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81、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮神楽殿・神と人の概念」






81、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮神楽殿・神と人の概念」





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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/27/53749627/img_2?1245372035



http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/27/53749627/img_5?1245372035
妻側の彫刻




ところで、神社とは神様が祀られているところであり、概して、所謂、鎮守の森というところに囲まれた閑静な地に鎮座しています。 
又、神社では鎮祭(例、地鎮祭)という儀式もあり、諸神を鎮め固めるための祭儀であるとしている。

我々は神社に参拝するとき、いろいろ祈願をします。 
無病息災、家内安全、交通安全、五穀豊穣、安全平和、等々、裏を返せば自然界はままならぬもので、人災、天災、争い事と後を絶たないのである。 
これらを、特に日本人は神の厄災と観るのであって、古代中世の人々は、この傾向が強く、特に、神に祈るとき、希望や願望は同時に、“厄災をおこさずに、鎮まってて下さい”という意味としている。
日本人特有の自然の神々が大元となります。

だが、“神様も偶には里に降りてきて、俗界の人々と意思を通じ合いましょう”と、したのが所謂、祭礼なのです。

神社は、定期的に神を来臨、降臨させて祭る儀式、即ち、神社の祭事が行われるのです。 
その中でも重要な要素の一つは、神にお供えものを献じることであり、祭(マツリ)という言葉は、マツル(献)から出たものだともいわれている。 
神に神酒・諸食を奉ることがマツリの原義なのです。 


祭礼の日のみ、日頃鎮座している(鎮まりかえっている)神が天下に降りて、こられて俗界と交わり、俗世間を伺い、庶民は神の霊力を直接戴くのです。 
そして、その代わりに、俗界の民は捧げ物を精一杯、神に授けるのです。


次回、日光東照宮 「神楽殿とお神楽」







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80、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神楽殿」






  80、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神楽殿」  




https://tabidachi.ana.co.jp/storage/photo/7836/98514_2.jpg



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http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/e7/07/kassy1946/folder/1796569/img_1796569_53690039_5?1264429663





陽明門を潜って左の神輿舎の対の位置に、つまり右手に位置するのが神楽殿です。

東照宮の建物は、和と洋、さらに唐様(禅宗様というらしい)の折衷型が多いなかで、神楽殿の様式は数少ない純和風様式の造りなのです。

神楽殿は、寛永12年(1635)に建てられたそうで、幅、奥行きともに3間四方(1間=約1.8メートル)の入母屋造りで、内部は2室に分かれている。 
北向正面の前2間分は舞い舞台、後ろ1間分は装束の間、謂わば、準備のためのつまり楽屋になっており、背面は廻廊に接しています。

北向きが舞台の正面いなっていて、残る三方は上に大きく開く蔀戸(しとみど;格子模様の木造りに板をはったもの)という形式になっていて、周囲から舞台神楽が観客にがよく見えるようにしてあります。


春の大祭では、この舞台の上で八乙女(やおとめ)が神楽を舞います。
現在の東照宮には八乙女の職制はなく、大祭のときには二荒山神社から手伝いにきてもらうらしいです。

八乙女とは、主に神楽や舞(いわゆる巫女神楽・巫女舞)をもって奉仕する8人の巫女のことで、八社女・八少女・八乎止女とも言います。 
また、略して八女(やめ)ともいう。
ただし、人数が8人と定まったのは後世の事であり、古くは「八」の字は複数あるいは多くという意味で使われていたもので、神霊を扱う神聖な処女の意味があったとおも言われている。


次回、 日光東照宮 「神楽殿・神と人の概念」









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tag : 東照宮・神楽殿

79、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・御旅所神殿」






  79、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・御旅所神殿」  






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千人武者行列の御旅所(一種の休憩所)は、表側からですと神橋の正面のところ、世界遺産の石碑を登ってすぐの所にあります。

三神(家康公、秀吉公、頼朝卿)の興(みこし)は御旅所神殿に祀られ、神殿には山海の幸が神職の手によって供えられ、古式に従って祭事が厳かに執り行われます。

祭事が済んだ後には、日光二荒山神社の巫女による舞などが奉納され、内、外の厄災や呪い者を取り祓います。
其の後は、多くの信者の見守る中で三つの神興は還御祭といわれる、帰還の渡御行列が行われて東照宮に向かい、祭りは終了するそうです。

三神輿は、再び神興舎に安置されて、御霊(みたま)は御本社に環霊されます。


序ながら、春の例大祭において、現在の徳川家(宗家)と徳川譜代家臣の子孫が祭礼に参加すると言います。
この徳川家宗家と譜代の子孫の集まりを“柳栄会”と称して、平成23年現在で113人の仲間がいるらしく、当日には、宗家主人を中心に正装、礼服にて、二社一寺を全員で参拝し、「国家、国民の為に、国家安泰、恒久平和」を祈ることに成っているそうです。

現在の徳川家宗家は徳川恒孝(つねなり)といって、初代家康から第18代目の当主にあたり、22歳の時にその地位に就いている。 現在は、徳川記念財団初代理事長でもある。 

