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57、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神厩舎」






  57、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神厩舎」  





http://ts2.mm.bing.net/th?id=HN.608022143582408101&pid=1.7


 http://ts3.mm.bing.net/th?id=HN.608031613980312187&pid=1.7


http://pds.exblog.jp/pds/1/201303/03/32/c0150232_724452.jpg




仁王門とも言われる表門を潜ると、早速、左手に現れるのが日光東照宮でも特に有名な神厩舎(しんきゅうしゃ)といわれる建物です。

一体何が有名なのか・・?。
“厩”、つまり馬小屋であるが、ただの馬小屋と思うなかれ・・!!、この建物こそ、あの有名な「 見ざる・言わざる・聞かざる 」の三猿の彫刻がある場所なのです。

馬小屋に猿の彫刻があるのは、古くから猿は馬の病気を治すという信仰、馬の守神といわれてきたからで、古くは本物の猿を馬小屋で飼っていたとも言われています。


さて、東照宮で一番有名な欄間(らんま)に飾られている8個の神猿の彫刻は、猿が馬の健康、安全を守るという信仰にもとづき、中でも「みざる・いわざる・きかざる」が有名ですね。
その3匹の猿は、この厩舎にある「猿の彫刻」の8構図の中の2番目にあたる彫刻です。
この8構図は、列記とした物語り風になっていてチャンと意味があるのです。

順序で言うと、母子の猿や見猿・言わ猿・聞か猿、座っている猿、上を見上げる猿、下を見る猿、物思いにふける猿、結婚した猿それに妊娠した猿、と、ここでとりあえず物語は終了で、つまり猿の八態が描かれています。

最後で結婚して妊娠しますが、子供を産まれれば、また最初の彫刻に戻るわけです。
こうやって生物、動物、人生がくり返されていくんですね。 
何れも、人の一生の仕草を現しているようです。


次回、日光東照宮  「神厩舎と猿の関係」








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tag : 東照宮・神厩舎

56、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・表門の仁王像」






  56、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・表門の仁王像」  





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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/61/52985061/img_1?1245370176
東照宮・表門の仁王像とあ・んの像、







東照宮表門の仁王像は、左側(向かって右側)には阿形像、右側(向かって左側)には吽形像を安置されております。

だが、当初の頃は、釈尊を守護する執金剛神(金剛力士と同じ意味合いを持つ神とされ、2人の裸形姿であるのに対し、こちらの像は単独で祀られる場合が多い)が、立っていたが、平安以降になって山門や楼門が建つようになって仁王門とも呼ばれ、左右一体の金剛力士像となったとされています。

口を開けたのが阿形、口を閉じたのが吽形となり、これは狛犬でもお馴染みであり、「阿吽の呼吸」の語源でもある。 
つまり、「あ」は始め、「ん」は終わりであり、一般には呼吸、つまりは吐く息と吸う息ということになります。
密教では、阿を万物の源、吽を一切が帰着する徳としているようです。

仁王像は、中門の両脇に安置され、聖なる伽藍に侵入する仏敵を退散させるため、“びくとも動かないぞ”と、敏速に闘いに挑むことが出来るよう足を広げ、「仁王立ち」で立ちはだかり、仏敵を威嚇、退散させます。
「仁王さま」と庶民に親しまれていますだけに、仁王門と呼ばれる寺院が多いのです。


表門は江戸初期の寛永年間に建てられたそうで、寺院様式で朱色を基調とした各種動物の彫刻が施されています。 
側面にいる唐獅子や獏(ばく;中国から日本へ伝わった伝説の生物、人の夢を喰って生きると言われる)、通路に面した麒麟や虎など80もの豪華な彫刻が極彩色に彩られています。



次回、東照宮・神厩舎








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tag : 東照宮・表門の仁王像

55、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・表門」 





55、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・表門」  




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https://tabidachi.ana.co.jp/storage/photo/1226/97614_2.jpg





五重塔から正面に見えるのが表門であり、ここより東照宮の特別拝観料が必要な区間となります。

表門は正面左右に「阿吽」(あうん)の仁王像(身長4メートル)を安置しているので、昔は仁王門と呼ばれていたらしい。
仁王は仏教の守り神であり、明治初期の神仏分離で、この仁王像は匿すため大猷院の仁王門に移されたといいます。 それ以来、門の名称は表門と呼ばれるようになったという。 
仁王像が東照宮へ戻ってきたのは、明治の中頃のことでした。
 
仁王像は、寺門の両側にあって、伽藍群の守護のために立てられた一対の金剛力士像であり、仁王は口の開閉の形によって意味付けられています。 口を大きく開いた像を「あ形」といい、口をへの字に結んだ像を「ん形」という。

「あ」は、字母の初韻で、法界(物事)のはじめ、即ち真理の事であり、「ん」は、字母の最後で法界の終わり、即ち絶対の理智を表示すると説明されていて、つまり、阿吽の間に法界万有の一切があるという意味を持つものだといわれる。

俗に、『あうんの呼吸』と言う言葉があるが、複数で行動する時にお互いの気持ちや動作の間合いが一致するという意味に使われ、つまり、阿(あ)から吽(ん)の間にある全てのことが一致する、ということかもしれないのである。







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tag : 東照宮・表門

54、日光の世界遺産;二社一寺 「五重塔とスカイツリー」(2) 





  54、日光の世界遺産;二社一寺 「五重塔とスカイツリー」(2)  











スカイツリーの工事中、“これが地震で倒れたらどうなるんだろう”と心配するむきもあるが、その疑問を担当者は、“絶対に倒れません”と、自信を持って言ったそうです。

因みに、スカイツリーの心柱は直径8m、芯は鉄筋コンクリート製で、上層部はオイルダンパー(油の粘性を利用して衝撃や振動をやわらげる装置。自動車や航空機などに使用;車のショックアブソーバー)と言われる装置で外側と結合している。

単的にいうと、塔全体の高さは634mあるが、その中に375mの柱芯があるという。
昨年(2011年)の東北大地震の折に、丁度、この柱芯を特殊ジャッキでアップ作業の最中に起こったのでした。 

その時の状況を現場の作業員が小型カメラで撮影していてそうですが、この時、大きく揺れた作業場では何事も無かったことをTVなどで報道していました。


スカイツリーの外側と芯は、ショック吸収装置で繋いだ分離構造なので、地震が来ても揺れ方が異なり、塔全体の揺れが相殺される仕組みとされていて、地震がきて下が一方向に揺れると、上の方は芯の重さがオモリになって逆方向に動くので安定するんだそうです。

