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31、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と大猷院二天門」







31、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と大猷院二天門




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二天門の篇額

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四天王の一神・持国天



仁王門をくぐると、左手に校倉造の宝庫があり、その横に家光の嫡男で四代将軍となり、この大猷院を建立した家綱のお手植えといわれるこの槇(まき)の木がある。

参道右手に位置するのが水盤舎で、唐破風をつけた切妻屋根をのせている。 柱も水盤も花崗岩造りで、天井には狩野安信によって墨絵の竜が描かれている。

この竜の絵は、天気の良い日にはその姿が水に映り、まるで水底に竜が潜んでいるかのように見えたため、「水飲みの竜」と称されていたという。

しかし現在では墨が薄くなり、はっきりとは見えなくなってしまっている。(重要文化財)



その水盤舎左側にある階段を上ると「二天門」(雷門)が現れる。

入母屋造の八脚門である二天門は、3間1戸、8脚楼門、入母屋造りで銅瓦葺き、前後の屋根に唐破風が設けらていて、門正面の左右を四天王の中の持国天と広目天が守っていることから、この名がついたという。 
日光山内最大の門でもあり、大猷院の中でも最も豪華な門で、東照宮の陽明門とはまた違った美しい門である。

徳川家光公が「東照宮の陽明門よりおとなしく」と言った通り、陽明門ほどの派手さはないが、こちらも荘厳である。


又、二天門は「雷門」とも称され、正面の二天の他、背面には風神と雷神が祀られていて、
災厄消除の護りをなしているという。

尚、正面に掲げられている(扁額ともいう)「大猷院」の額は、後水尾天皇の宸筆である。重要文化財、世界遺産に指定




次回、「大猷院の鐘楼・鼓楼」











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tag : 大猷院二天門

30、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と大猷院」






  30、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と大猷院」  



 http://www.nikko-jp.org/perfect/taiyuin/img/pic107_map.jpg
大献院概図



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写;大献院仁王門





大猷院(だいゆういん)仁王門

慈眼堂から再び延命坂を下って、今度は家光公のへ向かう。
大猷院境内に入ると、先ず、石段の上に大猷院の正門である朱塗りの「仁王門」が建っている。
この門は、8本の脚に支えられた堂々たる門で、3間1戸、8脚門、切妻造りの銅瓦葺きで、両妻流破風造、建物全体は朱色を基調として上部の構造体は黒色、金物を金、彫刻を極彩色で彩っている。

構造は東照宮の表門と似ているが、こちらはシンプルで装飾彫刻はあまり見られなく、大猷院の中では比較的落ち着いた色調であるが故、余計に威厳を感じなくもない。
左右に御馴染みの「阿(あ)」と「吽(うん)」の口の形をした、高さ 3.2メートルの仁王像(金剛力士像)が両脇を守っている。

仁王像は、左側(向かって右側・東側)には阿形像、右側(向かって左側・西側)には吽形像を安置するのが通例となっている。
だが、当初の頃は、釈尊を守護する「執金剛神」が単独で祀られていたらしく、平安以降になって山門、楼門が建つようになって「仁王門」とも呼ばれ、左右一体の金剛力士像となったとされる。

口を開けたのが阿形、口を閉じたのが吽形となり、これは「狛犬」でお馴染みであり、「阿吽の呼吸」の語源でもある。
つまり、「あ」は始め、「ん」は終わりで、密教では、「阿」を万物の根源、「吽」を一切が帰着する智徳としている。


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写;仁王門あん形像

仁王像は、中門の両脇に安置され、伽藍に侵入する仏敵を退散させるため、“びくとも動かないぞ”と、敏速に闘いに挑むことが出来るよう足を広げ、「仁王立ち」で立ちはだかり、仏敵を威嚇、退散させる。
「仁王さま」と庶民に親しまれていますだけに、仁王門(二王門)と呼ばれる寺院が多い。










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tag : 「輪王寺と大猷院」

29、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と南光坊天海」




  29、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と南光坊天海」  



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http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0924/8abcc53baff3cee89d33.jpg





輪王寺と南光坊天海

稀代の僧・天海は、僧名を南光坊天海といい、江戸時代初期に活躍した天台宗の僧であります。

徳川家康の重近として、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与し、比叡山延暦寺の再建や日光東照宮の建設、寛永寺の創建など、その業績は計り知れないと言われる。

戦国期の織田信長により比叡山が焼き打ちに合うと、次は武田信玄の招聘を受けて甲斐国に移住したとも言われるが、天海としての足跡が明らかになるのは秀吉の小田原の北条攻めの際で、この時、家康のために天海が関東に赴き、その陣内において家康に助言を行っていたことは確かだとされています。

家康公より日光山の貫主を戴き、その家康公が死去すると、天海の働きで遺骸は久能山から日光山へ遷葬、東照大権現として当地に祀られました。
その後、徳川幕府への政治的影響力の大きさから、黒衣の宰相とまで称せられます。 

その後も天海は三代将軍・家光に仕え、上野に寛永寺を創建するなど、江戸の都市計画にも関わり、陰陽道や風水に基づいた江戸鎮護の構想を練ったと言われます。

天海は108歳(・・?)という長命を全うしたらしく、その亡骸は日光山・慈眼堂に眠っていて、その後に朝廷より「慈眼大師」の号を賜ることになるのです。


面白いことに、明智光秀が逃亡して名前を変えたという、光秀と同一人物とする風評があるそうです。
(このことは、後に記載するつもりです)










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tag : 南光坊天海

28、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺慈眼堂の阿弥陀堂」





  28、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺慈眼堂の阿弥陀堂」  





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http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0922/fe122cd59cca56be078b.jpg




先ず、慈眼堂の阿弥陀堂は、慈眼堂一帯の中心になる仏堂で、丸い台座の上に阿弥陀三尊石像が祀ってありました。

又、慈眼堂・阿弥陀堂の直ぐ脇には、歴代の輪王寺宮のお墓があります。 
こちらは、宮内庁管轄のため立ち入り禁止で、門塀が閉まっております。 概ね、何処へ行ってもそうですが、宮内庁や皇室関係の廟所においては、一般者立ち入り禁止がされていて、塀を囲い門を閉ざしておりますね。 
先にも記したが、輪王寺宮とは輪王寺門跡に入所した親王など皇室関係者に与えられた宮家のことで、特に、明治維新の時、最後の輪王寺宮は輪王寺宮公現法親王、こと北白川宮能久親王が勤めていました。

この宮は、天皇家の血をひく宮家でありながら、戊辰戦争の際には旧幕府軍に付き、東北連合で勝利し、政権を取った暁には輪王寺宮を奉じ、東武天皇として即位していただき、北方政権を樹立する手筈だったらしい。 しかし、上野戦争の際に破れて会津へ逃げ、更なる敗戦で新政府軍に捕らえられ、京にて幽閉の生活を送ったという。

慈眼堂 阿弥陀堂では、ここで天海の命日に法要が行われ、その際には天海の好物である「納豆汁」が供われるそうです。 いみじくも天海の生年は定かでないが、100歳以上の長命であったことは確かなようで、その長寿は納豆のお陰だとも言われている。