尚、例大祭において、宗家主人が事情で欠席の場合は、代役として徳川御三家(尾張・紀伊・水戸)が勤めることになっているといいます。



次回、日光東照宮 「神楽殿」







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tag : 東照宮・御旅所神殿

78、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・千人武者行列」






  78、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・千人武者行列」  



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東照宮神與社の神輿



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千人武者行列






日光東照宮のお祭りの中でもっとも知られているのが千人武者行列で,春季の例大祭と呼ばれる東照宮最大の神事です。
春の祭典には三基の神輿が繰り出され,武者行列に守られるように進み、鎧武者を始め,槍や鉄砲、弓などを持った武者たちなど,50種類以上で凡そ1200人が行列おする。


一方秋は秋季祭といい,春に比べて規模を縮小し、神輿は家康公の1基のみとなるようです。

ところでこの武者行列は、家康公の神霊を駿府・久能山(静岡県)から日光へ移葬した際の当時の様子を再現したもので、江戸時代には、家康の命日である4月にのみ行われていたらしく、この時は京から奉幣使(ほうへいし;朝廷から派遣された使者)も遣わされたとも言われます。


三体の神輿は、前日までに二荒山神社境内に納められ、その出発は当神社から表参道を主体に巡行が行われ、左に折れて神橋の前の御旅所(おたびしょ)に到着致します。

御旅所では、三品立(さんぼんだて)と称する神饌(しんせん;神の食事)が供えられ古来から伝わるの二つの舞が古式雅やかに奉納され、所謂、御旅所祭(おたびしょまつり)が仰々しく執り行われるそうです。



次回、日光東照宮 「御旅所神殿」







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tag : 東照宮・千人武者行列

77、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神輿舎の御輿」





  77、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神輿舎の御輿」  





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東照宮の祭礼の際には、これら神輿舎の三基の神輿が繰り出されます。
春・秋の千人行列(正式名称は神輿渡御祭)、又、千人武者行列ともいい、これらの神輿が主役なのです。 

右から、秀吉、家康、頼朝の神輿で、行列の際はこれらの神輿が中心となって、神橋近くの御旅所(おたびしょ)まで渡御されます。
50人ほどで担ぐ神輿1基の重さは凡そ800キロとされ、現在のは昭和40年代に新調された2代目だそうです。

因みに、寛永13(1636)年に製作された初代の神輿は1トン以上もあり、引退の理由は現代人には重すぎるからとされていて、当時の物は東照宮宝物館に展示してあるそうです。


神輿舎建物の内部の天井画は、“天女舞楽の図”といわれ、笛や琵琶,花を持って舞うこの天女は,日本一美人の天女といわれているそうです。

屋根の下の正面には虎の彫刻があるが、実は家康の干支は虎なのです。 
又、鶴・鳳凰・インコ・ミミズクなど,鳥の彫刻も多く彫られています。

神輿舎は寛永12年(1635)に建てられたもので、神輿が出払って、カラッポになった時に真下で手を叩くと、「鳴き竜現象」(平行した壁と壁の間を何回も音が往復して鳴る共鳴現象)が起こるという。 
これは、天女の泣き声のような,天女の囁きのような、声が聞こえるともいわれる。

神輿舎は国指定重要文化財、世界遺産に指定されている。



次回、日光東照宮  「千人武者行列」








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tag : 東照宮・神輿舎の御輿

76、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神輿舎」





  76、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神輿舎」  





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東照宮 神輿舎 天女の天井画



陽明門の装飾を観察するには、外側より内側の方からが見やすいようです。 
無論、ジックリ見るには双眼鏡などを持参するのも一つの方法でしょう。


さて、陽明門を潜って左側に見えているの建物は神輿舎といい、東照宮の神様の神輿が納められている蔵(倉)です。

中には三基の神輿が納められているが、神輿は御輿とも記し、本来はり平安期に貴族等を乗せて担いだ「輿」の尊敬語であり、一般には神輿は神様の乗り物を指します。
 
中央の三葉葵の紋が入った神輿に乗るのが 東照宮の主神である徳川家康公であり、向かって右の神輿は配神の豊臣秀吉公、左が源頼朝公の神輿とされています。


しかし、不思議なのが「源頼朝」のものはともかく、何で、敵だった豊臣秀吉のものが納められているのか、チョッと疑問もあるが・・?。
ただ、久能山東照宮の祭神には、「正一位 徳川家康公」、相殿に「正一位 豊臣秀吉公」、「正一位 織田信長公」を祀っているのです。 

尚、1868年3月、徳川幕府を倒して成立した明治政府は、家康の呪いを恐れていたともいい、そこで、家康の主君にあたる秀吉を祀り、家康の呪いを消し去ろうとしたという見方もあるそうです。



次回、日光東照宮 神輿舎の御輿」








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tag : 東照宮・神輿舎

75、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門と廻廊」






  75、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門と廻廊」  





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世界遺産の日光東照宮を巡っています。
陽明門から左右に本社殿を取り囲むように配置されているのが廻廊(神殿廊下)であり、途中から折れ曲がっているところもあります。 

