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99、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥宮・宝塔」




  99、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥社・宝塔」  





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奥宮の鋳抜門




http://nikkotoshogu.com/html/tosyogu/file/hoto3.gif




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東照宮・宝塔





鶴と亀の鋳物で造られた宝塔は、御祭神・家康公の神柩(しんきゅう)を収めたもので、神柩とは遺骸のことです。

徳川家康の眠る奥宮宝塔(墓地)は、金・銀・銅を使った唐銅といわれる金属の塔で、八角形が九段の基盤の上に建ち、高さは5mあるそうです。

当初の御宝塔は、木造で更に石造に改められたらしいが、更に、天和3年(1683)の大地震(日光付近が震源地・震度6)で破損し、五代将軍・綱吉公が現在の唐銅製に造り替えたものです。
この宝塔は、建立以来、一度も開けられたことがないとのこと。


又、宝塔の前に置かれた、鶴のロウソク立て、香炉、花瓶などは、朝鮮通信使が運んできた朝鮮国王からの献上品だそうである。

唐銅とは金・銀・銅の合金のことで、鋳造製作者は鋳抜門も含め、幕府お抱えの鋳物師だそうである。
宝塔前面に備え付けられた銅製華瓶・燭台・香炉さらに鋳抜門の銅製狛犬2躯は、指定物件となっている。

重要文化財 奥宮御宝塔(御墓所)



次回、東照宮の平成の大修理










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tag : 東照宮・奥宮・宝塔

98、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥社・鋳抜門」




  98、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥社・鋳抜門」  








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奥宮の鋳抜門











鋳抜門(いぬきもん)は扉を除いて、柱や梁などをひとつの鋳型でつくったことから、つまり“鋳型で射抜く”ことから鋳抜門と呼ばれています。

門前の石段から、睨みをきかせているのは狛犬で、そして、門の袖にいるのは「蜃」(しん)といい、「ツバメを食べ、気を吐き、楼台城郭を描き出す」という、蜃気楼の蜃のことです。

蜃は、中国に昔から伝わるドラゴンで、海岸や大河の河口などの水辺に棲んでいるとされる。 又、蜃気楼を作り出すといわれる伝説の生物で、古代の中国と日本で伝承されており、巨大なハマグリとする説と、竜の一種とする説があるそうです。

蜃気楼の名は「蜃」が「気」を吐いて「楼」閣を出現させると考えられたことに由来しています。 霊獣の一種とされることもあるのです。


鋳抜門は、銅の板に黒漆を塗って、リベット(薄板鉄板状のものを、束ねて締結する鋲の一種)で止めに見えるが・・?、少し劣化が進んでいるようにも見えます。
この閂(かんぬき)も趣があります。

門は、通常通れないように閉ざされていて、この先はグルリと周りこんで行くことになります。
奥宮境内には、樹齢600年という叶杉(かないすぎ)があり、御神木とされています。
願いをかなえてくれるといわれるから叶杉で、そのお守り(叶鈴守)は奥社の授札所で受付けています。



次回は、日光東照宮 「奥社・宝塔」








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tag : 東照宮・鋳抜門

97、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥宮・拝殿」





  97、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥宮・拝殿」  




http://abe-sin.sakura.ne.jp/kesiki/totigi/okumiya4.JPG
東照宮・奥社の参道



http://ts1.mm.bing.net/th?id=HN.608034100827196393&pid=1.7
東照宮・奥社拝殿



http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/26042002807.jpg
奥宮の鋳抜門




奥宮は、やはりというか派手好みの神霊の社宮と違って、霊魂が静かに眠る墓稜なのです。
一般のお寺で言うと、墓地とお堂の違いでしょうか。


墓地なるが故に、建物の大まかな色は黒を基調とした金を配置していて、金が主役の様に感ずるが、実は、金は主役ではなく黒を引き立たせるための脇役だったようです。

ところで、坂下門から始まる奥社参道の石段は、踏み石に1枚石が使われているそうで、これは寒さの厳しい日光では、霜柱で浮き上がってこないようにするため、重く大きな石が必要だったとされる。
参道を上りつめ、青銅製の鳥居をくぐった右手に、銅神庫があり、宝蔵とも呼ばれ、江戸時代には家康公の位記・宣旨類、甲胄、刀剣など貴重な神宝を収蔵していた。