阿弥陀堂の傍らに拝殿、そして経蔵が建っている。
は、一重入母屋造りといわれる建物で、前後に扉がついているのが特徴であり、墓所を守るようにたたずんでいる。
拝殿前の経蔵には、天海大僧正の集めた書籍類が収められているという。



次回、「輪王寺慈眼堂の廟塔」









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tag : 「輪王寺慈眼堂の阿弥陀堂」

27、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・慈眼堂」





 27、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・慈眼堂」 




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慈眼堂への道


http://www.city.nikko.lg.jp/bunkazai/kankou/shaji/japanese/regist-n/list/images/c09.jpg
輪王寺・慈眼堂本堂





さて、常行堂と法華堂の後は、道順からすると輪王寺大猷院へ向かうのであるが、この地域の山中に天海上人の墓所である「慈眼堂」があるので尋ねることにしよう。

こちらは本来、西参道から車で行くと・・?、二荒山神社への中間地点から西方向へ向かうことになるが、実は、常行堂と法華堂の渡廊からも直接行くことができます。

まず大猷院の入口にある受付で、拝観料を納めるとパンフレットがもらえます。
入口は、常行堂と法華堂を繋ぐ渡廊の中間にあり、柵には「関係者以外立ち入り禁止」
と書いてあが、柵を除けて入ることになります。

そこからは、苔に覆われた延命坂が山の上へと続き、坂の途中には石仏も迎えてくれる。
石仏の一つに「右衛門の泣地蔵」というのがあり、これは右衛門とは松平正綱のことで、勘定奉行として東照宮の造営の管理をしたり、日光杉並木の寄進者として名を残している人物です。
正綱が亡くなった後、日光山の僧侶が正綱を偲び、石仏を作成し祀ったところ、地蔵の顔が泣き顔になったという逸話が残っているといいます。

坂を登り切ると、少し開けた場所に色々な各種の仏堂が立っています。
何れも、天海大僧正の曰くのある墓所で、慈眼堂というその名も日光山の再興に尽した天海大僧正の大師号の「慈眼大師」からきてまする。



次回、輪王寺の慈眼堂と阿弥陀堂










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26、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・法華堂」






 26、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・法華堂」 



http://www.city.nikko.lg.jp/bunkazai/kankou/shaji/japanese/regist-n/list/images/c06.jpg


http://www.mct.gr.jp/world_h/rinnoji/images/jo_ho_watarirou.jpg
常行堂と法華堂をつなぐ渡廊


法華堂は、常行堂と渡廊で連なっている建物で、常行堂よりやや小ぶりにみえるが、よく似た建物です。 

一般に法華堂とは、法華三昧堂の略称で天台宗の法華三昧(主仏の周囲を歩く行と座禅行を中心に修行し、精神を集中させて仏の智慧を得ようとする行)の修行を行う仏堂をいいます。


現在、輪王寺の法華堂では、実際に僧坊による法華三昧が行われているかは定かでないが、
日光山では延暦寺の影響を受け、地元の高僧・慈覚大師が修行僧のために建立したのが常行堂および法華堂といわれてます。

慈覚大師・円仁は、地元・下野出身の僧であり、日光山開祖の勝道上人とは奇しくも同郷であります。 
円仁は比叡山の第三代天台座主となった人物で、中国・唐に渡り日本に仏教の修行法や密教などを取り入れた高僧の人物です。


円仁は周知のように、北の果て下北の恐山や平泉の中尊寺、出羽(山形)にある立石寺、松島の瑞巌寺等を開いたように、東日本に造詣が深く、円仁が開山したり、再興したりしたと伝わる寺は200から300にも及ぶとされています。
因みに、東京浅草の浅草寺もその一つです。


現在の輪王寺法華堂は江戸期のもので、建物は幅が3間、奥行きが4間ほどの大きさで、純唐様の建築様式であり、やはり中央の須弥壇(本尊を安置する場所、祭壇)には本尊である普賢菩薩をはじめ鬼子母神などが安置されています。
法華堂も国重要文化財、世界遺産に指定されています。

尚、常行堂と法華堂との間の渡廊(わたりろう)も、国の重要文化財、世界遺産に指定されています。


次回、輪王寺 「慈眼堂」









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tag : 日光山輪王寺法華堂

25、日光の世界遺産;二社一寺 「常行堂の摩多羅神」(Ⅱ)






 25、日光の世界遺産;二社一寺 「常行堂の摩多羅神」(Ⅱ) 





http://ecx.images-amazon.com/images/I/510ZkUILkfL.jpg?4309224946




摩多羅神の好物は「茄子」、

元より、茄子は古来より縁起物とされ、無駄花なし(花が咲いたら全て実となる)と言われ、また「一富士、二鷹、三なすび」といって、子孫繁栄を司る目出度いものに数えられています。
そして、この茄子こそ摩多羅神の大好物とされているのです。

日光山周辺の石那田(いしなだ)地区の農家では、毎年時期になると、「ナス盛」(茄子講)といって20個の茄子が、二荒山 東照宮 輪王寺(常行堂)などに奉納されている。

これは茄子講(なすびこう)と言って、江戸時代から500年も続いているという恒例の祭りでもあり、茄子を納めた農家は、返礼に二荒山 東照宮 輪王寺(常行堂)のお札を、有難く戴く事になっているといいます。




常行堂について、更なるを述べます。

因みに、古代(平安期まで)の仏堂は、一堂一室ですべてが仏の空間であり、庶民はお堂の外で参拝するのが普通でした。
中世以降(鎌倉期)になると、区分された内部空間をもつ仏堂へと変化し、即ち、一般の人が大勢仏堂に入って参拝出来る様になったのです。

こうなると、仏(仏像)は厨子(ずし;仏像・仏舎利・教典・位牌などを中に安置する仏具の一種)の中に納められ、須弥壇に置かれるようになり、僧侶の儀式空間である内陣と参拝者が入り込める外陣とに厳しく区分されるのです。 

更に、僧侶の出入りや法儀の準備のための後戸(うしろど)というのが設けられ、即ち、僧侶以外の一般の人が、お堂の中に入り込んで参拝や見学が出来る建物は、概ね、須弥壇・後戸・前戸(・・?)の、この三つの形式をもつ御堂になったのです。

この時、尊仏は後ろ向きになっているので、後戸から進入する妖怪や魔物から守るのが、摩多羅神なのです。


さて、常行堂は元和5年(1619)に建てられ、平方形の宝形造り、古来の密教(天台宗)建築を踏襲した形式を持っているといわれ、中央には4本の柱を建てその内部に須弥壇を配し、阿弥陀如来像を本尊とています。

常行堂は国重要文化財、世界遺産に指定されています。


次回、輪王寺 「法華堂」









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24、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺常行堂の摩多羅神」






24、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺常行堂の摩多羅神」





http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0921/6d65a9262357de428f58.jpg


http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/nikk06.gif

摩多羅神(まだらじん)は秘仏であり一般には見ることができないが、
掛け軸でその様子を知ることができる




常行堂の後ろ神である摩多羅神は、天台宗における一種の本尊でもあり、阿弥陀様およびその念仏の守護神ともされ、主に、常行三昧堂(常行堂)の後戸の神として知られる。 

因みに、「後戸の神」とは、仏堂の背後の入口に構える神のことで、この入口は本尊の背後にあることから、後戸から入った悪鬼を本尊から守る為の護法神とされているそうです。