気が付くと廻廊は東西対称ではなく、その端は御本殿後ろ(北側)の石垣の手前で切れていて、つまりコの字形に囲まれていて、総延長220メートルと言われてます。

回廊は、朱漆塗りの華麗な廊下で、外側には様々な彫刻が施され、天・地・水に因んだものが彫られ、彩色されていて、どれも1枚板の透かし彫り(向こう側が見渡せる)として出来あがっています。

しかし、寛永13年に造替された時は、実際は、もっと多かったそうである。
それは、当初は廻廊は北側にも在って、御本殿を一周りしてたが、ところが、正保年間の地震の時に御本殿裏の石垣が崩れかかり、北側の回廊が破壊されて撤去されたそうなのです。
 

回廊の彫刻のテーマは、霊獣・動物・花・鳥・果物など、変化に富んでますが、例えば、余り目立たないところに、家康公の干支・虎の彫刻も有ります・

いずれにしても、三次元的に繰り広げられる花鳥の彫刻は、大変見ごたえがあり、陽明門を見物した際には、ちょっと横に逸れて此方にもぜひ目を留めたいものです。
 







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tag : 陽明門と廻廊

74、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門と北極星」






  74、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門と北極星





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江戸を起点にすると日光は真北に当たる。また、日光から富士山へ線を引くと、その延長線に家康が死後最初に葬られた久能山東照宮がある。この久能山から真西へ線を引くと、家康が没した駿府や生誕地岡崎へ伸びていく。






日光東照宮の建物を代表する陽明門は、高さ11メートル以上の2層造り、奥行きが4メートル以上あります。

胡粉(ごふん:貝殻をすりつぶしてつくった白色の顔料)を塗った12本の柱には、グリ紋と呼ばれる渦巻状の地紋が彫られています。
有名な「魔除けの逆柱」は、門をくぐり終わる左側の柱で、グリ紋の向きがこの柱だけ異なっているのです。
 

因みに、これと同じ逆柱が、本社の拝殿と本殿に1本ずつあることは一般にはあまり知られていないようです。
グリ紋それ自体に、魔除けの意味があるといわれているが、“家を建てるときは瓦3枚残す”という言葉があるように、建物は完成した瞬間から崩壊が始まるのが普通なのです。

それなら1か所だけ仕様を違え、建物はまだ未完成であると見なし、建物が長持ちするよう願った、という推理も成立つのです。  



又、夜の陽明門の直上には、北極星が輝いているという。

日光東照宮は、陰陽道に強い影響を受け、本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居を中心に結んだ上空に北辰(北極星)が来るように造られているという。

北極星は、地球上から見るとほとんど動かず、北の空の星は北極星の周りを回転しているように見えています。 

謂わば、北極星を中心に天空は動いているのであり、同じように、陽明門、つまり東照宮を中心にして宇宙は動いている、と言う意味にもとれるのです。


日光の位置は、江戸のほぼ真北とされています。

北天は宇宙の中心であり、不動の北極星を中心に星々が規則正しく運行する。 
これがこの世の規範であり、江戸から見れば、その要の位置に日光がある。 

つまり、江戸と北極星を結ぶ宇宙の中心軸にまつられることによって、日本の平和の守り神になろうとしたとされるのです。

このことは大権現・家康の遺言でもあり、この東照宮は家康の遺言通りに、平和の象徴として造られているのです。




次回、日光東照宮  「陽明門と廻廊」








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tag : 陽明門と北極星

73、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・500個の装飾彫刻」





  73、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・500個の装飾彫刻」  







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さて、陽明門の軒回りを飾るのは、中国の故事にちなんだ繁栄と平和の象徴である獅子や獏、龍など霊獣などが力強くも繊細な丸彫で、沢山飾られているのです。

壁面の羽目板全面には、500個を超えるという仙人像や雲、動植物などの絵柄の透彫で覆われており、朱、赤、黒などの漆塗と高価な天然の絵の具で彩色されています。 

これだけ細かい彫刻を500も見ていたら、とっくに日は暮れちゃうはずですね。


特に、裏側(本殿側)には龍の彫刻が施されています。 
これは家光の干支に因んだものとされる。

古来、龍は中国故事に言う、中国由来の伝説的生物で四霊獣の1つ(他は麒麟・鳳凰・霊亀)で強者の象徴とされ 中国では皇帝のシンボルとして扱われています。


東照宮の建物に刻まれた彫刻の実体総数は5000体といわれ、最多は本社の2468体(本殿-1439体、拝殿940体、石の間89体)、次いで唐門-の611体(7センチ×9センチの小さな花の彫刻が400体もある)、そして陽明門は3番目であり508体もあると言われてます。


彫刻をテーマで分類すると、人物、霊獣・動物、花鳥、地紋(一定の図形が 繰り返される文様)の4つ種類に大別され、それらが使われている建物や場所にも、規則や法則があるといいます。


例えば、人物の彫刻があるのは陽明門と唐門に限られているし、霊獣の唐獅子は陽明門に、又、獏(ばく;悪夢を食べるとされる空想上の動物)は本殿にと、それぞれ集中しているといった具合なのです。