これを「心柱制振構造」と呼んでいるそうで、これは、日光東照宮・五重塔の耐震構造と全く同じ構造らしいのです。

五重塔は、国指定重要文化財、世界遺産に指定されている。



次回、 「東照宮・表門」





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tag : 五重塔とスカイツリー

52、日光の世界遺産;二社一寺 「五重塔とスカイツリー」





52、日光の世界遺産;二社一寺 「五重塔とスカイツリー」













建築方法、特に寺社建築の手法の一つに、積み上げ構造という柔軟構造の方法があり、五重塔などは正にそれであるらしいのです。

五重塔に見られるように、その揺れによって地震による力を吸収する柔構造の理論は、近年、日本はもちろん世界の超高層建築に採用されているといいます。

古代からの伝統的な木造建築である心柱建築手法(柔構造)の知恵は、現代の最先端の建築技術に生かされているといわれます。



昨年(2012年)、建築が終了してグランドオープンの運びとなった「東京スカイツリー」は、真に、この耐震システムを応用して設計されたものと言われています。

又、東照宮・五重塔の建つ場所の標高は、奇しくも東京スカイツリーとほぼ同じ高さであり、今回、日光東照宮の400年祭(2015年)の企画として、特別公開が行われることになったという。


五重塔の構造の特異性として、心柱が塔の四層から鎖や紐縄で吊り下げられており、礎石(そせき)からは浮いているといいます。 
これは経年で塔身が縮んだ際に、地上に据えた心柱が五重の屋根を突き破らないための工夫がされているそうです。 
又、地震の際にも振り子状に動いて、振動を和らげる役目をしているとも言います。(免震構造)

日光東照宮・五重塔は、塔の中心に心柱が据えらていることで、今、その優れた耐震構造が高く評価されているといいます。



次回、日光東照宮  「スカイツリーと五重塔」







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52、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・五重塔」(2) 






  52、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・五重塔」(2)  



http://www4.ocn.ne.jp/~asahi-ke/pagoda/kantou/totigi/toti01-b.jpg



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東照宮・五重塔の内部心柱





完全滅却、不完全不滅という思想とは・・?、

東照宮の各所に、建物や装飾においてワザと完成させない部分があるといいます。 

それは“完全滅却”という思想だそうで、完成された物は何れは崩れて無くなってしまう、その為、ワザと不完全にしておいて永遠の物にするという考え方です。

この五重もは、四層までは普通に真っ直ぐな和の様式をしている積み方だが、五層目だけは放射状のような異なった積み方をしているとされています。

これは、大工が間違えたんじゃなくて意図的に行われたものらしく、つまり、物事は完成してしまえば、あとは衰退・崩壊が始まるとされ、それなら“一箇所のみ異形の状態、未完であれば滅びない“という考え方からきていると言う。

だから、わざと完成させないのだそうで、実は、ここ東照宮内の造物において、この現象が各所に見られるといわれます。


序でに、木造の五重塔や多層塔は地震に強いといわれる。
江戸期の1683年9月に、日光大地震(震度6)と言われる強烈な地震に襲われているが、この時、当然ながら五重塔は建造されていたはずです。 
だが、この地震によって五重塔が壊れたとか、倒壊したという記録は無いらしいです。


近年になっても現に、神奈川唯一の五重塔(藤沢・片瀬の龍口寺)は、関東大震災の震源地(震度7)に極近い所にもかかわらず、少し歪んだだけで無事であり、浅草・浅草寺の五重塔もビクともしなかったといいます。(東京大空襲で消失) 


又、1,995年の阪神・淡路大震災でも、兵庫県とその周辺にある高塔は一つも倒れなかったといい、この度の東北大地震(2011年3月)でも、日光は勿論、近隣周辺の仏塔の高層建築物(多重塔)が破損、倒壊したという報道は一件も聞かないのです。



次回、日光東照宮 「五重塔とスカイツリー」








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51、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・五重塔」






  51、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・五重塔」  





toshogu12.jpg


http://www.nihonnotoba3.sakura.ne.jp/2011to/nikkosan525.jpg





一の鳥居を潜ると左手の杉木立の中に、スックとした五重塔が現れます。

五重塔に関する小話を一つ、
江戸見物に来た主人が付添いの小僧に、「あれが浅草寺の五重塔じゃ、立派であろう」
すると小僧が、「へー、ありゃ四重の塔に屋根が付いてんじゃござんせんか・・?」

五重塔は何処の境内で見かけても隅に置かれていて遠慮がちですが、その立ち居姿は他を圧倒していて目立ちます。

ところで東照宮の五重塔もそうですが、五重塔は普通、仏舎利を収めているところであり、仏様を祀るところなのですが、神社にどうして建っているの・・?、疑問ですね。 
そうなんです、現在の神社にある塔は殆どは明治期以前までは建てられたものであり、寺院として機能していたものなのです。 
ところが明治の神仏分離令、廃仏毀釈によって神社に組み込まれたのです。 しかし、多くは取り壊されているとも言われます。


東照宮・五重塔は朱色を基に青.緑.黄の彩色が華やかで、かつ精緻な彫刻が軒下をぐるりと飾ってあり、塔全体が工芸品の趣がある見事な装飾が飾り立てています。
特に、十二支の干支の動物をあしらった彫刻は、見ごたえが有ります

ところで、完全滅却、不完全不滅という思想が、東照宮の建て方として到るところに施されていると言い、五重塔もそのような手法が取り入れられていると言われます。
さて、どう言う事でしょうか・・?。



次回、日光東照宮  「東照宮五重塔・Ⅱ」








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tag : 東照宮・五重塔

50、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の石の鳥居」







  50、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の石の鳥居」  






http://nikkotoshogu.com/html/tosyogu/file/map6.gif
東照宮の一般的な参詣コース



http://nikkotoshogu.com/html/tosyogu/file/torii2.gif







いよいよ正面に見事な鳥居が迎えてくれる。
江戸時代に作られた石造りの鳥居としては日本最大といわれ、京都八坂神社、鎌倉八幡宮とあわせて日本三大石鳥居と呼ばれいます。

一ノ鳥居は東照宮の入り口に立つ大石鳥居で、高さは9m、柱の直径は3.6mの規模であり、黒田長政により奉納されたもの。 石材は九州から切り出され運ばれたそうである。

