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120、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議、五重塔の耐震構造(Ⅱ)」





  120、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議、五重塔の耐震構造(Ⅱ)」  





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日光東照宮の五重塔の耐震構造


現在(2012年)、世界遺産・日光東照宮の五重塔の初重内部の心柱が特別公開されています。

塔の中心に心柱(しんばしら)が据えられ、その優れた耐震構造は高く評価されています。
5月にグランドオープンした東京スカイツリーもこの耐震システムを応用して設計されたものと言われています。


日本に存在した数多くの五重塔は、火事や戦火で倒壊したものの、地震により倒壊した事例は歴史上ないそうです。

内部を貫く心柱や重い瓦屋根で安定させるなど、優れた免震システムが備わっているとか。
日本の五重塔は「免震システムの教科書」と言われ、高層ビル建築の参考にされているそうです。

平年24年5月に開業した東京スカイツリーの免震システムも日本最古の法隆寺の五重塔を参考にしたと言われています。

その開業を記念して、東京スカイツリー開業日より平成25年3月31日まで、その内部を初めて一般公開しています。次回の公開は未定とのことなので、ぜひこの機会に訪ねてみてください。

五重塔の大黒柱でもある心柱は黄金に輝き、普段は見ることのできない側面や背面の豪華な彫刻を観覧することができます。
  
・特別公開の内容 : 五重塔の初重(一層目)の内部の金に彩られた
               心柱等と初重外回りの十二支の彫刻        
・特別公開期間  : 平成24年5月22日(火)~平成25年3月31日(日)
・拝観料       : 300円


今回の特別公開は、東照宮400年祭(2015年)のプレ企画として実施されているものです。

真ん中が心柱、全体に漆塗り・彩色・漆箔がきらびやかに施されています。
この心柱は縁下の礎石には触れてなくて、中吊り状態になっているそうで、但し心柱の周りの4本の柱はしっかり礎石に密着しています。

塔の先端部分の標高が681.215m、基底部の標高が646.751mであり、石鳥居手前の参道の途中がスカイツリーと同じ高さの標高の634mだそうです。


心柱が四重部分の梁から吊り下げられて浮いています。
時を経て重みで塔身が縮んだ際にも心柱が五重の屋根を突き抜けてしまわないよう江戸時代に考え出された工法です。
このように、塔身と分離した心柱が免新機能をはたしていると考えられています。



次回、「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」







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tag : 東照宮の不思議、五重塔の耐震構造(Ⅱ)

119、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮五重塔の不思議」





  119、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮五重塔の不思議」  




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東照宮の不思議、五重塔の耐震性、

東照宮境内入り口にある五重塔に、「不思議」が有るといわれる。
不思議とは、「五重塔の心柱が宙に浮いている」のである。
実はこれは、不思議ではなく科学的にも、理由は解明されている。


五重塔の1層目に当たる初重内部には、直径約60センチの心柱に金箔が施され、周囲の梁や柱に描かれた極彩色の模様や竜などが間近で見られるそうである。 
また、五重塔の心柱は塔の四層から鎖で吊り下げられており、礎石(そせき)からは浮いているという。 
これは経年で塔身が縮んだ際に、地上に据えた心柱が五重の屋根を突き抜けてしまわないための工夫がされているそうである。


そして更に、地震の際にこの構造こそ、揺れを吸収してしまう造りであるとされている。
1683年9月に、「日光山大地震」(震度6)と言われる強烈な地震に襲われているが、この時既に、五重塔は建造されていたはずである。 

だが、この五重塔が壊れたとか、倒壊したという記録は無いらしい。



今年(2012年)、建築が終了してグランドオープンの運びとなった「東京スカイツリー」は、真に、この耐震システムを応用して設計されたものと言われています。

又、五重塔の建つ場所の標高は、奇しくも東京スカイツリーとほぼ同じ高さであり、今回、日光東照宮により、東照宮400年祭(2015年)のプレ企画として、特別公開が行われることになったという。