摩多羅神というこの神は、日光山の尊仏の守護神とされ、又、東照宮に祭る相殿神でもあり、源頼朝の化身(化神)ともされているのです。

日光市民や周辺地域では、特別にこの摩多羅神を信仰していて、御札(おふだ)も発行され現在も尚、それらの毎年の祭礼が続いていると言います。 
無論、これは日光を守ってくださる、特別の神でもあるからで。

慈覚大師・円仁が、唐からこの摩多羅神を持帰ったという伝承があるそうです。  


ところで、東照宮の数ある彫刻の中、野菜をテーマとしたものが幾つかあります。

瓜、茄子、瓢箪やササゲ(ふつう10~30センチの長さの豆)などがありますが、そんな中、陽明門の東西廻廊には茄子の彫り物絵が描かれています。
何でも、野菜の関係は狩野派の得意とした図柄とされていて、探幽の絵にもナスや瓜を描いたものがあるという。
 
そして、この茄子こそ日光山を護る、摩多羅神の大好物とされているのです。


次回、輪王寺・常行堂の摩多羅神・Ⅱ







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23、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺の常行堂」(Ⅱ)







23、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺の常行堂」(Ⅱ)






http://mw2.google.com/mw-panoramio/photos/medium/93384793.jpg


http://img.4travel.jp/img/tcs/t/tips/pict/src/114/693/src_11469314.jpg
輪王寺の常行堂



常行堂は、阿弥陀如来を本尊とするが、信仰の対象として建てられた阿弥陀堂と異なり、常行三昧という修行を目的の仏堂で、本山である比叡山の延暦寺をはじめ、天台宗派の寺院においての修行道場のために建てられたものです。

輪王寺常行堂は、常行三昧の遶堂(にょうどう;仏法や供養を説くための会合,集会のとき、衆僧が仏像などの周囲を読経しながら、右回りに巡ること)をするためのお堂で、本尊のまわりを阿弥陀経を唱えながら歩くという、歩行修行が昔から行われてきた。

須弥壇(本尊が祭ってある祭壇)の四周は広々とした通路となっていて、常行三昧の修行者が名号を唱えながら周囲を巡ることができるような造りになっている。 
ここで90日間お経を唱え続け、巡り続ければ阿弥陀仏に会えるといわれています。

その念仏は中国の五台山から伝えられ、音節をつけて名号を唱える音楽的なものであり、極楽世界を彷彿させるものとも言われている。


常行堂の正月には「修正会」(しゅしょうえ)という儀式が行われ、国家安泰や人々の幸福のために祈祷を捧げつつ行います。
一般に修正会とは、毎年正月の始めに僧坊たちによる3日ないし7日間にわたって,国家・皇室の安泰,五穀豊穣などを祈願する法会のことで、修正月会を略して修正ともいいます。

常行堂の本尊である阿弥陀如来は平安時代の作で、宝冠(ほうかん;仏像の冠)をかぶり、孔雀座の上に座っている坐像形式になっていて、この姿の阿弥陀如来像としては大変貴重なもとされます。

又、堂内には摩多羅神(またらしん)が祭られています。 
この神は、仏様の後戸(仏殿の須弥壇の後方にある戸)から不浄なものや、鬼が侵入するのを守る神とされている。



次回、常行堂の摩多羅神








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22、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺の常行堂」 




 22、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺の常行堂」 







常行堂







大護摩堂から直ぐ北側は、東照宮社域になるが、その前に輪王寺本堂(三仏堂)界隈から表参道を横切って、西側の西参道方面へ向かうことにする。
二荒山神社を正面に見て、その大きな鳥居のすぐ左手方向には法華堂や家光の大猷院(たいゆういん)があり、山中に慈眼堂が建っていて、何れも輪王寺の寺域に当たる。

常行堂と法華堂は、大猷院の前にあり、二堂ともに渡り廊でつながっていて、別名を二つ堂ともいう。 又、源頼朝の分骨が納められていることから、頼朝堂とも称されている。

これら、二つのお堂がつながっている形式は、二つ堂または担い堂とも呼ばれ、全国でも珍しく、このような状態の建物は比叡山と輪王寺でしか見ることができないという。
 

現在の常行堂は元和5年(1619)に建てられたもので、桁行5間、梁間6間、宝形造り(ほうぎょうづくり;上から見ると正方形で、即ち、4枚の屋根がすべて三角形になる造りを特に方形造、宝形造という)、向拝1間(お堂の正面階段の上に張り出した庇・ひさしのこと)、銅瓦葺きで、古来の密教建築を受け継いだ形式を保っている。
中央には4本の柱を建て、その内部に須弥壇を配している純和風の建築様式であり、本尊の阿弥陀如来を堂の中心に安置し、そのまわりは板敷きとなっている。

常行堂は、一般的な意味で常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)ともいい、天台宗において四種三昧のうち常行三昧の行を修するために建てられた仏堂である。 
三昧(ざんまい)とは、俗に○○三昧(読書三昧)とか言って、そのことばかり熱中してすることに喩えられ、一つのことに心が専念された状態をいう。一方、仏教用語としては、僧たちの修行を意味する言語で、心を一つのものに集中させ 安定した精神状態に入る、所謂、宗教的な瞑想状態をいいます。

次回も常行堂






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21、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大護摩堂」(Ⅱ)



  21、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大護摩堂」(Ⅱ)  



http://image.mapple.net/ospot/photol/09/00/11/9001190_1780_1.jpg
大護摩堂の不動明王




五大明王とは、仏教における信仰対象であり、密教(真言、天台の宗派)特有の尊格である明王、(仏、如来の変身とされる)のうち、中心的役割を担う5名の明王を組み合わせたもので、本来は別個の尊格として起こった明王たちが、中心となる不動明王を中心にして配置されたものである。
不動明王(不動尊)は、俗に言う「お不動さん」のことで、○○不動で御馴染みである。
一般に不動尊は、現在でも地域によって不動尊信仰が盛んであり、「お不動さん」でお馴染みである。 
関東の有名どころでは「成田不動」、「高幡不動」、小生の地元に近い「大山不動」などで、少し変わったところで鎌倉の「成就院」(弘法大師開祖)などであろう。
又、中禅寺湖湖畔の中禅寺(立木観音)の五大堂は、不動明王を中心とした「五大明王」を本尊として祭っている。

不動尊は、密教(深遠で、凡夫にうかがいえない秘密の教えとも言われる)の根本尊である大日如来の化身とされ、あるいはその内証(内心の決意)を表現したものとして崇められている。
悪魔を下し、仏道に導きがたいものを畏怖せしめ、煩悩を打ちくだき、菩提心の揺るがないことから「不動」といわれる由縁である。
「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれ、アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ている。