これらの理由は定かでありません。
 



次回、日光東照宮  「陽明門と北極星」






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tag : 陽明門・500個の装飾彫刻

72、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・明智=天海・・?、」






  72、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・明智=天海・・?、」  






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この日光東照宮をプロデュースした、南光坊天海は家康の最高ブレーンであったらしく、さらに面白いのは、光秀こそが天海そのものだとする説もあり、同意する人も結構多いといわれてます。


家康の死後、久能山東照宮に眠っていた家康の死骸を、日光へと改葬した人物が南光坊天海なのです。
特に天海は家康の信任が非常に厚く、天台宗の僧侶としてだけでなく、政治や軍事顧問としても常に家康の側に控え、家康に進言した意見はすべて採用されたといい、徳川家代々を記した徳川実紀にも書かれていりそうです。

天海は、家康の死後も秀忠、家光に仕えたが、この天海の正体が本能寺で織田信長を討ちながら、豊臣秀吉に返り討ちにあった明智光秀であるとする説があるのです・・!!。



明智光秀=南光坊天海と言う説の根拠として、

1. 日光東照宮に光秀の家紋である桔梗の彫り細工が多数あること、
2. 日光に明智平と呼ばれる区域があること、
3. 秀忠の秀と家光の光は光秀、家綱の綱は光秀の父の光綱、家継の継は光秀の祖父の光継の名に由来してつけ  たのではないかという推測、
4. 光秀が亡くなったはずの天正10年(1582年)以後に、比叡山に光秀の名で寄進された石碑が残っていること
5. 学僧であるはずの天海が着たとされる鎧が残っていること、
6. 光秀の家老・斎藤利三の娘が徳川家光の乳母(春日局)になったこと、

などがあげらるが、果たして・・?。


尚、桔梗紋に関しては、加藤清正など多くの武将が使用しており、光秀の紋とは断定は出来ないとも云われるが、これだけ状況証拠がそろうと、明智光秀=南光坊天海もなかなか否定は出来ないのかなとも思われるのですが・・?。



次回、日光東照宮 「陽明門・500個の装飾彫刻」







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71、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・随身像の家紋」







  71、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・随身像の家紋」  




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ところで随身像は徳川一門ですから、当然ながら「三つ葉葵」が普通です。

ところが、こちらの随身像の袴の家紋は、織田信長の家紋「木瓜」や明智光秀の家紋「桔梗」に似ているというので注目されているのです。


東照宮内に、徳川家の三つ葉葵紋以外に無数の桔梗紋が隠されているらしく、それは何の為の、誰の誰の家紋なのか・・?、よいう疑問があるそうです。

家康を神とする東照宮のボディガードになぜ光秀が(謀反の象徴とさえ言われる人物なのに)・・?、しかも、家康の干支である虎の敷物に、偉そうに座っているのです。

その微妙な家紋は、豊臣家滅亡に執念を燃やした明智光秀(南光坊天海と同一人物という噂があります)ではないか・・?、という説がある一方で、徳川家康の江戸入府以前の初期江戸城を築城した太田道灌の桔梗紋ではないかという説もあります。


日光東照宮は、江戸を風水で守るために築かれたと言い、江戸の創始者である太田道灌に江戸を守護させるというのは説得力があるようにも思えます。


ここで、日光東照宮造営の立役者である「南光坊・天海」のことを忘れてはならないのです。
実は天海の出自は光秀と同じ土岐氏であると言われていて、天海の父といわれる船木景光は清和源氏頼光流・土岐氏の庶流であり、この点で光秀と全く同じであるとされています。
もし、これが真実であるならば、日光の桔梗紋には何の不思議もないのですが・・?。


次回、日光東照宮  「陽明門・明智=天海・・?、」








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tag : 「陽明門・随身像

70、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・陽明門・Ⅱ」





  70、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・陽明門・Ⅱ」  





http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/75/53600875/img_3?1381472456


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/75/53600875/img_0?1381472456
陽明門は12本の「グリ紋」と呼ばれる渦巻き文様が彫られた白い柱で支えられています。
正面:4本、背面:4本、中央部:4本



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正常な柱の上向き渦巻き文様 (猿の顔みたいに見えます。)


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/75/53600875/img_9?1381472456
逆柱の下向き渦巻き文様 
間違えて彫ったわけでなく、魔除けのために意識的に逆の文様を彫ったものです。



魔除の逆柱

陽明門には、ガッチリした12本の柱で構成されています。 
ところが、その内の1本は模様が逆さまに彫られているのです。 

これは“魔除けのため”に故意にそうされたもので、そして、その柱にはグリ紋と呼ばれる渦巻状の文様が彫られています。

魔よけ・・?、
これは巷の推測によりますと、“月は満つれば欠ける”の言葉の如く“満月は必ず欠ける”ものです。

つまり、“物事は盛りに達すれば必ず衰えはじめる”という例えで、満月になるとともに欠け始めた月がほどなく三日月となるように、物事は、絶頂期に達すると同時に下り坂になるのが世の常、道理である、という意味なのです。

“この陽明門はまだ完成形ではない”と、わざと不完全な柱を加えることによって、陽明門、及び東照宮は衰退することがないように祈って作られたと言われます。 

この意味で「魔除けの逆さ柱」とも言われているのです。


陽明門の中には、二対の坐像が東照宮の本殿、神殿を守るという意味を込めて、隋身座象というのが控えています。
随身とは、俗に言う貴族の外出時に警護のために随従した近衛府の官人のことで、手に持つ武具は、それを表しています。