奥宮・拝殿は、寛永13年(1636)に建てられたもので、外壁は銅板を貼りその上から黒漆が塗られているため落ち着いた雰囲気があります。 
この拝殿には、将軍以外昇段参拝が許さなかったそうで、格式の高い建物であったらしいです。

背後には、鋳抜門そして奥宮の宝塔へと続いています。
日光東照宮奥宮拝殿は、国指定重要文化財に指定されています。




次回、 「東照宮・奥社・鋳抜門」








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tag : 「東照宮・奥宮・拝殿

96、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥社、奥宮」





96、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥社、奥宮」




http://abe-sin.sakura.ne.jp/kesiki/totigi/okumiya1.JPG
奥社への坂下門


http://abe-sin.sakura.ne.jp/kesiki/totigi/okumiya4.JPG
奥社への階段

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奥宮への 鋳抜門






坂下門、その先にあるのが徳川家康の眠る墓所で、旧来であるならば将軍と側近、重臣等でなければ参拝が許されていなかったところです。
坂下門から奥宮までは、石段を登ることになります。 
その数、200数段という長い石段で、ウィークデイの東照宮は小、中学生や熟年の団体旅行客、そして新婚旅行と思しき若いカップルなどで賑わいます。


子供たちは元気よく登ってゆくが、我ら老境たちは「足に来る」、「心臓がバクバクする
」と言いながらゆっくり上って行きます。
途中にあった家康の有名な言葉、「人生は重き荷物を背負って、遠き道を行くが如し、急ぐべからず」を思い浮かべながら。 
それにしても到るところに遺訓や立札が配置されています。


石段を登りきると右に直角に曲がったところに奥宮がありましたが、それは、これまで見てきたものとは些か趣が違っていました。
奥宮は東照宮の祭神・徳川家康公の墓所で、拝殿・銅鳥居・銅神庫・鋳抜門・宝塔など厳かに並んでいます。



さすがにこちらは墓所の建物群だけあって、これまでのような極彩色の華美な装飾はなく、黒を基調としたシックな色調で全体がまとめられているようです。 
全体を黒がベースの黒漆(くろうるし)が塗られていて、黒の上に金色が装飾されていて、どちらかと言えば、モノトーンの落ち着いた雰囲気が漂っています。



次回、日光東照宮 「奥社・拝殿」







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tag : 東照宮・奥宮

95、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・坂下門外編;猫と雀の話題」








  95、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・坂下門外編;猫と雀の話題」  








http://sat.cside3.jp/home/1/tra27-4-3.jpg





序ながら、古典落語に左甚五郎が彫った『ねずみ』(猫に関係あり)という演目がありますので、ここで紹介しておきましょう。

『 左甚五郎が奥州の旅に出て仙台城下に入り、客引きの小僧に誘われるまま、鼠屋という見すぼらしい小さな宿に泊まる。 向かいには仙台一の大宿、虎屋がある。  店主の話によれば、以前は虎屋の主だったが、番頭に騙されて乗取られたという。  世話になったお礼に、甚五郎は木片で鼠を彫って置いていった。 ところが、名人甚五郎が彫った鼠が動くというのが評判になり、鼠屋には連日客が大入りで、増築をし、奉公人も増えて来た。  一方、向かいの虎屋は寂れるばかりで、一計を案じた主人が飯田丹下に虎を彫らせて、鼠を見下ろす二階の手摺りに置いたところ、ピタッと鼠が動かなくなってしまった。  知らせを受けた甚五郎は、二代目政五郎と共に駆けつけ、虎の出来は大した出来ではないと思った。 そこで動かなくなった鼠に、「あの虎がそれほどに怖いのか」と尋ねたところ、 「あれは虎だったんですか、猫だと思った」 』