今年公開された、「東京スカイツリー」も、五重塔の構造を参考に、心柱的な構造を採用しているといわれる。
日光東照宮五重塔は、塔の中心に心柱(しんばしら)が据えらていることで、今、その優れた耐震構造が高く評価されているのである。

今でも通用する当時の技術の高さは、驚嘆に値する能力だったのである。




次回、「東照宮の不思議、五重塔の耐震構造(Ⅱ)」









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tag : 東照宮五重塔の不思議

118、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮陽明門のグリ紋の不思議」





  
118、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮陽明門のグリ紋の不思議」  





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陽明門は12本の「グリ紋」と呼ばれる渦巻き文様が彫られた白い柱で支えられています。
正面:4本、背面:4本、中央部:4本



http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/75/53600875/img_8?1381472456
正常な柱の上向き渦巻き文様 (猿の顔みたいに見えます。)


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/75/53600875/img_9?1381472456
逆柱の下向き渦巻き文様 
間違えて彫ったわけでなく、魔除けのために意識的に逆の文様を彫ったものです。




東照宮の不思議、陽明門のグリ紋彫刻

陽明門は、12本(正面:4本、背面:4本、中央部:4本)の「グリ紋」と呼ばれる渦巻き文様が彫られた白い柱で支えられている。
しかし、この中の1本だけ渦巻き文様の向きが逆になっている柱が背面にある。

何故か・・?。

東照宮の建物には、このように一箇所だけ他とは異なる仕様に仕上げている細工が、あちこちで見られます。
この理由として言われているのが、
『 完成された建物は、いずれは崩壊する。正に完成した瞬間から崩壊が始まる 』という言い伝えである。

建物自体の陽明門の逆柱は、未完成というわけではないが、敢えて1つだけ仕様を変えることで、まだ完成した完璧な建物ではないよということを表わしており、この後も衰退することは無い、つまり、徳川家の衰亡は絶対に無い、ということを暗示させているといわれる。
更に、この逆柱は、その意味を込めて魔除けの意味があるとされている。



【1箇所だけ仕様が異なる建物の例】 

★ 五重塔第5層の屋根の垂木の構造が他の4層と異なる。
   (1~4層:平行垂木、5層:放射状垂木)
★ 御水屋の西角だけが切り落とされた形になっている。(角切りの屋根)
★ 陽明門の左右の回廊の透かし彫りで右端の一つだけ大きさが小さい。
★ 陽明門の逆柱



次回、「東照宮五重塔の不思議」





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tag : 東照宮陽明門のグリ紋の不思議

117、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の回転燭台の不思議」






  117、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の回転燭台の不思議」  





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回転灯篭(オランダ寄贈)



オランダ寄贈の回転灯篭の逆さ葵紋(九箇所)



正規の三つ葉葵の御紋



東照宮の不思議、各種燈籠の一つ回転燭台

陽明門の直ぐ下に「回転燭台」というのがある。(向かって左側)
寛永20年(1643)、オランダから奉納された豪華な燭台だそうで、蝋燭(ろうそく)に灯を燈すと自然に回転するといわれる。

(余談だが、我が家のひな祭りの節句に飾る「雛飾り」の最上段、内裏雛の両サイドに燭台を併せて飾っているが、燭台に灯り(電球)を灯すと、その熱によってカバー全体が回転する仕組みになっている。)

回転燭台を見渡して、眼のいい人、感のいい人は、何かの異常に気が付くはずである・・?。
この燭台の上部を良く見ると、徳川家康の家紋である「三つ葉葵」が逆さまになっている・・?。 

これは「逆紋の廻り燈籠」とも言われているらしい。
通常の「三つ葉葵」の形は、上から1葉・2葉の巡になっているが、この燭台の文様の8箇所全てが、上から2葉・1葉の形になっているのである。