陽明門の随身は特に名前は付されていませんが、さしずめ征夷大将軍・家康公の御側用人といったところで、今で言う補佐官か官房長官といった役どころでしょう。



因みに、お雛様の七段飾りに随身が左右一対飾られています。
雛飾りは天皇の結婚式とも言われ、従って、その随身は当時の官職である近衛中将クラス、即ち右大臣、左大臣とも言われています。




次回、日光東照宮  「陽明門・随身像の家紋」








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tag : 東照宮・陽明門

69、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・陽明門・Ⅰ」






  69、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・陽明門・Ⅰ」  




http://ts4.mm.bing.net/th?id=HN.608003142659670796&pid=1.7





http://wallpaper.free-photograph.net/mid/yun_249.jpg





さて、いよいよ日光東照宮の顔といわれる有名な「陽明門」の登場です。

中学生(いわき市湯本第1中学校)の修学旅行の時に、日光見学に来たことがあるが、鮮明に記憶の残っているのは、東照宮の陽明門だけであった。
そして、ガイドの人が、「この門は皆さん如何ですか・・?、こうやって1日中見てても飽きないくらい立派な門でしょう。 そう、この門はそのために日暮門とも言うんですよ」
と、ガイドさんが説明していたのを覚えております。

別名を日暮の門というこの威風堂々たる陽明門は、京都御所の十二門のうちの名称を、朝廷から賜ったもので、後水尾天皇の直筆による勅額なので勅額門ともいわれたそうです。

無論、いつまで見ていても飽きないということから日暮の門とも呼ばれていて、日本で最も豪華で美しい門と言われている。

高さ11メートル、間口7メートル、奥行4メートルの12脚門で、この門だけで装飾彫刻が、500余りもありますので、一つ一つじっくり見ていたら本当に日が暮れてしまうかもしれないのである。


前面の扁額(上部の額)は、後水尾天皇より賜った「東照大権現」の額で、東照宮という名はこれが根源とされます。
尚、陽明門より奥は、明治維新まで庶民は入ることが出来なかったそうです。




次回、日光東照宮  「東照宮陽明門・Ⅱ」







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68、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・薬師堂(本地堂)」





  68、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・薬師堂(本地堂)」  




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鼓楼の奥に建つ薬師堂(本地堂)は、日光名物・「鳴龍」で有名です。

本尊が薬師如来であることから別名を薬師堂、また乱世を鎮めた家康公が薬師如来の生まれ変わりと考えられたので、本来の仏(本地)を祀ったことから本地堂とも呼ばれていりようです。
 

本地堂(薬師堂)の内陣天井に描かれているのが、有名な「鳴竜」で、竜の頭の下で拍子木や手拍子を打つと、天井と床が共鳴して竜の鳴き声のように聞こえるといいます。

元の絵は狩野安信の筆によるが、昭和36年に火災により焼失したため堅山南風画伯(横山大観に師事した昭和を代表する画家)が復元したという。   


豪快な鳴竜の絵は、縦6メートル横15メートルの34枚のヒノキの天井板に描かれたといい、東照宮の三奇態の動物の一つとして有名です。 
その龍の顔の下で拍子木をたたくと鈴の音のような音がするといい、まるで龍が鳴いているようなのです。

因みに、この龍の鈴鳴きは2秒程度続くようで、凡そ、この間に60回程度反射共鳴を繰り返して、音は消えるという。

音響専門家に言わせると、反射を繰り返すうちに中心周波数がおよそ100Hz弱下がっていく現象も観察できるという。

“運を拓くありがたい龍の声”と説明されているが、余り、深い詮索や論理的な説明はこのあたりにしておきます。




次回、日光東照宮  「東照宮陽明門・Ⅰ」









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67、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・鐘楼と鼓楼」(Ⅱ)





  67、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・鐘楼と鼓楼」(Ⅱ)  



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鐘楼と鼓楼






東照宮の鐘楼、鼓楼の鐘や太鼓を、実際に打鳴らす姿や太鼓や鐘がぶる下がっている状態は、欄干や飾り格子に囲まれていて実際は見えないそうです。 

ところが、鐘をつく棒の撞木(しゅもく)は微かに見えているのが判ります。


さて、鐘楼と鼓楼の飾り付けのことでありますが、両方とも形そのものは同じようですが、華麗さを競うような彫刻の数や種類が異っているのが判る。

実際は、鐘楼は78体、鼓楼は38体の彫刻が飾られているらしいが、一方の鼓楼の彫刻の数は38体と少なく、鐘楼と比較すると半数以下であり、見るからに地味なのです。

しかし、建物の構造自体は鐘楼も鼓楼も同じで高さであり、何れを観ても立派な建物であることに変わりはありません。


ところで、鼓楼の方はどちらかと言えば中国で好まれて多く造られているといい、中に配されている太鼓の打つ音で時刻などを知らせていたといいます。
一方、我が国で時を知らせるのは鐘が一般的とされます。