同様に、狩野派の絵師が描いた『抜け雀』という古典落語のお題があります。

『 小田原宿のボロ屋の安宿で、薄汚れた旅人が毎日三升の酒を飲み、何もせず寝てばかりいたた。 宿賃を催促したところ、金は無いが自分は狩野派の絵師だからと、衝立に墨で雀の絵を描いて江戸へ行った。 翌日、主人が雨戸を開けて日の光が射し込むと、絵の中の雀が飛び出して外で餌をついばみ、戻って来て元の絵の中にピタッと収まった。 これが評判になって、毎日客が訪れ大繁盛。 そのことが小田原の殿様の耳に入り、絵を千両で買い取るとの話を、絵師との約束があるので断った。  その後、年配の武士が訪れ、止り木がないので雀はいずれ落ちて死ぬからと、雀が抜け出た隙に、画面一杯に鳥籠を描いた。 すると戻って来た雀は鳥籠の中にピタッと収まった。  江戸から戻って来た絵師に事情を話すと、絵を一目見て描いたのは自分の父親だ、なんという親不幸をしてしまったかと嘆く。 「なぜ?」、「親をカゴカキにしてしまった」 』


小生、落語大好き人間です。


次回、東照宮の奥社








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94、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・坂下門・猫と雀」





  94、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・坂下門・猫と雀」  





http://totitabi.ame-zaiku.com/nikkou/tousyougu/16/03.JPG



http://img.emachi.co.jp/560x560/myalbum/dsp/98848423_0006462.jpg



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a5/SleepingCatNikko.jpg



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/b/b7/Sparrow_at_Nikko_Tosho-gu.jpg







坂下門は江戸期の当初・元和年間に建てられたそうで、全体的に白と金を基調としているが同じ東照宮や大猷院の門ほどの飾り気はなく、どちらかと言えば清楚な印象は受けます。

そして、欄間には鶴の透かし彫り、腰羽目(壁の下部に張った羽目板)には牡丹と唐草が彫り込んでありますが、奥宮へ続く欄間には有名な“眠り猫”と“雀”の彫刻が彫り込まれているのです。

ただ、写真などで想像していたより小さな猫で、猫ファンには可愛らしい猫のようです。



それでも、猫の彫刻は名工・左甚五郎作で、彫刻の由来は平和を象徴し、天敵である猫が居眠りをしても雀が踊っている姿を表現していると言われるのです。 

場所によっては、猫が薄め目を開け爪を立てているようにも見え、侵入者には断固として拒否する姿勢が窺えるともいいます。


猫と雀の意味合いには、猫が狙って食べてしまう雀ですが、うたた寝の猫の裏側に雀なので食べられることはない。
つまり、戦乱の時代から平和な時代がやってきたと言う意味だとされているのです。

また、この坂下門から奥社(家康の墓)からは、“ネズミ”一匹も通さないという意味にも取れるといいます。

東照宮の彫刻には空想の動物を含め、かなりの数の凝った生き物が彫刻されていて、植物も同様ですが、こちらの猫と雀の彫物は好対照であるが、その意味は単純にして明快とも言われます。



次回、東照宮・坂下門外編;鼠と雀の話題








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93、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥宮・坂下門」





  93、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・奥宮・坂下門」  




https://encrypted-tbn3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcRZcN6CiTjymKLQimWcUsE6EB_ZApCiJWxemlcvnNBcvW7jSqc3


http://totitabi.ame-zaiku.com/nikkou/tousyougu/16/03.JPG



http://www.aisf.or.jp/~jaanus/deta/data_image/image_g/goutenjou2.jpg





さて、御本社の後は、いよいよ家康公の眠る墓所である奥宮に参ります。 
そこへは、神楽殿寄りの坂下門を通り抜けて行くことになります。

坂下門とは、江戸城の東京駅よりに同名の巨大な門がありますが、老中・安藤正信(我が故郷であるいわき平藩の殿様)襲撃事件でも有名です。
名称の由来は不明のようです。

そして、こちら東照宮の坂下門の由緒名は、奥宮へ通じる坂の下にあるので、その名前が付いたのであろうと、単純解釈しています。


ともあれ坂下門とは、奥宮まで続く石畳の手前にあり、更に、かの“眠り猫”でも有名な門のことです。
それに、この門自体もやはりと言うか、中々立派な建物なのです。


以前は、この奥が初代将軍・徳川家康公が眠る奥宮に続いていた為、普段は閉められていて、将軍参詣の折にしか開く事がなかった事から、“開かずの門”とも呼ばれていたようです。
ところが現在では観光の為も有り、参拝客・・?で常に一杯であり、“開かずの門”どころか、“開きっぱなしの門”になっているのです。