オランダ人の技術者達が、母国で精魂込めて作ったもので、この事はただの“うっかり”したミスだったそうである。 
家康自身は、その出来栄えの見事さと悪意がなかったことから、特にお咎めはなかったそうで、従って、現状のままになっているのである。

因みに、東照宮境内には各種灯篭が無数に存在するが、特に陽明門透塀の内側の周辺に、ずらりと並ぶ唐銅製の燈籠は、10万石以上の諸大名から寄進されたものといわれる。
境内には、石燈籠と合わせて315基にものぼるという。



次回、東照宮の不思議、陽明門のグリ紋








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tag : 東照宮の回転燭台の不思議

116、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議、明智は天海・・?、」




116、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議、明智は天海・・?、





http://ts2.mm.bing.net/th?id=HN.607995879950125731&pid=1.7



http://www.bs-tbs.co.jp/rival/img/bknm/ph32-1.jpg



http://livedoor.blogimg.jp/jidai2005/imgs/6/3/634f0cfa.jpg
天海僧正と明智光秀 像



東照宮の不思議、明智光秀は天海僧正・・?、

家康の死後、久能山東照宮に眠っていた家康の死骸を日光へと改葬した人物が「天海」である。
特に、家康の信任が非常に厚く、天台宗の僧侶としてだけでなく、政治や軍事顧問としても常に家康の側に控え、家康に進言した意見はすべて採用されたと「徳川実紀」にも書かれている。
家康の死後も秀忠、家光に仕えたが、この天海の正体が本能寺で織田信長を討ちながら、豊臣秀吉に返り討ちにあった「明智光秀」であるとする説がある・・!!。

明智光秀=南光坊天海と言う説の根拠として、

1. 日光東照宮に光秀の家紋である桔梗の彫り細工が多数あること
2. 日光に明智平と呼ばれる区域があること
3. 秀忠の秀と家光の光は光秀、家綱の綱は光秀の父の光綱、家継の継は光秀の祖父の光継の名に由来してつけたのではないかという推測
4. 光秀が亡くなったはずの天正10年(1582年)以後に、比叡山に光秀の名で寄進された石碑が残っていること
5. 学僧であるはずの天海が着たとされる鎧が残っていること
6. 光秀の家老斎藤利三の娘が徳川家光の乳母(春日局)になったこと

などがあげらるが、果たして・・?。
桔梗紋に関しては、
加藤清正など多くの武将が使用しており、光秀の紋とは断定は出来ないと思われるが、これだけ状況証拠がそろうと、明智光秀=南光坊天海もなかなか否定は出来ないのかなとも思われる。


次回、東照宮の不思議、各種燈籠の一つ回転燭台







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115、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・随身像の家紋の不思議」




  115、日光の世界遺産;二社一寺 「陽明門・随身像の家紋の不思議」  





http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/26033001208.jpg




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東照宮の不思議、陽明門の随身像の家紋

陽明門の両側の柱内には本殿を守る随身像が安置されている。
随身像の袴の家紋が、織田信長の家紋「木瓜」や明智光秀の家紋「桔梗」に似ているので注目されている。

東照宮内に、徳川家の三つ葉葵紋以外に無数の桔梗紋が隠されているのはなぜなのか・・?、誰の家紋なのか・・?、家康を神とする東照宮のボディガードになぜ光秀が(謀反の象徴とさえ言われる人物なのに)・・?、しかも、家康の干支である虎の敷物に座って、偉そうに。

豊臣家滅亡に執念を燃やした南光坊天海となった明智光秀のものではないかという説がある一方で、徳川家康の江戸入府以前の初期江戸城を築城した太田道灌の桔梗紋ではないかという説もある。
日光東照宮は、江戸を風水で守るために築かれたと言い、江戸の創始者である太田道灌に江戸を守護させるというのは説得力があるようにも思えるが。