この工法は、15個の石材をブロックのように組合わせ、石材同士を固定するものは何もないが、江戸初期の日光山大地震(震度6と言われる)に襲われた時にも壊れなくて、僅かながら、ずれただけだったそうです。
全体の重量のバランスが巧妙に計算されて作られているという。 昔の人は凄い仕事をするもんですね。

後水尾天皇の直筆と伝えられる畳一枚分の大きさの「東照大権現」と記された扁額が掲げられていて、東照宮の拝観は、ここから始まります。


因みに、黒田 長政は戦国期から江戸前期にかけての武将・大名で、筑前福岡藩の初代藩主であります。 

豊臣秀吉の軍師参謀である黒田官兵衛孝高(如水)の長男で、九州征伐の功績で中津の大名となり、文禄・慶長の役などでも活躍し、特に関ヶ原の戦いで大きな武功を挙げたことから、筑前名島に52万3,000石を与えられ、福岡藩初代藩主になる。

あの、“酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一のこの槍を、飲み取るほどに飲むならば、これぞまことの黒田武士”
と詠われている、福岡の民謡でもお馴染みの黒田武士(節)の出所です。



次回、世界遺産・日光東照宮 「東照宮の五重塔」










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tag : 東照宮の石の鳥居

49、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の表参道」





  49、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の表参道」  










http://abe-sin.sakura.ne.jp/kesiki/totigi/tousyou1.JPG




http://abe-sin.sakura.ne.jp/kesiki/totigi/tousyou2.JPG







さて、東照宮へ参ります・・!!。

日光駅から直接行くには神橋から国道沿いを西に500mほど進み、左右に大駐車場が見える辺りが表参道に当たります。
つまり輪王寺の西側の大きな路地が表参道であり、年代物の杉並木に囲まれた砂利道の参道を上っていくと、先ず、東照宮の石碑の先に御影石で造られた一ノ鳥居という巨大な鳥居が迎えてくれます。


その前に、石鳥居までの真っ直ぐな道なのだが、これにはちょっと仕掛があるようです。
手前(南側)と奥(石鳥居側)とで、道幅が8mも違っているといいます・・?。
つまり、奥に行くほど広がっていて、細長~い台形になっているのです。

参道下から見た石鳥居は近くに感じるのだが、着いてみてふと振り返ると歩いてきた参道がやけに長く見えるのである。 これは遠近法と言われる手法の一つで、人の目や感覚を上手に利用したもので、視覚表現の分野で広く使用されているものでもある。

現地に到着して振り返ると、“オォ、思ったよりも遠くへ来たもんだ”と感じて、大いに有難味が増すという仕掛けらしく見事な演出です。


実は鎌倉八幡宮の参道で段葛といわれる大路があります。 
この参道は、遠近法によって、道は宮に近づくほど狭くなっている。 つまり、東照宮とは逆の方式になっているが、このことは、鶴岡八幡宮に向かって、近つくほどに狭くなるように見える視覚遠近法を利用したもので、こちらは軍事上において長い道と錯覚させる為とも云われます。


次回も東照宮










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tag : 東照宮の表参道

48、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の大造替」







  48、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の大造替」  





http://ts2.mm.bing.net/th?id=HN.608044447341281381&pid=1.7


http://jake.synapse-blog.jp/blog/images/2008/03/12/e3081809.jpg






国家平安の祈りをこめて、久能山・東照宮より江戸の北に位置する聖地日光に、東照宮の神霊を遷座することになります。
天海の先導で駿府(久能山)よりほぼ1ヶ月をかけて遷座が行われたが、これが現在に残る東照宮の千人行列の始まりともいわれます。


現存する建物の殆どは、寛永の大造替で建て替えられたものです。
この東照宮を作ったのは家康の参謀を務めた天台宗の大僧正・天海で、家康の遺言である
「一周忌が済んだら日光山に小堂を建立し、我が霊を勧請せよ」を守った天海は、自分を無名の僧から最高権力者の右腕にした家康への恩義に報いるために最高にして最大のスケールの御堂を建造することを決意します。
家康の死後20年経った1636年には完成させたとのことです。


秀忠没後、家光が三代将軍になるが、大恩があり尊敬する家康のため巨費を投じて大造替を実施する事になりますが、この時、旧都(京都)の仏師を始め、全国より大工方、塗師方、石工方を集め1年半で完成させます。 
この事は、専門家筋でも驚愕に値するといわれます。

使った材木が14万本、延ベ454万人が携わり、35棟を建て替え・新築した大工事は
総面積は6万5000平方m、 境内には豪華絢爛な建築物が所狭しと点在しており、各所に家康の配下の大名達が奉納したものも数多くあります。

寛永13(1636)年に、現在の東照宮が完成しています。


次回、東照宮・表参道








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tag : 東照宮の大造替

47、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の開祖」(2)






  47、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の開祖」(2)  





 http://www.toshogu.jp/keidai/images/map.jpg



http://www.tochigi-tv.jp/common/sysfile/topics/ID00000376_img3.jpg




元和2(1616)年4月17日、家康公は駿府(静岡)で75歳の生涯を閉じます。
翌年、日光に社殿が造営され、朝廷から東照大権現の神号が贈られ、遺言どおり、神として祀られたのです。
 
家康公が目指した“八州の鎮守”とは、現代風にいえば「日本全土の平和の守り神」であります。 この位置は日光は江戸からはほぼ真北にあたり、家康公は不動の北極星の位置から徳川幕府の安泰と日本の恒久平和を守ろうとしたのでした。
 
家康公が望んだ「小さな堂」は、やがて家康公を敬愛する三代将軍家光公によって、今に見るような絢爛豪華な、平和のシンボルに生まれ変わったのです。


現存する建物のほとんどは、寛永の大造替で建て替えられたものであります。

造り替えの総奉行は秋元但馬守(甲斐谷村城主; 柳沢吉保とともに幕府の中核として活躍をする。秋元家は日光東照宮の開設以来、その修復や復旧工事に携わる)、幕府に提出した収支報告書ともいわれる御造営帳によると、総工費は金56万8000両、銀100貫匁、米1000石、今の400億円に相当するといわれます。