昼間に鐘が八つ鳴れば未(ひつじ)の刻で現在の午後2時、それから生じた言葉が“お八つ“(おやつの時間)の名残と言います。

現在では、「おやつ」も余り使われなくなったが、昔は、朝餉・夕餉(あさげ、ゆうげ)の二食の時代であったらしく、育ち盛りの子供にとっては、午後2時の“おやつ”は、空腹を満たす時刻でも有ったようです。



次回、日光東照宮 「薬師堂(本地堂)」








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66、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・鐘楼と鼓楼」





66、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・鐘楼と鼓楼





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鐘楼と鼓楼






二ノ鳥居をくぐって階段を上がると、華やかな鐘楼と鼓楼が左右に建っています。 
比較すると形や大きさはほぼ同じように見えます。

大きさは3間4方(四角形)の角形で、屋根は入母屋風の銅瓦葺き、建物周りは袴腰(袴の様な形)付きで、その構造自体も同じような高さで、何れも立派な建物であることに変わりはありません。

そして陽明門に向って右には鐘楼、左には鼓楼と対になって並んでいます。
 

資料に寄れば、建物の規模や構造など基本的な形式は同じだが、細部の飾り付けをよく見ると彫刻の種類や数に違いがあり、右側の鐘楼には鶴・竜・飛竜・麒麟・波など合計78体の装飾に対し、左側の鼓楼には亀・竜・雲など38体が飾られ、装飾自体は遥かに鐘楼の方が豪華であることが判ります。

全体的に黒を基調とし、金物を金箔、組物、彫刻を極彩色で彩った華麗な造りであることを感じます。


元より、鐘楼の楼とは二階建ての建物のことで、本格的な楼の造りは豪華になるのが普通といいます。
下部は袴腰形(裾の袴のような部分)をし、階上には朱塗の高欄(欄干のことで社寺の場合は高欄ともいう)を周囲に廻らせています。 
袴腰形の鐘楼という造りは、後世に多く建てられたといい、スマートな美しさが感じられます。 


両、高楼共に寛永の大造替の時に建てられたそうで、江戸時代には祭の始めに太鼓を、終わりには鐘を打っていたといいます。










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65、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・回転燈籠」





  65、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・回転燈籠」  





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回転灯篭(オランダ寄贈)




再び、東照宮に建ち並ぶ燈篭のことですが、
陽明門の直ぐ下に回転燭台(固定式・釣灯籠)というのがあります。(向かって左側)
江戸初期に、オランダから奉納された豪華な燭台だそうで、蝋燭(ろうそく)に火を灯すと自ら自然に回転するといわれています。

当時は分解されて部品の状態で日本へ運ばれ、当地で組み立てられたそうで、今でも分解して修理が出来るようになっているといいます。


余談だが、我が家のひな祭りの節句に飾る「雛飾り」の最上段、内裏雛の両サイドに燭台を併せて飾っているが、燭台に灯り(電球)を灯すと、その熱によってカバー全体、つまり、灯篭の灯りの部分が回転する仕組みになっています。



さて、このオランダ寄贈の回転燭台を見渡して眼のいい人、感のいい人は、何かの異常に気が付くはずです。

この燭台の上部を良く見ると、徳川家の大事な家紋である“三つ葉葵”が全て逆さまになっている・・?。 
これは「逆さ紋の廻り燈籠」とも言われているらしいです。
通常の「三つ葉葵」の形は、上から1葉・2葉の巡になっているが、この燭台の文様の8箇所全てが、上から2葉・1葉の逆さ形になっているのです。


実は、オランダ人の技術者達が母国で精魂込めて作ったものらしく、この事はただの“うっかり”したミスだったそうです。 

家康自身は、その出来栄えの見事さと悪意がなかったことから、特にお咎めはなかったそうで、従って、現状のままになっているというのです。


尚、陽明門の内側の周辺に、ずらりと並ぶ唐銅製の燈籠は、10万石以上の諸大名から寄進されたもので、石燈籠と合わせて300基以上にもなるといいます。




次回、日光東照宮  「鐘楼と鼓楼」









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64、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・各種灯篭」






  64、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・各種灯篭」  



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灯篭殿




さて、階段を数十段登ると正面には、かの有名な陽明門がデーンと控えていますが、その階段手前の周辺広場には各種の灯篭が威厳と雰囲気をもって形造っています。


因みに、東照宮には100基以上の各種の燈籠が有るとされているが、中でもここにある有名な燈籠は伊達政宗公がポルトガルへ注文し取寄せたといわれるものです。 

この南蛮渡来の鉄で鋳造させたといわれる2基の燈籠が、一際威厳をもって立っています。

その燈籠は鉄で造られたものとして当時は珍しい物とされ、特に鉄は銅などに比べると融点が高く、しかも硬くて加工が大変なため、仏像の彫刻でも鉄の仏や品物は大変希少なのです。 
そのため、その造作を含めてかかった費用は、当時としては相当お高いものだったといわれます。