ここで、日光東照宮造営の立役者である南光坊天海のことを忘れてはならない。
実は天海の出自は光秀と同じ土岐氏であると言われていて、天海の父といわれる船木景光は清和源氏頼光流土岐氏の庶流であり、この点で光秀と全く同じであるとされる。
もし、これが真実であるならば、日光の桔梗紋には何の不思議もない。

この日光東照宮をプロデュースした、南光坊天海は家康の最高ブレーンであったらしく、さらに面白いのは、光秀こそが天海そのものだとする人もいる。


次回、東照宮の不思議、明智光秀は天海僧正・・?、









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tag : 陽明門・随身像の家紋の不思議

113、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮石鳥居の下の天気予報ができる敷石」




  113、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮石鳥居の下の天気予報ができる敷石」  





http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/25516028789.jpg



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今回の日光東照宮の不思議は色の変化から天気予想ができるという敷石の話です。

境内入り口の石鳥居(一ノ鳥居)の手前の緩やかな傾斜の石段を登りつめた10段目、石鳥居の「東照大権現」の額の下あたりに「照り降りの石」という敷石があります。

あまり大きな石ではないので気がつかないで通り過ぎてしまう人が多いようです。横長の長方形で右斜め半分の色がやや濃い敷石が1つだけあります。

 
湿度が高くなってくるとこの右斜め半分の色が段々濃くなって境目がはっきりくっきりとしてくるので雨が近いということが予測できるそうです。

この日は快晴で雨の気配は全然ない日でしたが、境目は識別できました。
雨が近づくとこの色差がもっと大きくなるんでしょう。

乾いた砂が水に濡れて色が濃くなる現象と似ていますね。
この敷石の材質はよく分かりませんが、この石を切り出したところが断層になっていて性質の異なる地層が石化したのではないかと推測できます。




次回、東照宮の不思議、東照宮と陰陽道、








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112、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮入口の遠近法の不思議」





112、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮入口の遠近法の不思議






http://ts1.mm.bing.net/th?id=HN.608012419862564778&pid=1.7



http://nikkotoshogu.com/html/tosyogu/file/torii2.gif






東照宮の不思議、入口部の遠近法

東照宮へ至る表参道は、石鳥居までの真っ直ぐな道なのだが、これにはちょっと仕掛があった。 手前(南側)と奥(石鳥居側)とで、道幅が8mも違っているのである・・?。  
つまり、奥に行くほど広がっていて、細長~い台形になっているのである。

このことは、参道下から見た石鳥居は近くに感じるのだが、着いてみてふと振り返ると歩いてきた参道がやけに長く見えるのである。

これは遠近法と言われる手法の一つで、人の目や感覚を上手に利用したもので、視覚表現の分野で広く使用されているものでもある。



現地に到着して振り返ると、「あぁ、思ったよりも遠くへ来たもんだ」と感じて、大いに有難味が増すというもんである。 

見事な演出で、実は鎌倉八幡宮の参道で段葛といわれる大路がある。 この参道は、遠近法によって、道は宮に近づくほどせまくなっている。 
つまり、東照宮とは逆の方式になっているが、このことは、鶴岡八幡宮に向かって、近つくほどに狭くなるように見える視覚遠近法を利用したもので、軍事上において、長い道と錯覚させる為とも云われる。


次に、大鳥居前の石段から、奥へと登るにつれて先細りとなる。
こちらは、大鳥居までが実際よりも遠くに見える「遠近法」というのが用いられているといい、表参道の様子とは逆の形になっている。

この遠く感じさせることは、お宮本殿に近づくに従って、心を整理し、心を清めておきなさい、という暗示でもあるのだろう。

この遠近法は、他の場所でも確認する事が出来て、東照宮本殿の奥に進むに従い、柱の間隔は規則的に短くなり奥行きが感じれれるようになっているという。




次回、 「東照宮石鳥居の下の天気予報ができる敷石」







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111、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の絵柄、色彩の不思議」