次回、東照宮・坂下門・猫と雀」






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tag : 東照宮・坂下門

92、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御仮殿」





  92、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御仮殿」  





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東照宮の表門の石の鳥居(一ノ鳥居)を潜った右手の広場、五重塔とは向かい側の奥に御仮殿という建物が、杉の大木に護られるようにひっそりと建っています。

この御仮殿は、本社を修理する際、神霊を一時的に移しておく建物だそうです。
この建物は、ほぼ東照宮の造営と同時期に建てられているそうで、近年では昭和の末期頃から全面修理が施され、その後も修復が順次なされていろという

御仮殿といっても本社と同じく拝殿・相の間・本殿からなる権現造りの建て方で、神霊が御仮殿に移っているときは、すべての神事がこちらの御仮殿の境内で行われるそうです。

神霊を御仮殿に移すことを外遷宮といい、これまで19回おこなわれたらしく、江戸期の文久年間以降は一度もないという。

御仮殿は普段は非公開であるが、正月、祭日など不定期に、特別公開されているようで、このときには立派な御朱印も戴くことができるそうです。
内部は仮殿とはいいながらも、意外なほどに東照宮・本社かと見違えるほどの豪華絢爛な装飾が施されているといいます。

尚、御仮殿前の鐘楼は、昔はこの鐘が日光山の時報を報じたそうです。



次回、日光東照宮 「奥宮・坂下門」







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tag : 東照宮・本殿の御仮殿

91、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御神座」







  91、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の御神座」  





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唐門と本殿





本殿は、秘中の秘の御神座御殿です


東照宮祭礼のときだけ開く本殿の扉ですが、その上に並んでいる彫刻は獏(ばく)という架空の動物と言われます。
鼻が長いので象にも見えますが、異なる特徴が眉と丸い目、首の巻き毛が持徴とされます。

獏は、一般には夢(悪夢)を食べてくれる架空の動物といわれるが、唐の詩人である白楽天の文集によりますと、獏は鉄や銅など金属を食べるとされているそうです。 

戦争が始まると武器等を造るため鉄や銅が無くなるので、獏は平和な時代にしか生きられないといい、つまりは平和の象徴的な動物とされています。

東照宮の中で獏の彫刻は80頭程あるとされるが、その内の50頭ほどが最も重要な本殿にいるとされ、これは即ち、獏は不戦の象徴でもあり、平和への強い願いが込められているとされています。



本殿は外陣(幣殿)、内陣、更に内々陣の三室に分かれていて、勿論このエリアには貴賓参拝者と謂えども入室は出来ないし、神職の人でさえ祭典や煤払の奉仕の時以外は入れないとされています。

特に、内々陣の内部には御空殿と呼ばれる御神座(御神体の鎮まる処)があるが、どのような姿になっているかは、「秘中の秘」とされているらしいです。


尚、この御神体は神服と称する暖かそうな温暖被服で被われているといいます。
それは将軍・家光公が御登拝の折りの時に、この日光地域は寒冷の地であるから“さぞ、おじいさま様(家康公)は寒かろう”と思われて着せたものといわれています。

尚、本殿の様子は、境内入り口にある御仮殿という建物でも、窺うことが出来るそうです。




次回、 日光東照宮 「本殿の御仮殿」







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tag : 東照宮・本殿の御神座

90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」






  90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」  





 http://www45.tok2.com/home/todo94/photogallery/tabisaki/sekaiisan/nikko/nikkotoshogu-honsha2.JPG



https://encrypted-tbn1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTyrfnIkRKuEnSm1E8edAyIWTwrNF5kFTRca8i6-db_fyOQMl4rbA








神と人をつなぐ結界空間である本殿・「石の間」

本殿と拝殿をつなぐ一段低い部屋が石の間といい、古い時代には二つの社殿(拝殿と本殿)を結ぶ石の廊下があって、それが改造されたので、そのままの名が付いたといいます。 
この造りが、所謂、権現造り基礎形式といわれます。