次回、「東照宮の大造替」







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tag : 東照宮の開祖

46、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の開祖」 





  46、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の開祖」  












さて、次にいよいよ日光の華とされる日光東照宮へ参ります。

日光が彩りを添えて、華やかになるのは江戸・徳川将軍家が日光に祀られるようになってからのことです。
江戸幕府の初代将軍・徳川家康が死去すると、遺言により始めは駿府(静岡)の久能山に埋葬されるが、翌年元和3年(1617)に日光に移され改葬されているのです。
その翌年には、朝廷から東照大権現の称号と正一位を与えられ、東照社と称したが、正保2年(1645)宮号を賜り日光東照宮と改称しています。

その後、三代将軍の家光は家康に対し特別な畏敬の念があり、日光東照宮への参拝は19回にも及んだとされ、寛永年間には東照宮の大造営を行い、現在に見られるような華麗な社殿群を建立したのです。


徳川家康は戦国時代に生まれ、長い戦乱の世を生き抜いて天下統一を果たし、慶長8(1603)年に征夷大将軍に任ぜられて江戸に徳川幕府を開きます。
秀忠公に2代将軍の座を譲ってからも大御所として天下に睨みをきかしながら、自分の死後については重要な遺言を残しています。

「遺体は久能山におさめ、一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること。 そして、八州の鎮守となること」
 

次回も東照宮の開祖・Ⅱ」










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tag : 東照宮の開祖

45、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家光公」(2) 






  45、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家光公」(2)  





http://gdn2425.jp/blog/wp-content/uploads/2009/01/09010514.jpg



http://rinnoji.or.jp/keidai/homotu/past/homotu-pic/iyemitu.jpg

輪王寺大猷院と徳川家光公




 
家光は、「二世権現、二世将軍」と書いた紙を、常に守り袋の中に入れていたという。
父・秀忠の存在を欠落させている一方、自分を将軍後継者に指名した家康への崇拝の念は非常に強く、家康をまつる日光東照宮を、秀忠が造営した物を改築し、自分の色に染め上げ、現在見られる壮大なものを完成させている。
「家光」の名乗りは、かの家康の側近住職とされる「崇伝」の選定であった。

彼は、側近に恵まれた人物であった。
秀忠の頃からの重臣、土井利勝・酒井忠世の他、家光が誕生すると側近として使えた稲葉正勝(春日局の子)、知恵伊豆と言われた松平信綱、堀田正盛、阿部忠秋、阿部重次、三浦正次、太田資宗という「六人衆」をはじめ、家光の周りには切れ者が多く集まっていた。因みに、太田資宗は江戸城を最初に造った太田道灌(資長;室町時代の歌人武将で、「七重八重 花は咲けども・・・」でも有名)の子孫である。


弟・忠長に対しては事実上自害に追い込んだ家光であったが、もう一人の7歳下の弟で、父・秀忠の隠し子であった保科正之には絶大な信頼を寄せた。
家光が、鷹狩りの途中に立ち寄った保科家の菩提をつとめるお寺の住職からその話を聞き、早速対面し、よほど嬉しかったのか、正之を信州高遠3万石から、一気に山形20万石へ。さらに、正之32歳の時、会津若松23万石へランクアップさせているのである。
正之はその後、大老にまで上り詰め、幕府の中枢に参画。また、正之の会津藩は後に、会津松平家となり、激動の幕末には徳川家の側家として大きな役割を果たすことになる。

家光は慶安3年(1650年)には病気となり、政務・諸儀礼を家綱に代行させ、翌年4月に江戸城内で死去する。 享年48。 家光の死に際しては、堀田正盛や阿部重次らが殉死している。
遺骸は遺言により一旦は東叡寛永寺に移され、後に日光の輪王寺に葬られた。
同年5月には正一位・太政大臣が追贈され、法名は「大猷院」に定められた。
翌、承応元年(1653年)には「大猷院廟」が造営される。

序ながら、徳川将軍家の霊廟は、初代家康と三代家光が日光山に。
他は、四代家綱、五代綱吉、八代吉宗、十代家治、十一代家斉、十三代家定が上野・寛永寺に、更に、二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂が芝・増上寺に、十五代慶喜が谷中霊園に祀られていて、正室なども一緒に埋葬されている。
寛永寺や増上寺には、今に見られないような豪華な霊廟が建っていたらしいが、東京大空襲で殆どが焼失してしまい、一部の建物は今でも保存されている。


次回、東照宮の御堂全般を記載します。







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tag : 「輪王寺大猷院と徳川家光公」(2)

43、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家光公」






  43、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家光公」  






http://rinnoji.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/02/koukamon.jpg
本殿前のコウカ門


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b7/Iemitu.jpg/800px-Iemitu.jpg





徳川三代将軍・徳川家光公

家光は、幼名を竹千代といった。
これは家康の幼名と同じで、母は江(一般には江・ごう、小督・おごう、お江与・おえよの方とも呼ばれる)である。
お江は、2011年度放送のNHK・大河ドラマ・『江~姫たちの戦国』(第50作目)でお馴染みであり、織田信長の妹・お市の方の末娘としても有名で、即ち、信長の姪っ子当たるのである。 何より、家光は血筋としては、父の秀忠(母は家康の側室・西郷局)よりも遥かに良質なのである。

家光は、同母の弟の忠長と違い、母お江ではなく、乳母の「春日局」に育てられたことから、両親共に忠長を可愛がっていたため、後継者争いが発生し、家光の将軍継承には危険信号が付いていた。 しかし、幸いにも、家康が存命中だったため、春日局の訴えで「長序の順」から家光が後継者であると宣言してもらうことが出来た。

春日局は、御存知、大奥の御上として知られる。
家光の乳母で、「春日局」とは朝廷から賜った称号であり、家光の生母・江の死後は大奥の公務を取り仕切るようになる。
近世初期における徳川幕府を支える女性政治家として随一の存在であり、徳川政権の安定化に寄与しながら、家光の名代として上洛し朝廷にも謁見している。 その際に「従二位」という位に昇叙し、よって「二位局」とも称された。
同じ従二位の女性といえば、平安期の平時子(平清盛の妻)や鎌倉期の北条政子(源頼朝の妻)と比定する位階である。



引き続き 「猷院と徳川家光公」(2)






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tag : 大猷院と徳川家光公

43、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と時代背景」







43、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と時代背景」



http://www.nikkotoshogu.com/html/kosu/file/daiouin.gif
輪王寺大猷院慨図



http://www.geocities.jp/onriedo_gongujodo/rinnoji_taiyuin-niten011s.jpg
輪王寺大猷院の二天門