  111、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の絵柄、色彩の不思議」  





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東照宮の不思議、絵柄・色彩

江戸時代初期の建築・美術・工芸の粋を集めた建造物と称される「日光東照宮」。
その豪壮華麗な姿を維持するため、およそ50年に1度の割合で大規模な修復作業が行われており、2007年からは「平成の大修理」と称される修復作業を財団法人・日光社寺文化財保存会が一手に行っている。

修復作業は「漆塗」と「彩色」の二つの部門に分かれ、それぞれを専門の職人が請け負う。
日光東照宮らしい煌びやかな彩色は、天然の“岩絵の具”と“金”で描かれている。

“岩絵の具”は大変貴重なうえ、風雨に弱いため、本来は屋外の装飾には適していない。しかし、400年前と同じ手法を継承するために、あえて現在でも“岩絵の具”を用い、当時と変わらない独特の極彩色を忠実に再現している。この難しい彩色を施して剥落した色を修復し、絵を再現するのが「彩色職人」の仕事である。

「彩色」の工程は、彩色作業の設計図である“見取り図”の作成から始まる。彩色職人は修復作業に入る前に必ず、修復する彫刻の姿とそれに施された彩色を細部に至るまで紙に描き起こし、これを元に作業を行っていく。
“見取り図”の作成は、写真では残すことができない繊細な彩色の細部を後世に伝える役割も果たすため、彩色職人にとっての大切な仕事の証でもある。

ところで、東照宮内部の建造物は、基本的に五色の色彩が配されているという。
具体的には、白・赤・黒・黄色(金)・青で、日光東照宮のシンボルともいえる陽明門に到るまで、訪れた人は五重塔、神厩、水盤舎、鐘楼等を通るが、次第に色彩が華やかになってきて、陽明門に至ると五色の色が全てが使用され、より華やかな色彩に包まれる。 
後に通る唐門、本殿、坂下門にも同様に確認出来る。

東照宮の色彩は、陰陽道における陰陽五行説によるとされ、魔除けの願いがこめられていると言われている。
陰陽五行では地球上のすべては五つの元素で成り立っているとされ、五元素を示す色が即ち、白・赤・黒・黄色(金)・青といい、東照宮もそれに習ったとされている。




次回、 「東照宮入口の遠近法の不思議」







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110、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の彫刻の不思議」







  110、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の彫刻の不思議」  







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http://www20.tok2.com/home/koichi76/casephoto/13/13019.jpg






東照宮の不思議 多種の彫刻類

有名な神殿に彫られた「見ざる・言わざる・聞かざる」の「三猿」や、「眠り猫」、「鳴龍」などは、三大絵柄ともいわれる。

猿は、古来から猿は馬の守り神とされているが、何で、「三つの○○ざる」なのか・・?、
猫は寝ているのか、寝たフリをしているのか、睨んでいるのか・・?、 鳴龍は、故意に作ったのか、偶然か・・?(現在、お堂内では「手は叩かないでください」ということになっているらしい)、 後世の人々はいろんな理屈、理由を付けているが、当初の頃の人々は、果たして同じ様な印象だったのか・・?。


上神庫の屋根妻面には狩野 探幽が下絵した「想像の象」という彫刻があり、「三猿」と「眠り猫」と共に日光三彫刻の1つとされている。

建物の側面に2頭の象の彫刻があるが、しかし、鋭い爪・・?、耳には金具・・?、それに、尻尾が4本・・?、と、無論、実物の象とは全く異なっている。
当時象は見た人がほとんどいない珍しい動物で人からの又聞きで特徴を聞き、想像力で膨らませて像を描いたそうです。 つまり想像上の象なのです。



次回、東照宮の不思議、絵柄・色彩






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109、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議」