この燈篭は輪蔵の前、陽明門へ向かう石段の横に配置されています。 

そして反対側には薩摩藩主・島津家久公が奉納したといわれる、こちらは唐銅で出来た燈籠が立っています。


陽明門付近には、東福門院(秀忠の娘)や譜代大名、更には外様大名等が寄進した各種の燈籠が安置されていて、当時の徳川幕府の権力の強大さが覗えるのです。


因みに、燈籠には勿論、明り用としての意味があり、仏前においては五供(ごく)といって、香・明かり・花・水・飲食があります。 勿論、当時としては参道の明るさを得るために立てられたものです。

墓所や社殿への入口にある燈籠は、形から言えば参道を照らす照明具のことで、境内の敷地内や参道に灯篭を立てる場合は、光源が程よく届くように幾何学的に配置されているといいます。 

一般に、お参りするために拝殿に向かう場合は、混雑していなければ参道の中央を歩き、帰途は端側を歩いて中央を他人に譲るのが礼儀とされています。



次回、日光東照宮  「東照宮・回転燭台」









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63、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・輪蔵」(2)







  63、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・輪蔵」(2)  






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以前、我等夫婦で京都の観光の折、嵯峨野にある清涼寺という嵯峨釈迦堂を拝観したことがあります。 
ここには経蔵という輪蔵が有って、実際の拝観する人には功徳を戴けるということで、我らも輪蔵を一回転させたことを今でも覚えています。

その一切経蔵にもお堂の正面に傅大士という父子の像が安置されていて、堂内には一切経の教本を納めた輪蔵があり、この輪蔵を回すことで一切経を読んだのと同じ功徳があるといわれている。


傅大士(ふだいし)とは中国の仏教者で、民衆に仏教の教化を努められたという偉いお方でもあり、大士は経典を閲覧するための便をはかって、回転する輪蔵を考案し発明した人物とされています。
後世、経蔵などの前にその像が置かれ、俗に“笑い仏”ともいわれるそうです。

 
それにしても、東照宮は社(神社)であるはずなのに、仏教的建物が混在しているところが、妙であり面白い。 尤も、東照宮の御神体である東照大権現という称号そのものも神仏混交の姿そのものなのであり、東照宮そのものも神仏混交の色彩の濃い建物、社殿なのです。
日光東照宮輪蔵(経蔵)は国指定重要文化財、世界遺産に指定されています。




次回、日光東照宮  「東照宮・各種灯篭」







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62、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・輪蔵」






  62、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・輪蔵」  






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三つの神の倉庫といわれる三神庫から、二ノ鳥居を潜ると左側に見えてくるのが東照宮の“輪蔵”という建物で、こちらも煌びやかな姿で建っています。

この建物も華やかな朱色と金箔が基調となっていて、彫刻の組物が極彩色で彩られた華やかさで、そして内部には八角形の回転式の大きな書棚があり、これは何でも天海が使用していたとされる一切経の教書が千冊以上も納められているといわれます。

一般には、この経蔵を回転させると、それだけで仏教の教えである経典を読んだのと同等の御利益が得られるものと信じられているそうです。

その前面には輪蔵を発明創作したとされる中国人親子の木像が置かれていて、その像の名を傅大士(ふだいし)ともいうらしいが、子供たちが笑っている姿から“笑い堂”というユニークな名前も付されているようです。


尚一般に、仏教寺院の建物群の中には経蔵(きょうぞう)というのがあり、僧などに教育を施す為の経典や仏教に関する書物がありますが、それを収蔵するところが経堂・経庫と言われる建物です。
即ち、経典、教書などの書物を収蔵する棚倉の方式が、回転式の書棚に経典などを納めるのを特に輪蔵(りんぞう)と呼ばれるものがあるのです。




次回、日光東照宮 「東照宮・輪蔵・Ⅱ」










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61、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・御水舎」






61、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・御水舎





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表門から左へ進み、直角に曲がって陽明門を望むところに華麗に彩った御水舎があります。

当然ながら、神様に近づいて(お会いするとき)お参りする時は、身を清めなければなりません、その為の清めの場です。 


昔は近くの川などで身を清めて参拝していたらしい今はそうもいかず、そのかわりに手水舎で清めをするようになったとも言われています。

それにしても、こちらの御水舎の水盤は花崗岩でできている立派なもので、石垣から落ちる水の圧力を利用して、常に湧き水が噴き出る仕組みになっているようです。



参拝前の御水舎で行う一般的な作法としては、
右手で柄杓を取って手水をすくい、左手を清め、柄杓を左手に持ち替えて右手を清めます。

今度は、もう一度右手にその柄杓を持ち替え、左の手のひらに少量の水を溜めて水を口に含み、音を立てないですすいで口を清めた後、左手で口元を隠してそっと吐き出す。 

残った水が柄の部分を洗うように流し、柄杓を元の位置に静かに戻す。


建物も立派で、唐風の屋根に銅瓦葺きの豪華な屋根で、12本の花崗岩の角柱で支えているという際立った造りなのです。 
御水舎は江戸初期に建てられたものだそうで、永年の風雨に耐えられるように、そして腐らぬ様な工夫がされているといいます。