尚、普通一般の仏像は、人々の心を打ち溶かす柔和な表情をしているが、不動明王仏は悪魔を降伏するためとして、物凄い形相、姿をしている。 
姿は目を怒らせ、右手に宝剣を持ち、左手には縄を持つ大変恐ろしい姿をしているが、それは、すべての障害を打ち砕き、おとなしく仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っていて、厳しくもやさしい慈悲に満ちているとされる。
今でも多くの仏像の造作例が多い。

序ながら、鎌倉成就院の本尊は不動明王で、縁結びにご利益があるといわれ、現在、若い女性に人気があると言う。 縁結びというと男女の関係という感じであるが、男女の関係に限らず仕事や人間関係の縁結びにもご利益があるといい、特に携帯電話の待受にするとさらに運気がアップすると言うのだが・・?。








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20、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大護摩堂」






  20、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大護摩堂」


http://ts3.mm.bing.net/th?id=HN.607994196186301821&pid=1.7


http://image.mapple.net/ospot/photol/09/00/11/9001190_1780_1.jpg
大護摩堂の不動明王





三佛堂を出るとすぐ裏手にあるのが「大護摩堂」である。

平安時代の不動明王などの仏像が祀られていて、天井絵の昇り龍も見事である。
この建物は1998年に完成した鉄筋コンクリート造りなのだが、圧倒される大きさである。 こちらは近年建築のため、世界遺産にはなっていない。 


すぐ隣に建つ朱塗りの「護法天堂」は、元和5年(1619)に建てられた日光で随一の護摩祈願所で、桁行5間、梁間3間、寄棟造り、銅瓦葺きのお堂ある。
神仏混合の名残で当初は内権現堂と称していて、須弥壇には本尊の五大明王をはじめ、七福神、十二天などの仏像や祖師像などが祀られてる。

又、天井には2年半かけて完成したとされる「大昇竜」が描かれている。
国の重要文化財、世界遺産に指定された建物であり、大護摩堂に祀られる毘沙門天・大黒天・弁財天の三天は、元は、ここに祀られていたという。

大護摩堂の前庭には建つ相輪棠とう(そうりんとう;世界遺産)は、法華経を始めたくさんの経典が納められている塔で、鋳銅製で高さは、約13メートル、江戸初期の1643年将軍・家光公の発願によって天海大僧正によって建造されたものという。


大護摩堂は、三仏堂が国家安泰の大がかりな祈祷を修すのに対し、個人の願い事をかなえるために、護摩を焚いて祈祷するところである。 
元より、護摩というのは、炉に細長く切った薪木を入れて燃やし、炉中に種々の供物を投げ入れ(護摩焚き)、火の神が煙とともに供物を天上に運び、天の恩寵にあずかろうとする素朴な信仰から生まれたものである。 火の中を清浄の場として仏を観想するものである。

大護摩堂では、祈祷が1日3回行われている。
又、毎月3日と18日(正月3日は休み、18日が日曜日の場合は翌日)に写経会が催されている。 
これには一般人の参加が可能なので、般若心経-を写して心を清めたいと思う人は、輪王寺に問い合わせてみよう。

大護摩堂の内陣には、本尊の不動明王を中心とした「五大明王」(ごだいみょうおう・平安中期作)を守るように、十二天、七福神、天海大僧正の祖師像など30尊が安置されている。
天井には、故「吉原北宰」氏(国指定彩色保存選定技術保持者)が、2年半の歳月を費やして完成された「大昇竜」(だいしょうりゅう)が描かれています。


引き続き、大護摩堂に不動尊







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19、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺三仏堂の平成の大修理」





19、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺三仏堂の平成の大修理」



http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/86/66720186/img_8?1374936353


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/86/66720186/img_10?1374936353

日光山輪王寺の本堂、平成の大修理




日光山輪王寺の本堂(三仏堂)では、平成19年度から3年計画で、部分・塗装修理をしている最中、柱や梁の表面に痕跡を残さず、部材の中心部を食い荒らす「オオナガシバンムシ」(日本語で死番虫とも書き、甲虫の仲間。基本的に枯死植物に依存する食性であり、乾燥木材を主に食べる食材性がある)という珍しい害虫による柱の破損が発見され、平成21年度より、修理方針を大幅に変更され、半解体修理という「レベル4」に変更された。

その為、平成32年度までの10年間の大修理が行われることになり、東日本最大の木造建築の三仏堂を覆い隠す「素屋根」が、先月完成した。
現在、本堂は三仏堂は平成32年度までの予定で進行中の「本堂(三仏堂)平成大修理」の第一段階として、東日本最大の木造建築である三仏堂の大伽藍を覆う「素屋根」が無事完成し、特設の「展望見学通路」(天空回廊)が4月29日(金・祝)にオープンしている。

この建物は、高さ約37m、幅約66m、奥行き約40mの鉄骨造、最上部には天井クレーンを備える近代的設備である。


工事期間中も本尊の木彫三仏座像は従来通りお参りできます。

又、地上約26m(ビルの7階に相当)には「天空回廊」(展望見学通路)があり、三仏堂の屋根頂上と同じ高さから修理現場を見学でき、更に、幅の広い現場用の鉄階段を上ると、7階(地上26メートル)には、三仏堂と周囲の風景が見学出来る、

展望見学通路が設けられていて、そして、普段見ることが出来ない、三仏堂の屋根が目の前に見れる。
更に、窓からは日光の門前町を見下ろせて、日本建築の屋根の美しさを再認識出来、ここから東西に広がる日光門前町の眺望を見渡せる「日光山の新名所」ともいえる施設です。


○オープン日  平成23年4月29日(金・祝)
○場   所  日光山輪王寺 三仏堂(日光市山内2300)
○料   金  入場には「三仏堂券」(大人400円、子供200円)が必要です。
          ※二社一寺共通拝観券では入場できません。
          ※入場希望者多数の場合は、安全のため入場を一時制限する
           ことがあります。

○交通ガイド  電 車:JR・東武日光駅から東武バスで7分「西参道」下車
              徒歩10分
        車  :日光宇都宮道路日光ICから7分


○問い合わせ  日光山輪王寺
        TEL 0288-54-0531 
    http://www.rinnoji.or.jp/








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18、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺三仏堂の諸行事」




18、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺三仏堂の諸行事」




http://www.rinnoji.or.jp/gyouji/gohan/gohan3.jpg
名物;輪王寺三仏堂の強飯式




ここで、1200余年の歴史をもつ輪王寺の行事は数多くあるが、そのなかで一般の人たちも参加できる、三仏堂における伝統行事をいくつか紹介してみよう。


越年護摩(えつねんごま)
12月31日の夜、三仏堂の前に祭壇が設けられ、修験者たちによって野天採灯大護摩(のてんさいとうおおごま)が勇壮かつ厳かに修される。


歳旦会(さいたんえ) 
除夜の鐘が響き始めてから1月1日の朝まで、三仏堂で歳旦会がおこなわれる。
この国家安泰と人々の息災を願う正月の儀式は、7日まで続けられる。


節分会(せつぶんえ)
正式には節分会追儺式(せつぶんえついなしき)といい、2月3日の節分の日に催される。輪王寺門跡を大導師として一山の僧侶が三仏堂にそろい、この席には100人を超す年男年女が裃(かみしも)-姿で参列する。