石の間は、謂わば最後の神の世界(神体が鎮座する本殿)と人間の世界(参拝の為の拝殿)をつなぐ重要な空間であって、拝殿との境は2本の柱に御簾(みす)が下がっているだけだが、本殿に至る階段は、当時は貴重な真鍮の板が張り付けてあったそうです。



本殿は御神体を安置する最も神聖な社殿であり、一般の人は本殿の外部、内部様子は直(じか)に見ることは出来ないとされます。
本殿建物は、老杉の間に秀麗な曲線を見せていて、その本殿の屋根には“鰹木”(かつおぎ;勝男木)と破風部に雲を分けて天を指すといわれる“千木”(ちぎ)が配してある。 


千木の先端の切り込みが垂直なのは祭神が男神(大権現)ということを表しています。
因みに、伊勢神宮は天照大神(アマテラスオオミカミ)で女性の神であり、内宮・正殿の千木の先端切込みは水平になっているのが判ります。


次回、日光東照宮  「本殿の御神座」





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tag : 東照宮・拝殿、石の間 本殿

90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」




90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ




 http://www.uraken.net/kenchiku/shrine/28.jpg



http://ts3.mm.bing.net/th?id=HN.608018677596422200&pid=1.7
左から拝殿、石の間 本殿




拝殿に上ると将軍着座の間、法親王着座の間と呼ばれる其々の間があり、それらの欄間には三十六歌仙(平安期の著名な36人の歌人)が並び、天井にはそれぞれ違った龍の絵が狩野一派によって描かれ、本殿には家康が神格化したといわれる東照大権現が安置されています。

拝殿の右手から18畳余の将軍着座の間に通じていて、二間の部屋は手前が家来が座るとところで、奥が将軍が座るところと決められていたといいます。 
部屋中央の天上画には三葉葵が描かれていて、これを目印にして将軍が座ったといわれます。

又、この拝殿は当時は大名でないと入ることが出来なかったそうで、座る順番にも其々に決めが有ったらしく、無論、位の上の大名ほど、上座に座ることができたといい、格式によって拝礼の位置が厳格に決められていたとされます。

ところで、拝殿の将軍着座の間は、徳川宗家の参拝のときにのみ使われたそうで、徳川幕府の期間に将軍がこの東照宮を参拝したのは、19回程あったそうですが、そのうちの10回が三代将軍・家光だといわれます。

この時代は、江戸から概ね3泊4日をかけて参拝に来たそうであるが、10代将軍・家治の時は、先頭の行列が日光に到着したころ、一行の最後尾はまだ江戸城を出ていなかった・・?、とされる程、壮大、長大で華麗な行列だったとも言われます。



次回、日光東照宮  「石の間と本殿」










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tag : 東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ

89、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿」





  89、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿」 





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現在、唐門から先は正月や大祭などの祭典のときと、国賓に相当する参拝者だけしか使用できないとされています。
唐門の前には仕切りと賽銭箱が置いてあり、一般参拝者はここより拝礼することになります。


御本社(拝殿、石の間 本殿)は、東西の透塀で囲まれている中にあって、これら三建築物が一体となった構造を“権現造”と言われます。
東照宮の中では、最も絢爛で豪華な意匠を凝らした建築群とされています。

東照宮の建立以前にも、この様式を持った神社が造られ一般に“明神造り”( 大明神造り)と称されたらしいが、東照宮がこの様式で建ててからは、家康公の御神号である東照大権現に因んで「権現造り」の名で呼ばれるという。
因みに、久能山の東照宮が元祖と言われます。

尤も、三社が合体した造りは、既に、平安時代の北野神社が元祖と言われていて、以降、東照宮がこれを採用して以来、近世の神社建築に多く用いられたといわれます。

別名を石の間造りとか八棟(やつむね)造りとも言うそうです。

建物の正面には家康公の干支である虎の彫刻があり、振り返って唐門には2代将軍の干支である兎、3代将軍の干支である竜が虎の下方と左右に配されています。


次回、日光東照宮 「拝殿、石の間、本殿・Ⅱ」









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tag : 東照宮・拝殿、石の間 本殿

88、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の唐門と透塀」





88、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿の唐門と透塀






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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-95-3d/tennnennkozi/folder/672051/91/63822691/img_4?1401186222