大猷院と時代背景

大猷院(たいゆういん)は,徳川三代将軍・家光公を祀る霊廟である。大黒山の地形を利用した境内は,22棟からな国宝・重要文化財の建造物で構成されている。

家光廟の「廟」とは、祖先の霊をまつったお堂のことで、「大猷院」とは、徳川3代将軍家光公が死後、後光明天皇から賜った法号、つまり、ここは徳川家光公の墓所なのである。


 
家光公は、祖父である家康公を心から深く尊敬し、慶安4(1651)年4月20日、江戸城で亡くなる間際、「死んだ後も東照大権現・家康公にお仕えする」という遺言を残した。

その遺志を受けた4代将軍家綱は酒井忠勝に命じ、承応元年(1652)2月から承応2年(1652)4月まで1年2か月という短い期間で大猷院を造営している。

大棟梁だったとされる平内大隅守応勝が腕を振るった江戸時代初期の代表的建築で、建物は本殿、相の間、拝殿が国宝となっているほか、唐門、夜叉門など重要文化財も多い。



又、家光公が、東照宮を模倣することをはばかったので、東照宮とはまったく違う趣となっており、目立たない部分に技巧が凝らされているのが特徴で、地形を利用した配置も、大猷院ならではでとされている。

東照宮の建築が白と金を基調にして、黒の縁取りをしているのに対して、大猷院は金と黒が基本で、縁取りは赤、金箔も東照宮より赤みがかったものを使用しているという。

大猷院は、東照宮の後に建てられたことから技術が飛躍的に向上していて、地味目とされているが彫刻、絵画、調度品は素晴らしいものである。

東照宮が神式であるのに対して、大猷院はすべてが仏式になっていて、そのため輪王寺に属することになっている。



明治と改元され新政府が発足すると、1000年続いた神仏習合の習慣は廃止されて、併せて神仏分離令が発布され、廃仏毀釈運動が起こり、聖地日光も当然ながら影響を受ける。

国家神道が強要され、神道にも仏教にも大きな傷を負わされる中で、明治2年、輪王寺宮も廃止され、同時に明治4年、日光山輪王寺は東照宮、輪王寺(満願寺)、二荒山神社の二社一寺に分離される。

それに伴い日光山は、神社境内からの仏堂の移転、あるいは仏像を破壊、遺棄したり多くの混乱が生じるのである。



そのような中 明治9年明治天皇東北御巡幸の際、日光御巡幸となり満願寺にご滞在の折、これらの事態を痛ましく思い「そのままに差し置け・・!」との詔令が出て、日光山は金子を賜ることになる。

特に、大猷院はすべてが仏式であったため、あわや・・!?、と思われたが、住職の必死の努力や明治天皇の“鶴の一声“で、難を逃れたのであった。


次回、 徳川家光公








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42、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家」 






  42、日光の世界遺産;二社一寺 「輪王寺大猷院と徳川家」  





http://ts1.mm.bing.net/th?id=HN.608013343175607370&pid=1.7




http://kinoie-kusano.up.seesaa.net/image/FI2616425_2E.jpg
輪王寺大猷院の本殿




大猷院の豪奢な創造物は、徳川家の権威の象徴として造られたものである。
然るに、幕府の財貨、財宝のみにあらず、各藩からの相当の出資があったことは想像に難くない。 しかし、関が原から大阪の陣が終わってから、家光将軍就任まで数年、家光死後まで30数年しか経っておらず、未だ世は武断政治であり、外様大名をはじめ諸藩も財政的に余裕は全く無かった時代であった。

しかし、家光の時代には、江戸城をはじめ幕府直轄地における御金蔵にはあったのである。
大阪城の天守の中には、豊臣秀吉の存命の頃は、金銀財宝が唸りを上げていたといわれる。
慶長3年(1598年)6月、病床にあった秀吉は、豊臣家の将来・危急の時のために、大阪城御金蔵にあった4億5千万両(現在では約200兆円)を摂津の国、多田銀山の21カ所に分けて埋蔵したと伝えられている。

徳川家康が、豊臣秀頼の財宝を消耗させる為、多くの仏閣・神社を建立・修復させたとされているが、(この中にあの釣鐘騒動の方広寺も含まれる。「君臣豊楽 国家安康」である)焼け落ちた大阪城からは、あと数回は余裕で合戦が出来るほどの金銀が出てきたと言いう。
大坂の陣の頃の豊臣家は僅か60万石程であるが、財宝は凄まじいほどで、この財宝をばらまき、浪人を集めたともいわれる。

大坂の陣の後、徳川政権になって、豊臣家から財産、財宝を押収したのは、大阪城をはじめ埋蔵された財宝、埋蔵金を、全てではないであろうが、半分に見積もっても100兆円である。
100兆円は、現在の国家予算でもあるが、当時は、徳川一藩における金額であるから、いかに巨額であったかが判る。
家光は、懐に100兆円の財産を抱え、祖父・家康のためほんの一部の軍資金(建設費用)
を日光・東照宮のために出したのであろう。 
そして、家光死後、4代家綱はほんの一部を捻出して、遺訓にしたがって日光に大猷院を建立したのかもしれないのである。









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41、日光の世界遺産;二社一寺の 「輪王寺大猷院の概説」 





  41、日光の世界遺産;二社一寺の 「輪王寺大猷院の概説」  




http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/25360000420.jpg



http://www.rinnoji.or.jp/keidai/taiyuin/yashamon.JPG
輪王寺大猷院の夜叉門




静寂に包まれた素晴らしい雰囲気の「大猷院」であった。
それにしても、豪華絢爛たる色調、彫物、そして金箔も、ここまでできるのかと思うほど職人さんの技術と美意識と意地と根性が集約されているのが伝わってくる。
現在の技術で、これらと同じものが作れるかどうかは、はなはだ疑問を生ずるが、はたしてどうなのであろうか・・?。


現代の職人も跡継ぎがいなくて、継承されるべき技術はどんどん失われているともいわれているが、ここは個人的な継承も大切ではあるが、もっと、地域に密着した技術を組織的に、広範囲的に学べる場が必要ではないであろうか。

例えば、文化庁辺りが中心となって、地域地域に専門学校を設け、職人を先生とする現地実習を大幅に実施する。 そのよな体制が是非にも必要であろう、と思われるが・・?。



ところで今、大猷院と同じ建物を建てたら、一体幾らかかるんだろうか・・?、と愚者は常に思い、考え、予想するものである。

それについて本件に関して、面白い記述があった。
『 数千億か、1兆円単位になるのか。 1兆円と軽くいうけど、1億円の1万倍だ。 1億の宝くじが1万回当たってやっと1兆円になる。 1億円以上は100億も1兆も同じと思いがちだけど、全然違う。』