延年舞(えんねんのまい)
毎年5月17日に天下泰平、延年長寿を祈願して舞われる儀式で、三仏堂内に設けられた舞台でおこなわれる。


強飯式(ごうはんしき)
テレビなどでも御馴染みである「強飯式」は、日光山輪王寺に伝わる古い儀式で、江戸時代には徳川将軍も受けたという神聖なものである。

式は、修験者の姿をした強飯僧が、3升の飯が入った山盛りのお椀を、信者から募った強飯頂戴人に差し出し、「75杯1粒残さず食べろ」と責め立てるもの。
強飯頂戴人になって儀式を受けると、無病息災、家運長久などの運を授かるといわれている。
現在では毎年4月2日に三仏堂で催されている。

その他にも、輪王寺境内内の各御堂において、其々の伝統的年中行事が行われている。



次回、日光山輪王寺の本堂、平成の大修理








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17、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・三仏堂(本堂)」






  17、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺・三仏堂(本堂)




http://www.jguide.net/resort/nikko/photo/480t_P1010309~WM.jpg
写;輪王寺三仏堂(本堂)


http://rinnoji.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2012/12/sanbutsu_honzon.jpg
写;三仏堂の三仏(中央の阿弥陀如来と、馬頭、千手の観音像)





境内で一番目立つ巨大な建物が、朱塗りの二層式入母屋風の造りである、輪王寺本堂の「三佛堂」である。
重要文化財に指定されていて、その名の通り三体の大きな木造の仏像が祀られている。

平安時代に慈覚大師・円仁が入山した時に、仁明天皇のお願いによって建てられたという、数少ない天台密教形式のお堂で、比叡山延暦寺の根本中堂を模して建立したと伝えられている。

当初は滝尾神社附近に建立されたらしいが、その後、幾度か移動を繰り返し、現在の建物は正保2年(1645)に三代将軍徳川家光が再建したものを、明治14年(1881)に二荒山神社附近から移築したもの。


日光山輪王寺の本堂でもあり、重層入母屋造りの日光山最大の伽藍である。
平安朝の初期に、慈覚大師が来山されたおりに、仁明天皇の勅願によって創建されたもので、天台密教形式の伽藍。
馬頭観音、阿弥陀仏如来、千手観音の三仏が安置されていて、坐像仏でありながら、それぞれ高さ8・5メートルの高さがあり、木造金箔の寄木造りの像である。
各仏像は、仏が神の姿で現れるという本地仏とされている。
堂内に入ると三体の仏像の真下まで行って参拝する事ができる。



元より、輪王寺には「輪王寺」という仏堂建物はない。
日光山にある、仏教に関係するお寺やお堂などの建物をまとめて、輪王寺というのであって、その中心が大本堂で、三仏堂と呼ばれている。
三仏堂という呼び名の由来は、三体の本地仏を祭っている事による。

寺伝によれば、慈覚大師円仁が入山したときに、古来の山岳信仰にもとづき、日光の三山、つまり男体山、女峰山、太郎山を神体とみて、その本地仏である千手観音(男体山)、阿弥陀如来(女峰山)、馬頭観音-(太郎山)の三仏をまつった。

現在、三仏堂で拝観できる本尊は江戸時代初期のもので、当時の優れた技法がうかがわれ、本邦屈指の木彫大座像仏といわれている。
東日本では最も大きな木造の建物で、重要文化財、世界遺産に指定されている。


次回、本堂の諸行事








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tag : 「輪王寺・三仏堂(本堂)

16、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺宝物殿」






  16、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺宝物殿」





http://img.travel.yahoo.co.jp/domestic/tif/kimg/la/jtba1201870a.jpg
宝物殿





逍遙園の隣にあるのが巨大な殿堂・宝物殿である。
創建当時からの宝物、国宝などが多数展示されている。(現在は特別公開の「家光公秘像」も展示中) 因みに、「逍遙園」と「宝物殿」は共通拝観券での拝観は不可、別料金(大人300円)が必要となる。

「輪王寺 宝物殿」は、1230年を越える日光山の歴史を物語る歴史的・美術的価値の高い資料(以下、什宝)を保存・研究するところでもあり、昭和57年落成している。
主に奈良時代~江戸時代の美術工芸品などを展示していて、展示は勝道上人から始まり、徳川家関連と神と仏を一緒にしていた神仏習合などの歴史を見ることができる。
廊下からは逍遥園を眺めることができる。

現在輪王寺(りんのうじ)の所蔵する宝物には、経典、仏画、仏器などの金工品、彫刻など仏事に使用されるものの他に、宮中・徳川将軍家関係史料や来訪者からの珍しい奉納・寄進品などがある。
収蔵庫の内容物には、国宝1件・59点、重要文化財51件・1618点、重要美術品4件・7点を含め、日光山1240年余りの歴史を物語る約3万点の什宝を収蔵、常時50点ほどを拝観室に展示している。
又、平成15年11月13日より、德川記念財団の特別協力館として、宗家に伝来する初代家康公以来の貴重な宝物の常設展示も併せて行っている。

特に、承応3年(1654)、天海大僧正の後継者として皇族より親王(皇子・輪王寺宮)を迎え、以後、江戸時代を通して歴代法親王が着任する門跡(もんぜき)寺院とったことから、歴代法親王の調度品等も当寺に伝えられている。

開山から現在に至るまでに当山残された数々の遺品、その美しさは数百年経った今も衰えておらず、現在まで大切に保管されてきて、当時の人々の至高を凝らした技・伝統工芸の数々を観察することが出来る。


日光は、古くから栄えていた山岳宗教の霊地であり、勝道上人の開山以来、朝廷から門跡を迎え、さらに徳川家康・家光公も祭られている多彩な地域であり、国宝1件、重要文化財48件を含み、貴重な典籍を集めた天海蔵、日記類を多く含む日光文庫も収蔵されている。

又、宝物類は、神仏習合に関するもの、輪王寺宮ならびに徳川将軍家に関するものなどが中心で、各時代ならではの品が鑑賞できる。
仏具や経典も豊富で、歴史的に価値の高い古文書も多い。
数多い密教の曼茶羅のなかには、西洋占星術で使われる黄道12星座が描かれている「北斗曼茶羅」という貴重なものもある。
 
展示室は、左に古いものを配置されていて、神も仏も一体だった神仏習合の日光に関するもの、日光の開祖・勝道上人の持ち物から始まり、次第に現代に近づいていく。
入り口から順番に見ていけば、歴史の流れを追えるようになっている。


次回、輪王寺本堂








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15、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺逍遙園」





15、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺逍遙園」




http://nikkotoshogu.com/html/rinnouji/file/shoyoen4.gif


http://www.rinnoji.or.jp/keidai/homotu/koyo/071107.jpg
逍遙園




 
日光開祖の寺院で、天台宗の門跡寺院としても有名な輪王寺の境内に入るとすぐに「逍遙園」が迎えてくれる。
京風池泉回遊式(池を中心として、その周りを歩いて楽しめる形式)という形の日本庭園で、面積はおよそ3,200平方メートル(970坪)という広大さであり、庭園全体の造りは、南西部を築山として、南方の鳴虫山と西方の男体山、北方の女峰山(・赤薙山などの山々を借景(庭園外の遠山や樹木をその庭のものであるかのように利用してあること)として池を琵琶湖に見たてて近江八景を模したといわれる名庭園だそうである。
尚、近江八景を模した理由は、朝廷から門跡として迎えられた宮様が故郷を偲んで寂しがられないようにするためと言われている。