唐門の左右には本殿を囲んでいる素敵な塀がありますが、文字通り塀の中が透かし見えるので透塀(すきべい)と呼んでいます。
本殿、石の間、拝殿を囲み、全長は160mにもなり、塀全体がカラフルで唐獅子や龍、麒麟のような想像上の動物や菊、牡丹などの花、孔子や孟子などの人物の彫刻などが施されています。


朝、陽光が当たると透かし彫りの塀を通って、反対側に模様を描き出すと言います。
透塀は、瑞垣(みずがき)とも呼ばれていて、北側(本社の背後)の中央には北唐門、また、西側には、通称西唐門と呼ばれる潜り門があります。
 
石造の土台を据えた柱は全てが角柱で、黒漆塗、長押(なげし:柱と柱を繋ぐ飾り)の表面には亀甲花菱紋など、そのコントラストは優美で、光線と角度の加減によって見える色に変化があるとされ、その意匠は実に美事なものです。


さて、唐門は“日本に一つしかないとされる純金箔の門”と言われ、又、本殿は“日本に二つだけの金色堂”とされています。 
そのもう一つは、勿論御存知の中尊寺の光色堂のことです。
また、本殿の周りを囲んでいる透塀の各種の彫刻品は、一部のものは戦後になって米の進駐軍が御土産として持ち去ったとも言われてます。

尚、門柱と透塀の境にある「鶴」のデザインは、日本航空のマークでもおなじみのもの。
更に、唐門横の透塀の前に灯篭が一本だけ立っていますが、これは「一本燈籠」といい、二代将軍・秀忠の5女の和子・東福門院(将軍秀忠公の娘で後水尾天皇の中宮・皇后)が奉納したものだそうです。



次回、日光東照宮  「拝殿、石の間 本殿(御本社)」








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tag : 東照宮・本殿の唐門と透塀

87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の唐破風」






  87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の唐破風」  





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さて、唐門という名称ですが、屋根に独特の曲線を描いた唐風の破風があることから呼ばれてます。
破風とは一般に切妻屋根の側面にある三角形の合掌の部分を指します。

唐破風は弓を横にしたような形をし、中央が高く、左右になだらかに流れる曲線をもつのが特徴です。

唐門というと中国から入ってきたように思われがちですが、純然たる日本で生まれだそうで、平安後期の頃から禅宗の寺院建築の一つで造作されたものともいわれます。
更に、唐破風のカーブは、時代がさがるほど形が良く、急な流れになっているといいます。

特に、鎌倉期に隆盛した仏教寺院様式に多く用いられ、更に、安土・桃山期において最も隆盛を迎えたとされます。
唐破風の様式としては最も品が良く、格式が高いとされ、主に神社や寺院建築、それに城郭破風部分に多く使われてきました。

現在では時代を経ている古い、格式の或る民間の建物でも多く見られるようになり、特に、明治時代なると木造の公共性の高い建物である役所や学校の玄関、劇場などの正面入口などの建物に見られるようになります。

面白いのは、古都・京都のお風呂屋さん(銭湯)などの、戦前の建物には多く残っていると言われます。




日光東照宮  「本殿の唐門と透塀」







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tag : 東照宮・本殿唐門の唐破風

87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の彫刻」






87、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・本殿唐門の彫刻










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この唐門は、大名などの高官だけが通ることができた一番重要な門で、いまでも国賓クラスの人々だけが許されています。

600以上の彫刻が施されていますが中心には、 舜帝朝見 ( しゅんてい ちょうけん ) の 儀です。

舜帝が正月に大勢の役人から挨拶を受けている場面でして、朝見とは臣下が天子に拝謁することです。



中国では、堯帝(ぎょうてい)、舜帝の時代が最もよく国が治まった理想の時代といわれていますが、中国の堯、舜の時代は中国神話の世界です。

舜は中国神話に登場する君主で、五帝の一人でもあり、中国の儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯、舜と呼ばれて聖人と崇められた。



有徳の人・舜帝は、どことなく徳川家康に似ているとされ、舜帝は徳川家康を模して彫られたようなのです。 そして、舜帝は「内平外成」という言葉を残しています。
内たいらかにして、外なる、ということです。