その水盤は、九州佐賀藩主の鍋島勝茂公奉納とされ、正面に描かれている飛龍と立波の透彫(すかしぼり)や鯉など、全て水にちなんだ色彩豊かな彫刻が施されています。 

ご存知、龍は九頭竜の如く、水の守り神とも言われ、飛龍は翼のある龍のことです。

この飛龍の彫刻は、東照宮では最高傑作の誉れ高いものといわれ、ただ手を清めるだけの手水舎とは想像も出来ないくらい立派な建物です。



次回、日光東照宮 「東照宮・輪蔵」








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tag : 東照宮・御水舎

60、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・三神庫の想像の象」






  60、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・三神庫の想像の象」  




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三神庫の中の上神庫に、“想像の象“というのが描かれています。 
この絵は狩野探幽が想像して描いたとされています。

江戸時代の初めの頃は、一般庶民では「象」という巨大な動物は観た事も無く、従って、存在するのは判っていても、飽くまで空想するしかなかったのです。


因みに、生身の象が日本に初渡来したのは以外と早く、室町時代に南蛮船で若狭国へ渡来したといわれ、時の将軍・足利義持に献上されたそうでsう。

又、江戸期には八代将軍・吉宗がアジアの巨大生き物に興味を持ち、“象が見たい”の一言で、ベトナムから2頭が連れて来られて長崎に着いたといいます。 

その内、メスは吉宗に会うことなく間もなく長崎で死亡したらしいが、一方、オスの方は江戸で待っている吉宗に会うべく、遥々、長崎から歩いて実に80日かかっての旅で江戸まで辿り着いたといいます。

この時更に、京都で天皇に拝謁させて位が付き、将軍様のための象なので“象を死なせてなるまい”と、象が通過する宿場町などは、お触れに従って“象様御一行”を丁重にを迎えたといわれます。



狩野探幽は、江戸初期の狩野派を代表する絵師です。 
探幽自身は象は直接見たことなど無く、神庫に描かれた象は人伝いに聞いた想像の動物であったのでしょう。

だが、象は神仏に関連して登場しているのも確かで、仏教では歓喜天(仏教の守護神である天部の一つ)として富と繁栄の神様とされています。 
特に白象は、普賢菩薩の乗る霊獣として描かれているといいます。








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tag : 東照宮・三神庫の想像の象

59、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・三神庫」







  59、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・三神庫」  





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神厩舎の正面に建つのが三神庫という建物で、三つ神庫が並んで配置されていて、正面が上神庫と中神庫で、脇にあるのが下神庫といいます。


これまた、鮮やかな色使いの神倉で、倉庫の中には祭りに使用する道具や衣装などが入っているそうです。
奈良・東大寺の正倉院に代表される「校倉造り」を模した建物で、春秋の渡御祭(千人行列)の1200人分の装束や流鏑馬の道具などが収蔵されています。

春秋の祭りの1週間ほど前から準備のため扉を開けるので内部が覗けるらしいです。


そして、一際目を引くのが上神庫の妻側(側面天部)には、大きな象の彫刻が施してあります。
装飾は江戸時代の天才絵師・狩野探幽が手がけたものとされ、ここに施された象の彫刻は変わったものになっていて、その形が足に爪、耳に耳輪はいいのですが尻尾が4本となっているのです。


これは当時に象を見た人が殆どおらず、人づてに聞いて伝わった象のイメージが最終的にこうなったためであると言われております。

東照宮建立時のいわばアート・ディ レクターのチーフだった狩野探幽が、実物を知らずに想像で彫刻の下絵を描いたことから、“想像の象”と呼ばれています。



次回、日光東照宮  「三神庫・想像の象」








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58、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神厩舎と猿の関係」








  58、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神厩舎と猿の関係」  




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神厩舎は東照宮でも有名なところで、特に周囲の彫刻は猿の一生を描いたものであり、中でも2番目の三匹の猿が三猿(みざる)と言われて、“見ざる・言わざる・聞かざる”で有名です。

猿が馬を守り、病気を回復させるという言い伝えからきているもので、猿の姿を借りて人間の一生を風刺したものともなっているのです。

ところで、厩舎でサルを飼うということは如何なることか・・?。
元よりザルは肉食ではなく草食であり、馬や牛にとってはサルは害がなく、一緒に飼っていると相性が良く、サルが横にいると馬や牛が非常に安心するという。

野生状態では、野生の鹿とか猪はサルの生態をうまく利用しているといい、サルの群れは、木上の生活で木を移動しながら木の実などを食べていて、沢山の食べかけの実を落としたり、木を揺すれば実が落ちる。 
すると地上で生活しているイノシシや鹿は、それら落ちてくるおこぼれを食べて歩くので、これは得難い食料原なのです。

同時に、樹上で観ていて地上で異変が起これば、危険信号となって鹿やイノシシも逃げる。 
つまり、肉食獣の接近は樹上にいるサルへの警戒警報にもなり、お互いの信号、情報が共有、利用できるわけで、その意味でお互いが“持ちつ持たれつ”の信頼関係が生まれやすいといえます。

こうして草食獣であるサルと馬や牛などの関係は、昔から信頼関係が築かれていたのであり、即ち厩にサルを置くというのは、非常に有用で効果的な利用方法であり、飼育風習でもあったのです。
それが何時の間にか信仰となって、サルは馬や牛の守り神と考えられるようになったというわけでしょう。



次回、「東照宮・三神庫









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