仮定の話でも結構だが、因みに、日本全体の国家予算で一兆円という時代は、そう遠くない過去にあった。 

昭和30年(1955年)前後であり、その時代は日本はこの後高度経済へ向かおうとする年代でも会った。
そして、一兆円というのは、今の国家予算の100分の1程度であり、大猷院の建設諸経費が一兆円というのは、やはり高いのである。


だが・・・、  




次回、「輪王寺大猷院と徳川家」










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tag : 「輪王寺大猷院の概説」

40、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の門と透塀」







  40、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の門と透塀」  



http://blog-imgs-27.fc2.com/o/k/u/okuromieai/2008-8-4-1.jpg



http://www.pref.tochigi.lg.jp/m08/education/bunkazai/sekaiisan/images/1182843897989.jpg


http://blog-imgs-27.fc2.com/o/k/u/okuromieai/2008-8-4-7.jpg
大猷院の豪華な透塀





因みに、門(出入口部)の大きさは概ね、一間一戸の物と三間一戸の物があるといわれ、、一間の物は本柱が二本でその間が一つ、三間のものは本柱が四本でその間が三つあると言う意味です。 即ち、一間とは距離単位ではなく間(あいだ)が一つあるか三つあるかということです。 戸は扉が付いているかどうかで、一間一戸だと柱の間は一カ所に扉が付いているということです。

特に本殿へ至る唐門は、文字通り唐風の造りで江戸初期に建てられたとされ、柱や貫(ぬき:梁と床梁の間の支え板)・梁などには各種彫刻が彫り込まれ、実に美しく艶やかに装飾されているのです。
唐門は超貴重な、重要文化財 世界遺産であります。

唐門から左右に広がるのは透塀(すきべい)です。
透塀の彫り物や細工は、様々な造作美が凝らしてあり、同じ彫刻や絵柄が連続しているのではなく、特に上の部分の彫刻はすべて違っているのです。 
たかが、周囲を囲むだけのものであるが、其々の職人が一世一代の大仕事ということで渾身の力作に造り上げ、仕上げたことが実感できます。
特に、この塀には沢山の鳩が彫られていて、百態百様の群れをなしているので群鳩とも称されています。
因みに、鳩は昔から平和のためのシンボルです。 
日本では、神使として古くより親しまれてきたが、特に、中国では鳥を放つと幸運が訪れるという民間信仰があり、祭事・祝い事の際にはハトを放つ習慣があったといいます。



次回、「輪王寺大猷院の概説」









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39、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の朝廟、墓地」







39、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の朝廟、墓地」






大猷院の朝廟へ至る鋳抜門


http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0926/4b901de7949b37613a6b.jpg
宝塔


http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0926/cfa706bdbd7c5e1c0b83.jpg


http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/0926/b3d13d7aee0a67f6163e.jpg
写;家光墓所と宝塔





そして、鋳抜門の先には間口18m、奥行20mの巨大な石柵に囲まれていて、中央に高さ4mの唐銅製の「宝塔」があり、宝塔は、八角形の台座を八層重ねした上に位置し、内部には釈迦如来像と家光の霊牌が安置されているそうである。

家光公の遺骸は宝塔の下、約3mの深さに埋葬されていると推定されていて、350年の時を経て始めて見るその姿は感動ものであろう。


既に、時は過ぎ去ったが平成12年(2000年)のこの年、徳川三代将軍の徳川家光公が眠る日光山輪王寺「大猷院廟・奥の院」は、350年目の命日に当たる。 
そして、その1年前の1999年に、日光の寺社群が世界遺産に指定された年ででもあった。


又、平成12年1月からは、NHK大河ドラマ「葵・徳川三代」の放送が始まり、「日光」が世界中から大きく注目される最中でもあり、そんな中で、家光公350回忌(平成12年4月20日)を迎えることになった。

此れらを記念して、大猷院の「奥の院」は建立以来となる、350年ぶりの特別公開となったのである。
家光公は慶安4(1651)年4月20日に江戸城で逝去されたが、今年がちょうど350年の御遠忌に当ることから初公開となったのである。


世界遺産に指定された日光であるが、ここ大猷院のほぼ全域は国宝建造物、世界遺産に指定されている。



次回、 「輪王寺大猷院の概説」










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38、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の皇嘉門(こうかもん)」





  38、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の皇嘉門(こうかもん)」  





http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/004/729/84/N000/000/000/118247749981516213130.jpg



http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/03/64484103/img_6?1375111868
写;皇嘉門




皇嘉門(こうかもん)

この拝殿、本殿の右奥、所謂、大猷院の最も奥に位置する所に、肝心な家光公の墓所がある。 こちらでも、やはり門が迎えてくれる。 

階段を上がった家光公墓所の入り口に当たるのが、チョット変わった「皇嘉門」(こうかもん)である。 家光公の御廟へは、この「皇嘉門」から入ることになる。

中国、明朝の建築様式を取り入れたその形で、1層目の脚部は白漆喰で2層目の極彩色豊かな彫刻との対比が印象的である。 別名「竜宮門」と呼ばれていますが、そんな雰囲気が漂っている。


皇嘉門は承応2年(1653)に建てられたもので、この門は3代将軍徳川家光が眠る奥の院の入口にあたり普段は閉められ一般客は内部に入る事が出来ない。

門の天井には「天女の画像」が描かれ、門扉の意匠などにも格式が感じられる。
間口:ニ間一戸(・・?、3.6m)、奥行:ニ間(3.6m)

皇嘉門は国指定重要文化財に指定されています。






http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/500/10/89/46/500_10894664.jpg?1281610989
鋳抜門



鋳抜門
皇嘉門の正面向こう側にはもう一つの門があり、墓所の入りに当たる鋳抜門(いぬきもん)である。

扉に彫られた梵字は魔除けの十二天を意味しているとか、大猷院は東照宮に比べると黒を基調としたシックな雰囲気ですが、これがまた魅力的である。




次回、「大猷院の朝廟、墓地」






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tag : 「大猷院の皇嘉門(こうかもん)」

37、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の本殿」





37、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の本殿」





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大猷院の本殿




大猷院の本殿

拝殿に続く本殿の最奥部、「厨子」(ずし;仏像、舎利:遺骨の類、または経巻を安置する仏具)の中には、「家光公座像」と「御位牌」が、又その前後には、家光公の本地「釈迦如来」(非公開)が奉安されている。
この建物を「廟」(びょう;祖先の霊を祭る所)といい、墓を意味し一般の方々の正式な参拝所となる。
金・黒、赤の彩色をくまなく施された外観は、別名「金閣殿」の呼び名があるほど豪華で、江戸芸術の極みを示している。