舜帝が、優秀な人材を登用した結果、国がよく治まりました。
内平外成(内平らかにして、外成る)から「平成」の年号が生まれのです








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85、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮 本殿唐門の白檀」





85、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮 本殿唐門の白檀」 










http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/39/53659339/img_5?1245371910
唐門左側の白檀に彫られた昇龍  龍の頭が上を向いている。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/39/53659339/img_7?1245371910 
唐門右側の白檀に彫られた降龍  龍の頭が下を向いている。





唐門の柱には、唐木の寄木細工で昇龍、降龍の透し彫りの彫刻がある。

唐木とは、昔の中国のことで、ここを経由して輸入されたの白檀(びゃくだん)などの南方産の高級硬質材のことを言い、主に唐からの移入されたための呼び名らしいです。

貴重な木材・白檀などの材質は、実に堅くて細工には容易でなく、それなりの技術を要したといいます。

白檀(びゃくだん)は、東南アジア等のジャワ島原産(インド原産との説もあり)のもので、背は高さは約10mにもなり、材質は硬めだが密性に富んでいて、細工物、仏像、美術品などに多く使われるという。



白檀の最大の特徴は高貴な香を発する木ともいわれ、彫刻された仏像、美術品は、高貴な香りを発するため、より価値が高いとされています。  

白檀材または檀香(だんこう)とも呼ばれ、因みに別の植物で檀香梅というのもあるそうです。 
線香の香り付けにも使われ、(椨の木=たぶのきも同様)材の色が白いので「白檀」の名前になったといいます。


名言;“栴檀は双葉より芳し”

栴檀(せんだん)は、発芽の双葉の頃から芳香を放つという意味で、「将来大成する人物は、子供の時から人並みはずれて優れたところがある」の譬えですね。

「栴檀」は中国名で、この白檀のことを指します。



次回、 日光東照宮 「本殿唐門の唐破風」








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tag : 東照宮 本殿唐門の白檀

84、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮 本殿唐門の恙(つつが)」







  84、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮 本殿唐門の恙(つつが)」  





http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/1002/a90ea9e4895f8fbbf12d.jpg



http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/1002/e230061d4843ae5a2f6c.jpg
唐門の屋根上の正面の恙(つつが、唐獅子ともいう)と後方両側の龍(りゅう)



http://c2.atwiki.asia/livia/2/2013/1002/577378c2bb52fb6388a0.jpg
唐門の屋根上の両側の龍、





ところで、唐門に施されている奇獣の「恙」とは一体、何物(者)だろう・・?。

恙という文字を辞書で引くと、病気などの災難、やまい、わずらい等としている。
恙(つつが)は元々、病気や災難という意味であり、それがない状態を指す言葉として「つつがない」という慣用句が生まれた・・?。

それに関連して、昔は原因不明の病気があり、その病気は「恙虫」(つつがむし)という妖怪、魔物に刺されたことによって、発病し、命をも落とすと信じられていた。
つまり、恙という妖怪を、奇獣として当てていたのかもしれない

後世になってからこの病気がダニの一種による感染症(ツツガムシ病)であることが判明したが、そこから逆にこのダニがツツガムシと命名されたものである。

「恙」は「憂」という意味もあるらしい。
「恙は人を嚼(か)む虫なり。 善く人の心を嚼み、人、毎(つね)に之に患苦す」
という古い文に由来するそうである。
日本には、「恙虫伝説」というのも有ったらしく、それは恙虫を妖怪と見たたての伝説でもあるらしい。

「歳(さい;収穫物)亦た恙無きや、民亦た恙無きや、王亦た恙無きや」

このように、「恙無い」(悪災をもたらす魔物、妖怪はいない)という言葉は、本来、中国の故事によるものらしく、古い旧い時代の日本でも、あの聖徳太子が「隋」(遣隋使)の煬帝に送った国書に「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書を致す、恙なきや」と使われているのはよく知られている。

この故事を引用したのが、有名な「故郷」(2番の歌詞に、「恙無きや」とある)という歌でもある。
東照宮の唐門に描かれている、「恙の足は金環で留めてある」ので良かったが、これが放たれたら大変な事になる。