日光の自然の紅葉は言うに及ばずであろうが、こちらは人工の紅葉の名所として有名で、日光全山の各種の紅葉のコレクションを一園に集めたとも言える程の見事さといわれる。
佐藤一斉(江戸後期の美濃国出身の著名な儒学者)の著した「逍遥園記」から引用すると、『 園内には琵琶湖の近江八景を模した大池があり水清くたたえ、その水面に空の雲と囲りの木立が映し出される様、ならびに夕月が東から上って池の嶋の付近の樹木を照し出して、水面にうつし出される様は格別。嶋にかかる石の小橋を渡りつつ観賞されるあたりのたたずまいは、別天地に参ったような感慨を深める。 』と記されている。


なこの「逍遥園」は、1200年の歴史を持つ輪王寺門跡の庭園として江戸時代初期に作庭されたもので、一説には小堀遠州(こぼりえんしゅう;、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、茶人、建築家、作庭家)の作といわれ、その完成を見たのは寛永年間とされる。
その後たびたび改修が繰り返され、江戸時代全般にわたる変化が見られる興味深い名園であるとされる。

 今は僅かに、中の島と滝の石組付近とに江戸初期の面影を残しているが、江戸後期には大改造されて面目を一新、さらに明治時代に一部改作され、ほぼ現在の景勝となったものとされている。
明治期、明治天皇の東北御巡幸の際には木戸孝允らを随え、この逍遥園に在った「輪王寺本坊」に三泊されたといい、世界遺産の二社一寺をはじめ、奥日光の中禅寺方面まで御巡視されたという。
この巡行の折はちょうど神仏分離の混乱の時で、天皇が「旧観を失うなかれ」という有名な言葉を発し、相当数の堂宇、仏像彫刻、その他の仏具が難を逃れたと言われる。 


次回、日光、 「輪王寺・宝物殿」







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14、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と黒門」







 14、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と黒門」 






http://rinnoji.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2012/12/rinnoji001.jpg



http://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_883/tokutarou/E8BCAAE78E8BE5AFBAEFBC99.jpg
輪王寺黒門




勝道上人像を過ぎ、境内を回り込むように表参道を進むと右側に「黒門」が現れる。
右に、巨大な石塔で「日光山輪王寺」と、大寺院の名称が刻してある。
この黒門は1871年(明治4年)、本坊が焼失した際に唯一焼失を免れた建物で、ここからが「日光山輪王寺」の広大な境内に入ることになる。
ここで、世界遺産の二社一寺に入場するための共通拝観券を何がしかの拝観料を購入して、拝観見学となる。



輪王寺黒門は、案内板によると「 日光山輪王寺の表門、通称、黒門。 皇族を門主と仰ぐ門跡寺の格式を示す門。 江戸時代のはじめ、家康公を日光にまつった天海大僧正が創建。やがて後水尾天皇皇子の守澄法親王宮が入山ののち、本坊の表御門となる。 明治4年、本坊が焼失したとき、唯一焼け残った建物である。」とある。
黒門は三間一戸潜り戸付き薬医門で切妻、銅瓦葺き、国指定重要文化財に指定されています。

つまり、皇族を門主と仰ぐ門跡寺(もんぜきじ)の格式を示す門である。
門跡とは、平安時代以後、皇族や貴族の方々が僧侶となって住職(出家して居住を兼ねる)を務める特定の寺院であり、または、住職自身を指している。
室町時代になると、寺格としての「門跡」が確立し、室町幕府には、門跡寺院に関する政務を執る門跡奉行が置かれた。 さらに江戸幕府では、宮門跡・摂家門跡・清華門跡・公方門跡(武家門跡)・准門跡(脇門跡)などに区分して制度化したもの。

黒門は、江戸時代のはじめ家康公を日光に祀った天海大僧正が創建したとされ、やがて後水尾天皇(ごみずのおてんのう)皇子の守澄法親王宮(しゅちょうほうしんのうのみや)が入山して住職となった後、本坊の表御門となったもの。
明治4年本坊が焼失したとき、唯一焼け残った建物だそうで、重要文化財の一つである。


次回、 「輪王寺逍遙園」









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13、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と四本竜寺」







  13、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺と四本竜寺」 



http://art33.photozou.jp/pub/216/242216/photo/57667030.jpg


http://art33.photozou.jp/pub/216/242216/photo/57666982.jpg
四本竜寺



現在の四本竜寺は、国道の日光橋の正面、輪王寺境内の右手に「四本竜寺観音堂」として、お堂と三重塔が現存する。

勝道上人が大谷川を渡り庵を結んだ所で、(実際は此処より少し西南に行ったところとされる) そこで上人が礼拝をしていると この地あたりより紫色の煙が立ち上り、二荒山(男体山)のたなびくのを見たという。

そこにあったのが紫雲石(霊石;紫色の雲がたつのを見たという伝説を持つ石で、実際に京にある)であり、この地は霊山に違いないと悟り、紫雲立寺を建立する。
そしてここが四神嶺ともいい、天を司る四っの宿星が守護する霊地として、四本龍寺と名を改める。
本尊に千手観音、脇尊に不動明王、五大尊、勝道上人を奉安する。明治7年金剛童子像を合祀したために金剛堂とも呼ばれる。 
以後、日光の中心地となっていたが、平安後期から江戸初期にかけて四度の火災に見舞われ消失している。 現存するものは消失後に建立されたもの。



http://art29.photozou.jp/pub/216/242216/photo/57665398.jpg
三重塔



四本龍寺に隣接する三重塔も、観音堂と同じく大同2年(807)の創建になるという。
今の塔は源実朝の供養のために仁治2年、24世座主・弁覚が今の東照宮境内に建てたものといわれる。
明徳2年(1391)の延焼以後断絶してしまっていたが、寛永の日光大造営(寛永11年~13年)(1634~1636)の折、この地に移して建てた。
貞享の延焼(1684)で焼失したが翌年もとの形のままに復元したと言う。

5.64m四方の三層塔 三手組二重棰総紅殻塗り 初層の蛙股に極彩色を施した十二支の彫刻を配している。  現存のものは、2007年に大修理が完成したもの。
観音堂と三重塔は、国指定重要文化財 世界遺産に指定されている。








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12、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山内のシンボル神橋」







  12、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山内のシンボル神橋」 



http://220.221.228.170/record/current.jpg?rand=981581


http://www2.odn.ne.jp/~cbb90540/nikko/13.jpg
日光山内・神橋






東武日光駅を降りると正面にバス停がある。
ここから二社一寺へは、ほぼ直線で1・5km、真直ぐ歩けば徒歩で20~25分、バスでも5分程度。 若干の上り坂と言う事と山内を沢山歩く事を考えても、ここは市内の様子や雰囲気を見物しながら、ジックリと歩いてゆきたい。
二社一寺へ訪れるには、とにかく真直ぐに行くと大谷川に架かる洒落た「日光橋」を渡る。バス停だと「西参道」で降りる事になる。
ここは既に日光山の入口にあたり、直ぐ左に赤い弧橋の「神橋」が見えている。
「神橋」の読み方は「しんきょう」である。


