れ始めた。 その向こうには、白根の白く纏った三角のピークも見えははじめた。

この辺りへ来て、どうやら急峻な勾配もオサラバの様である。 だがしかし、道中はまだまだ長いのである。

黄色く変色していて、今にも葉を落とさんばかりのブナの大樹海、原生林の、根っこに邪魔されながら、喘ぎながらも着実に歩を進める。

さすがに彼女達も暫し、無言の状態で歩を進め続いていて、吐く息を背中に感じながら、何れの方も元気な様子である。


ところで、既に数刻の時が経過していて、もうソロソロ目的の地が現れるはずであるが、一向にその気配が感じられない。
妙に勿体ぶっている様にさえ思われるのであるが・・?。


次回、奥鬼怒山旅  「奥鬼怒湿原





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平成25年(2013年)、明けましてお芽出とう御座います。

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平成25年(2013年)、明けましてお芽出とう御座います。




富士山と初日の出




本年は、新たな政権やリーダー決まっていて、それによって大方の国の方向性も見えてきているようですが。

  『 年新た 更に膨らむ 赤風船、やがて・・・ 』

国の借金も本年を以って遂に大台を超えるようで(国の借金は1秒間に100万円ずつ膨らんでいる)、この赤風船が“やがて”善政によって萎むのか、はたまた、暴政によって破裂するのか・・?。

特に、我等は国から給付を戴いて生活している身分なので、何やら気になる次第ではあります。
ともあれ、善政を信じて、やっていこうではありませんか・・!。

先ずは新年に当り、読者諸君の更なるご健勝、御幸運をお祈りいたします。
本年も宜しく、お願い申し上げます。


     平成25年(癸巳年=みずのとみとし) 新年     





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