拝殿と同時期に建立されたもので、桁行5間、梁間5間、2層入母屋で、拝殿、相之間と一体となる権現造りとなっている。
建物全体が黒漆塗りの上に金箔を貼り付けられ、彫刻を極彩色、垂木、高欄部を朱塗り、花頭窓周囲を黒に塗るなど色分けし格式と調和を図っている。
内部には三代将軍徳川家光の木像と御霊碑を安置した宮殿が設置されている。
大猷院本殿は国宝に指定されています。


拝殿、本殿の周りは四角い形で透塀(すきべい;内部が透かし彫りなどにして、透けて見える塀)という瑞垣(みずがき;神霊の宿る山・森などの周囲に木をめぐらした垣、玉垣ともいう)で覆われていて、この地域が如何に聖域であるかを示している。
取り囲む瑞垣は、本殿などを囲む屋根つきの塀で、この細工と彩色もまた凝っているのである。

透塀の彫りや細工もまた、造作美が凝られていて、同じ彫刻が連続しているのではなく、上の部分の彫刻はすべて違っているのである。 沢山の鳩が彫られていて、百間百態の群鳩と称されている。
たかが周囲を囲むだけのものであるが、其々の職人が一世一代の大仕事ということで渾身の力作に造り上げ、仕上げたことが実感できるのである。










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tag : 「大猷院の本殿」

36、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の拝殿・本殿」







  36、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の拝殿・本殿」  





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拝殿と本殿




拝殿の造りは、東照宮の「権現作り」(元は、平安時代に生れたもので、近世盛んに用いられた神社建築の様式の一つ、東照大権現をまつる久能山や日光などの東照宮に多く用いられたのでこの名がついた)をそのまま生かし、規模は小さくとも細部の技法に力を尽くした造りとなっている。

その造りは神社に近い(実は神社である)「権現造り」を中心とした神仏習合形式であるのに対し、大猷院廟は「仏殿造り」の純仏教形式となっている。

大猷院の本殿は東北(鬼門)を向いているという。 これは家光公が「死して後も朝夕東照大権現(家康公)の側でお仕え奉る」と遺言し、御廟も東照宮の方へ向けてあるからなのだといわれている。

それでは大猷院のご本尊はどちら向きかといいますと、本殿の奥壁の裏に実はもう一つ部屋が設けてあり、そこに釈迦三尊画像が後ろ向き(東南面)に掛けられている。
定式(じょうしき;決まった形)と遺言の両方に沿う妙案と言えるでしょう。



ところで、神殿(神棚)、仏堂(仏壇)は、東、南、又東南の方向にむけて建てるのが基本とされている。
仏堂の場合は、仏様が「西方浄土」におわすという慣習もあり、仏教の理想の世界、西方浄土を礼拝するために、東向きに建てたり安置するという方法である。 
つまり、礼拝者は西向きに拝むことになる。


一方、神殿の向きは、日本の場合は東向き、もしくは南向きという決まりがある。 日本の神は天照神か基本であり、太陽、日出ずる国は、日の出を拝む習慣がある。 つまり西に向かって拝むか、北に向かって拝むということになる。
これらを含めて、即ち、神、仏に関する建てかたに関する定式といわれている。


承応2年(1653)建立の拝殿は桁行8間、梁間3間、入母屋で本殿、相之間と一体となる権現造りとなっている。

正面には大きな千鳥破風あり、向拝は軒唐破風で、内部は金箔で覆われている
大羽目には唐獅子と狛犬が描かれていて、障壁画は狩野探幽と狩野安信の手によるものだそうである。
大猷院拝殿は国宝に指定されています。




次回、「大猷院の本殿」








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35、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の拝殿・相の間・本殿」






35、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の拝殿・相の間・本殿」





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拝殿・相の間・本殿

唐門を背にして内に入ると、まず広々とした拝殿前に上がることができる。
拝殿の奥を見ると、左右は壁になっていて、中央は幅の狭い部屋へと続いている。 これが相の間である。 そして、相の間を抜けると、また部屋の幅が広くなり、本尊が祭られている豪華な本殿となるわけだ。
それぞれの部屋の間には、襖や障子などの仕切りがないので、拝殿から本殿が直に見通せるようになっている。
 
家光公の命日である4月20日の大法要では、日光山輪王寺の門跡(住職)が本殿へと進み、一般の人たちは拝殿で、亡き家光公を偲ぶことができる。
拝殿は64畳の広さがあり、天井には狩野一門の合作と伝えられる140の竜が描かれている。
小さな円のなかの竜には、違った姿の竜もあるので、1つずつ見てみるのも楽しい。
又、入り口の正面には、幕府の御用絵師だった狩野探幽と、弟の永真(えいしん)の唐獅子(壁絵)も見ることができる。

唐門を含む拝殿・相の間(あいのま)・本殿は、大猷院の中心伽藍で、其々が一体の構造として構成されていて、合わせて1棟が国宝となっている。
建物全体に金箔が多用されていることから「金閣殿」とも呼ばれている。

拝殿は、桁行8間、梁間3間、入母屋造で、正面に大きな千鳥破風、向拝は軒唐破風になっていて、建物全体が黒漆塗りの上に金箔を貼付けられ、彫刻を極彩色、高欄部を朱塗り、開口部を黒に塗るなど色分けし、本殿に比べると若干色調を押さえている。
拝殿内部も悉く金箔を置いた金殿玉楼で、広さは64畳敷という広さで、中央に懸かる天涯は家光の妹(前田利常夫人)、大羽目前の蓮華の花瓶1対は紀州公、鶴亀の燭台は尾張公、釣燈籠はオランダ国王の献上によるものという。
左右大羽目の唐獅子狛犬は、狩野探幽と永真安信の描いたものであり、拝殿内部折上格天井には格子毎に140匹の竜が描かれている。
拝殿と本殿を結ぶ相の間の内部も、拝殿同様結構の極みで、中央にある香炉等の三具足は前田利常の献上になる逸品であり、本殿との境には曻龍・降龍が描かれている。