聖地日光の表玄関を飾るにふさわしい朱塗に映える美しい神橋は、聖都・日光の象徴的建造物である。
幅6メートル、長さ27メートル、高さ(水面より)10.6メートルあり、高欄には親柱10本を建て、それぞれに擬宝珠(伝統的な建築物の装飾)が飾られ、橋板の裏は黒漆塗で、その他は朱に塗られている。
奈良時代の末に、神秘的な伝承によって架けられたこの橋は神聖な橋として尊ばれてきたが、寛永13年に現在のような神橋に造り替えられてから、もっぱら神事、将軍社参、勅使、幣帛供進使などが参向のときのみ使用され、一般の通行は下流に仮橋(日光橋)を架けて通行することとしたという。

この橋は「山管蛇橋」という別名もある。
これは、この地に勝道上人が二荒山(男体山)で修行をするために訪れた時に、大谷川の急流に行く手を阻まれ、神仏に加護を祈ると「深沙大王」が現れ、赤青2匹の蛇で両岸をつなぎ、その背に山管を生やし勝道上人を対岸に渡したという。
勝道上人は、お礼の意味をこめて、後に深沙大王のお堂を建ててお祀りしました。


深沙大将(じんじゃだいしょう)は、仏教の守護神の一人で、大般若経の十六善神とともに描かれることが多く、深沙神、深沙大王とも呼ばれる。
玄奘三蔵がインドへ経典を求めて行く途中、砂の中から現れ、玄奘を守護した神と伝えられる。

深沙大王を祀る深沙大王堂が、直ぐ向かいの山内、太郎杉の隣にある。
お堂に扇の要をはずして願い事をすると願いが叶うといわれ、特に花柳界の信仰が厚く、小雨の中、蛇の目傘をさして朱塗りの神橋の近くを歩く芸妓衆の姿は、とても絵になる風景だったそうである。
又、東京調布の深大寺は、「深沙大王」を祀る寺院として有名である。

神橋は、昭和57年男体山頂鎮座1200年祭斎行に際し、昭和48年よりその奉賛を目的として、広く一般に公開され、平成9年より大修理が行われた。 
山間の峡谷に用いられた「はね橋」の形式としては我国唯一の古橋であり、日本三大奇橋(山口県錦帯橋、山梨県猿橋)の1つに数えられている。
日光山の世界遺産登録時に、同時に指定されている。



次回、 「日光山・輪王寺」






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tag : 日光山輪王寺

11、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺へ日光駅から」




 11、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺へ日光駅から」



http://digitalphotochannel.up.seesaa.net/image/DSC_1559_01-thumbnail2.JPG
JR日光駅

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/a4/159b50ad4147f9aa3efb93ef0ee589a3.jpg





さて、世界遺産巡りは先ず、JR日光駅から参ろう。
JRの日光駅は、駅そのものが世界遺産を迎えてくれる為のように、瀟洒な駅構えなのである。

明治23年開業後、大正元年(1912年)に、現在の2階建てに改築された当時のままの貴重な駅舎なのである。

現役で使用されている駅舎の中では、日本で2番目に古いと言われていて、この駅舎の設計者は、外国人の設計者で設計者不詳だが、旧帝国ホテルで有名なフランク・ロイド・ライトの作とも言われている。
明治のロマネスクの薫りを残す名建築で、「関東の駅百選」にも選定された。

日光駅は1890(明治23)年8月1日に開業したとされ、1912(大正元)年に営業を始めた現在の駅舎は2代目で、大正天皇が田母沢御用邸を静養に訪れたときに利用した貴賓室のほか、2階には1等客車の乗客だけが利用できた待合室が残っている。

漆喰作りの天井やシャンデリアなど、大正時代のロマン・高級保養地の玄関口としての名残を今にとどめている



次回、「日光山内のシンボル神橋」







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10、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と輪王寺宮」






   10、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と輪王寺宮」



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/dd/NikkoRinnoji5390.jpg/800px-NikkoRinnoji5390.jpg
輪王寺本堂(三仏堂)


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/6/61/Rinnoji_taiyuinbyo.jpg
輪王寺 大猷院廟唐門(家光朝廟)



日光山と輪王寺宮について、

日光山輪王寺は、室町時代には所領十八万石、500におよぶ僧坊が建ちならび、その隆盛を極める。
しかし、その後の天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐の際、北条氏の支配下にあった寺領は全てを没収され、一時衰退した。
しかし、近世に入って、天台宗の高僧・天海が貫主(住職)となってから復興が進んだ。

元和3年(1617年)には徳川家康の霊を神として祀る東照宮が設けられた(現存の東照宮社殿はこの時のものではなく、20年ほど後に建て替えられたもの)。
承応2年(1653年)には3代将軍徳川家光の霊廟である大猷院(たいゆういん)霊廟が設けられた。
東照宮と異なり仏寺式の建築群である大猷院霊廟は近代以降、輪王寺の所有となっている。

その翌年の明暦元年(1655年)には後水尾上皇の院宣により「輪王寺」の寺号が下賜され(それまでの寺号は平安時代の嵯峨天皇から下賜された「満願寺」であった)、後水尾天皇の第3皇子・守澄法親王が入寺した。
以後、輪王寺の住持は法親王(親王宣下を受けた皇族男子で出家したもの)が務めることとなり、関東に常時在住の皇族として「輪王寺門跡」あるいは「輪王寺宮」と称された。

輪王寺宮は、輪王寺と江戸上野の輪王寺及び寛永寺(徳川将軍家の菩提寺)の住持を兼ね、比叡山、日光、上野のすべてを管轄して強大な権威をもっていたとされる。東国に皇族を常駐させることで、西国で天皇家を戴いて倒幕勢力が決起した際には、関東では輪王寺宮を「天皇」として擁立し、徳川家を一方的な「朝敵」とさせない為の安全装置だったという説もある。

だが、戊辰戦争の後に明治政府によって輪王寺の称号を没収されて、明治2年(1869年)旧称の「満願寺」に戻される羽目になる。 更に、追い討ちをかけるように輪王寺宮本坊を焼失してしまう。
だが、明治15年(1883年)に栃木県の取成しによって、荒波を越えて再び、「輪王寺」を正式の寺号とすることが許されたのである。




次回、 「輪王寺;日光駅から」









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9、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と本地垂迹」





9、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と本地垂迹」




http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/birth-of-venus/20130503/20130503221025.jpg
日光山の元祖: 滝尾神社


http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/1007/33d4d7cc57cd62093236.jpg






日光山の本地垂迹について、

因みに仏教教示は、平安時代になり「最澄」、「空海」(平安二宗)らの出現によって、奈良時代(南都六宗)の官寺から、一般大衆の信仰対象となって宗派が出来た。

その仏教宗派は、山岳信仰(自然神)や各地の神社との融合である「本地垂迹」と言う形式が出来て、神道と仏教の共存のあり方が生まれてきた。

神道が仏教に一歩、歩み寄り、仏教も神道に融和し互いに化身し、裏表一体の権化として、この形式が公家から庶民まで浸透して行った。
この事象は、平安期から江戸末期まで延々と続くことになる。