尚、「恙虫」は、ツツガムシ科のダニの総称。 ツツガムシの幼虫に刺されて起る急性伝染病の病原体は、リケッチア‐ツツガムシといい、患部は壊疽(えそ)に陥り潰瘍を作る。



次回、日光東照宮 「本殿唐門の白檀」









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tag : 東照宮 本殿唐門の恙(つつが)

83、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮本殿・唐門」








83、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮本殿・唐門






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http://livedoor.blogimg.jp/ihitihit/imgs/c/0/c0208699.jpg


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/e2/e2104be199cd8cb5752856a1fa6c35d7.jpg?random=98d21f2b28f77647ff67226bd3669e1c
本殿と透塀





陽明門をくぐると、正面には一段と厳かな一角が現れます。 
中央には唐門を配し、奥に拝殿・本殿が鎮座していて、又、唐門の左右には華麗な彫刻を配した透塀(すきべい、玉垣)が、拝殿、本殿を取囲んでいる。
この唐門の内側は、江戸期には大名や将軍に拝謁できる身分の幕臣だけが使えたそうで、又、正月や大祭などの祭礼のときに、国賓に相当する参拝者のみが使えたそうです。

唐門の屋根上の正面と背面には恙(つつが ※)、東西(左右)には龍(りゅう)の奇獣を配しています。

恙 、龍共に出来栄えが見事なあまり、どこかへ行ってしまわないようにと、恙の足は金環で留めてあり、龍もその鰭(翼)を切って飛んで行かないようにしてあると言われます。

又、唐門の上部には、舜帝の朝見の儀というのが彫られていて、中央にいるのは中国の伝説上の皇帝・舜帝であり、舜帝は中国でも最も理想の聖天子とされ、日本の「平成」という元号は、舜帝の「内平外成」の言葉から選ばれていると言います。

舜帝は、中国神話に登場する帝であるが、若年の頃は苦労が耐えながら数十年間帝位に付いて善政を施したとされている。
家康は、幼少の頃は人質になるなど、辛苦を嘗めるが、やがて、信長、秀吉に認められ、やがて天下を治めて、善政を行う。
若しかして、家康は中国故事の人物・舜帝に準えた(なぞらえた)のかも知れない。



次回、「東照宮 本殿唐門の恙(つつが)」







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82、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神楽殿とお神楽」





  82、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・神楽殿とお神楽」  




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http://jin3.jp/photo10-c/kagura.jpg



http://i.ytimg.com/vi/HC9gsCyIMmA/hqdefault.jpg






一般に庶民の郷社や里宮をはじめ、規模が大きくなるほどに神社、社の境内には、歌舞小屋(芝居小屋)や舞殿、神楽殿といった、神と一緒になって歌や踊りなどの歌舞、音曲、浄瑠璃、人形芝居などが演じられています。

そも、「神楽」の歴史はかなり古く、古事記や日本書紀にも記されている。
有名な神話では、弟のスサノオ(素戔嗚命)の悪行に困り果てたアマテラス(天照大神)が、岩屋戸(洞窟)に引きこもってしまったので、この世は真暗闇となってしまう。 
他の神々は、何とかアマテラスを連れ出そうと策を練り、そこで、天鈿女命(アマノウズメ)が登場して、エロチックに踊ってた隙にアマテラスを岩戸から連れ出す、というのが歌、舞の最初と解釈されている。

神楽とは、神座(かみくら)とも言い、神が舞い降りつところを意味します。
神座に神々を降ろし、巫・巫女が集まった人々のけがれを祓ったり、神懸かりとなって神の意志を伝えたり、また人の側からは願望が伝えられるなど、神と人とが一体となり繰り広げる「宴」の場所でもあります。

そこで歌舞が、神楽と呼ばれるようになったとされ、神職による、神の御心を和ませるための神事を、後に土地の芸能として演舞されるようになり、神社の祭典に奉納するものです。

つまり、祭りの神事で神座に神を下ろし、巫女などによって鎮魂や神の意思を伝え、^^一方では、神の意思を下々に伝えるというもので、その伝える処方として、歌舞で宴を催すことであり、その場所が神楽殿だったのです。


次回、日光東照宮  「本殿・唐門」









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