次回、「大猷院の拝殿・本殿」







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34、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の唐門(からもん)と門の概念」 






  34、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の唐門(からもん)と門の概念」  




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唐門(からもん)

夜叉門を潜り拝殿の前に到ると、大猷院の中心に位置するのが先ず「唐門である。
その名のように唐破風を持つ、一間一戸(・・?)の高さ3mと、此れまでの御門と比べても小規模な門である。
だが、その造りは目を見張るものがあり隅々まで繊細な彫刻と金、白を基調とした彩色が施されていて、その意匠装飾は大変気品が感じられるもので、金ピカの派手さでは他の門に劣らない。

唐門は、承応2年(1653)に建てられたもので、柱や貫・梁には七宝・麻の葉などの細かい地模様が彫られ、扉には上に鳳凰、下に唐草、前後の破風の下には雄雌の双鶴と白竜、木鼻には獅子が彫り込まなど余すところ無く、美しく装飾されている。
又、両側の袖塀の羽目には多くの鳩が彫られ、百間百態の群鳩とされている。




門の概念

大猷院は、入り口の「仁王門」にはじまり、家光公墓所の入り口に当たる「皇嘉門」(こうかもん)まで、意匠の異なる大小6つの門で、境内が立体的に仕切られており、門をくぐるたびに景色が転換して、あたかも天上界に昇っていくような印象を受けるとされている。

この様に、一つの境内に門の数が多いのは、直接的には理由は不勉強で定かでないが、
例えば、城郭で一定方向へ向かうのに門が多いのは、敵の侵入を防ぐ、格式によって区別する、などの種々目的があろうが、寺院の場合も基本的な考え方は同一のようで、聖域である仏様のおわす中心施設まで、仏敵や邪悪なものを遠のける為のものと想像する。

一般に、門の大きさ、規模は「尺度」をもって表していたが、門の規模を尺度に関係なく何間何戸(なんげんなんこ)で表すようになった。
中国では1枚扉が「戸」であり2枚扉が「門」であると表現しているらしく、成程と思えるのは、戸と戸の裏返った字を組み合わせると門と言う字になるからです。
ところが、我が国では1枚扉、2枚扉もしくは扉なしでもすべて門の出入り口を「戸(こ)」と言い表しており、例えば桁行(柱間)3間で出入口が1間の場合は3間1戸(こ)、桁行が5間で出入口が3間の場合は5間3戸と表している。


次回、 「大猷院の拝殿・相の間・本殿」








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33、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の夜叉門」 






  33、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の夜叉門」  




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その正面に建つのが「夜叉門」(牡丹門)である。 
二天門を潜り、続く石段を左手に曲がり見下ろすと、後にしてきた楼塔や灯籠や水屋が見渡せます。ここからの眺めは天上界からの眺めにたとえられていて、いよいよ聖域へと近づいてきたことが実感できる

ところで、日本では「夜叉」という言葉を良く目にする。
最近はやりのアニメの「犬夜叉」、映画の「夜叉」、又、夜叉神峠、夜叉が池、そして、金色夜叉など、好んで使っているようだ。
夜叉という言葉は、元々、インドのヒンズー教より発した言葉で、日本語特有に言語化したものであり、善神と悪鬼の二面性を持っていると言われる。 これは人間のもつ善悪の精神である、内面性を現したものともされている
インド神話では、森林に住むとされる神霊、人を害する鬼神の反面、財宝神としても信仰されていたらしい。
日本へ渡ってきて仏教に取り入れられてからは、仏法を護持する部衆の一神となって本仏を守っているのである。 他にも武士仲間では最大の武神、軍神として崇められ、又、財宝神としても信仰されている。


さて、夜叉門を過ぎると、いよいよ大猷院の中枢部の中心伽藍で、国宝にも指定されていいる拝殿・相の間(あいのま)・本殿の構成伽藍である。 その正面は、家光が敬愛する家康公の墓所(東照宮 奥社)の鬼門の方角を向いていて、建物全体に金箔が多用されていることから別名「金閣殿」とも呼ばれている。



次回、「大猷院の唐門(からもん)」







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32、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の鐘楼・鼓楼」






  32、日光の世界遺産;二社一寺の輪王寺 「大猷院の鐘楼・鼓楼」  




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大猷院の鐘楼と鼓楼





二天門から更に、50段程の石段を上へと登って行くと、先ず、見えてくるのが豪奢な楼塔が左右に立っている。 それぞれ右側にあるのが「鐘楼」、左側が「鼓楼」(太鼓を鳴らすことによって、時報や、 緊急事態発生の伝達などの役割を果たす)で、周辺にはずらりと並ぶ唐銅製の燈籠も並んでいて、これらは10万石以上の諸大名から寄進されたものといわれる。 石燈籠と合わせて315基にものぼる。

二つの楼は、承応2年(1653)に建てられた建物で桁行2.5間、梁間2.1間、入母屋、銅瓦葺き、下層部には袴腰(鐘楼・鼓楼の下層部分が末広がりになった部分)、上層部には高欄が廻されている。
色彩は全体的に黒を基調とし、金物を金箔、組物、彫刻を極彩色で彩る格式の高さを感じる。
大猷院の鐘楼・鼓楼は国指定重要文化財、世界遺産に指定されている。


その正面に建つのが「夜叉門」(牡丹門)である。 
二天門を潜り、続く石段を左手に曲がり見下ろすと、後にしてきた楼塔や灯籠や水屋が見渡せます。ここからの眺めは天上界からの眺めにたとえられていて、いよいよ聖域へと近づいてきたことが実感できる
正面は、霊廟への最初の入り口となる夜叉門である。
8脚門で、切妻造りで銅瓦葺き、正面には唐破風がついています切り妻造りで、正背面に軒唐破風を付けた低平な落ち着いた造りながら、鮮やかな彩色が目を引く華やかな門である。
欄間、扉の羽目板部分、壁面などに美麗な牡丹唐草彫刻が施されていることから、牡丹門とも呼ばれている。
この門は東照宮でいえば陽明門にあたり、朱と金を基調とした豪奢な造りの門であり、前後左右の格内に「四夜叉」が安置されていて、霊廟の鎮護に当たっている。



次回、 「大猷院の夜叉門」







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テーマ : 世界遺産・日光大紀行
ジャンル : 旅行

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