だが、世は近代に移る時の明治4年、今から140年余り前、日本が明治維新と言う史上例のない大変革に取り組み、近代化日本に邁進する中に「廃藩置県」と「神仏分離令(通称)」が施行発令された。

それまでの日本は仏教伝来依頼、神仏は共栄共存をしてきた。
世界の古今東西、外来宗教と既存宗教の軋轢、紛争は世の常であるが、日本人の英知言うべきか、旨く融和、融合し、神仏習合が特に大きな問題も無く、同一化できたことは世界の奇跡と言っても良い。

以来1400年余り大きな争いにもならず融和、伝統文化を形成し、歴史を刻んできた。
昔は、日本の津々浦々に神社と寺院が隣り合わせ、また道を一本隔てて立っている光景を良く見かけたものであろう。

ところが、明治維新までは神仏一体の社寺だったはずが、明治初期の神仏分離令によって、神と仏、神社と寺院は別のものとして、切り離されたのである。


現在、日本には神社が8万8千社、寺院は7万5千寺が有ると関係資料に記されている。
多分、明治以前の神仏分離がなされていなかった場合、寺院だけでも十万寺は下らなかったろうといわれる。



次回、「日光山と輪王寺宮」








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8、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と神仏習合」







8、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と神仏習合」




http://www.kirariwedding.com/contents/thumbs/gallery/bf431d76c40efa527f217aa669f44f7f.jpg
日光山輪王寺・本堂
(日光山輪王寺は日光山中にある寺院郡の総称でもあり、堂塔は広範囲に散在しています。歴史深い輪王寺での仏前結婚式も厳粛に行われます。)




神仏習合と本地垂迹

神仏習合時代の本地仏名とは、「本地垂迹」(ほんちすいじゃく)ともいわれ、仏教が興隆した時代に表れた神仏習合思想の一つであり、日本の八百万の神々は実は様々な仏が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。

「権」とは「権大納言」などと同じく「臨時の」、「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを示すとされる特別な名称である。
「垂迹」とは神仏が現れることを言い、「本地垂迹」とは日本の神は本地である仏・菩薩が衆生救済のために姿を変えて迹(アト)を垂(タ)れたものだとする神仏同体説である。
端的に云えば、日本各地に祭られている神々とは、仏教の仏たちが仮の姿で現われたものと説いている。
言い換えれば、神は実態が無いが、仏が神に代わって実態として現れたものと解釈できる。

これを神社側の視点に立って説明すれば、神々はそのままでは俗世に姿を現すことができないので仮に仏の姿に変えて現れ、衆生の苦しみや病を癒してくれるのだという。 
こうした説は平安初期頃から流布しはじめ、中世には概ね日本人の感覚として定着していったといわれている。

日光山に祀られる神は日光権現ともいい、二荒神、二荒大神が神仏習合によって権現と呼ばれるようになったもので、日本でも有数な神域だったのである。
平安初期に始まった、この神仏習合という思想形体は、文明開化の明治期、時の明治政府によって厳しく指摘され、習合している神仏を切り離す、所謂、「神仏分離」政策が施行されるに到った。 これまで神仏習合の時代は、実に1000年以上も続いたのである。



次回、「日光山と本地垂迹」



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7、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と三所権現」






  7、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と三所権現」




http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/f2/10f7d4adfcf100f79449dd14c8983959.jpg

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-34-4b/csrjc186/folder/1006765/67/50581967/img_0?1273585783
日光三所権現の男体山と女峰山






創建以後、平安時代には真言宗宗祖の空海や天台宗の高僧・円仁(慈覚大師)らの来山が伝えられる。
円仁は嘉祥(かしょう)元年(848年)に来山し、三仏堂、常行堂、法華堂を創建したとされ、この頃から輪王寺は天台宗寺院としての歩みを始める。

鎌倉時代の日光山は幕府や関東地方の有力豪族の支援を受け隆盛した。
男体山、女峰山、太郎山の三山の神を「日光三所権現」として祀る信仰はこの頃に定着したようである。


三山、三所権現、祭神(垂迹神)、三仏(本地仏)、つまり本地垂迹の対応関係は次のとおりである。

★ 男体山(2,486メートル)=新宮権現=大己貴命(おおなむちのみこと)=千手観音
★ 女峰山(2,464メートル)=滝尾(たきのお)権現=田心姫命(たごりひめのみこと)=阿弥陀如来
★ 太郎山(2,386メートル)=本宮権現=味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)=馬頭観音


以上のように日光山では山、神、仏が一体のものとして信仰されていたのであり、輪王寺本堂(三仏堂)に3体の本尊(千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音)を安置するのは、このような信仰形態によるものである。


これは今も尚、日光山は「日光権現」あるいは「三所権現」と呼び慣わしていて、「神仏習合時代」に神々と仏が一体とした由縁で祀られている。

所謂、本地仏名も掲げてあり、上記のの観音名がそうである。



次回、「日光山と神仏習合」









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6、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と勝道上人」





  6、日光の世界遺産;二社一寺 「日光山と勝道上人」



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/5/5d/Shodo_shonin.jpg/800px-Shodo_shonin.jpg

http://www.nikko-jp.org/perfect/rinnoji/img/pic75_syoudoujyounin.jpg



勝道上人は、大谷川の対岸に聖地と定め、千手観音を安置する一寺を建てた。
その地は紫の雲たなびく土地であったので、先ず、「紫雲立寺」(しうんりゅうじ)と言ったが、後に「四本龍寺」(しほんりゅうじ)と改めたという。

現在の輪王寺の本堂(三仏堂)は、大谷川からかなり離れた土地にあるが、「四本龍寺」の旧地にも観音堂など、若干の堂塔が建っている。

上人は、直後に四本龍寺に隣接する土地に男体山(二荒山)の神を祀った。 
これが、二荒山神社の始まりである。 現在、「本宮神社」と呼ばれている社地がこれに当たる。

天応2年(782年)、勝道は日光の神体山である男体山(2,486メートル)の登頂に成功する。
観音菩薩の住処とされる補陀洛山(ふだらくさん)に因んでこの山を二荒山(ふたらさん)と名付け、後に「二荒」を音読みして「ニコウ=日光」と呼ばれるようになり、これが「日光」の地名の起こりであるという。
実際に、日光と命名したのは江戸期の天海上人とされていて、日光は天孫光臨の地・日向に因んだとも言われる・・?。


男体山の山頂遺跡からは、奈良時代にさかのぼる仏具など各種資料が出土しており、奈良時代から山岳信仰の聖地であったことは確かである。

延暦3年(784年)、勝道は、四本龍寺西方の男体山麓にある湖(中禅寺湖)のほとりに中禅寺を建立した。
これは、冬季の男体山遥拝所として造られたものとも言われている。

「立木観音」の通称で知られる中禅寺は現存しているが、当初は湖の北岸にあった堂宇が明治時代の山津波で押し流されたため、現在は湖の東岸に移転している。

次回、日光山と三所権現








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