  109、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の不思議」  





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日光東照宮の不思議と家康、
 
日本を代表する社寺として、1999年に世界遺産に登録もされている日光東照宮。
元々、徳川家康の「日光に小さな堂を建立して祀るように」という、遺言に基づき建造されたそうで、3代将軍の座に就き家康を崇拝していた家光が、大規模な社殿の造営を命じる。

徳川幕府の威信をかけ、日光東照宮の造営が進められ、工事に関わった総延べ人数は650万人にも上る。1日平均に換算すると1万3000人になる。費用も当然莫大であり、完成までに現在の貨幣価値にして数百億円がつぎこまれたといわれている。

42棟ある日光東照宮の建物群を観に訪れた人に、強烈な印象を与えるのが建物群の多彩な色合いと、建物に彫られた数え切れないほどの彫刻の数々であろう。

その大権現・徳川家康自身のことであるが、遺骸は日光東照宮ではなく、静岡県の久能山東照宮に埋葬されている。

徳川家康は元和2年(1616)4月17日に75歳の生涯を閉じた。

天下人であった家康の遺言により、亡くなったその日のうちに久能山に葬り、 二代将軍秀忠の手により創建されたのが久能山東照宮である。
そして1年後、元和3年(1617)に、これも遺言に従って御霊は日光の東照宮に移されたが、
御遺骸は依然として久能山東照宮の境内奥にある神廟に眠っているという。 つまり、身体と魂が別々に祀られているために久能山と日光に東照宮が2つあるのだ。

更に、御位牌は、生まれ故郷の岡崎にある菩提寺の「大樹寺」に納められているという。



次回、「東照宮の彫刻の不思議」








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108、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮=徳川家康」





108、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮=徳川家康




http://www.busyo.org/media/date_masamune.jpg


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http://ts3.mm.bing.net/th?id=HN.607992413905618741&pid=1.7




天下統一を果たし、270年にも及んだ江戸幕府を開いた家康は1542年、当時、松平氏として岡崎で生誕している。 
幼少の頃は苦労の連続で今川氏の駿府城下、家康は今川家の人質として19歳までの12年間を過ごしている。
不自由な生活に耐えることで忍耐強い性格がここで形成されるのです。

織田信長の台頭により岡崎城主として復活している。 
後に浜松に城を移し、城主となった1572年、上洛中の信玄に「三方ヶ原の戦い」で大敗を喫する、家康初の敗戦である。 
その後、織田信長、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)と手を結び、次第に勢力を伸ばしていった。

両氏亡き後、天下分け目の戦いと言われる「関ヶ原の合戦」で、徳川東軍を勝利に導き、更に、豊臣遺子(秀頼)を「大阪の陣」で滅亡させる。

1603年、江戸に幕府を開き徳川政権下、征夷大将軍になったが、わずか2年で秀忠に将軍職を譲り、駿府に戻って大御所と呼ばれるようになった。

晩年になって、天下統一を果たした家康は、忍従と波乱に満ちたの一生であったといえる。


家康公の遺訓として、

『 人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし、心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし。 堪忍は無事長久に基、怒りは敵と思え。 勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る、己をせめて人をせめるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり 』


『 人はただ 身のほどを知れ 草の葉の
        露も重きは 落つるものかな 』  家康

1541~1616年、75歳の生涯を駿府(静岡)で、その幕を閉じている。



次回からは、東照宮の不思議   









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107、日光の世界遺産;二社一寺 「東照神君=東照大権現」




  107、日光の世界遺産;二社一寺 「東照神君=東照大権現」  

 



http://www.geocities.jp/moriysilver/meisho01/DSCN74894.jpg









http://roundearth.up.seesaa.net/image/B2E8C1FC20938.jpg






徳川家康の権号は、「東照神君・東照権現」とも言われます。

徳川家康は1616年、75歳で駿府城で死去している。
遺言により、久能山東照宮に遺骸が埋葬された。
久能山は、「あたかも桶を伏せたるが如く」といわれるような、断崖に囲まれた天然の要害の地であります。

家康は死の真際に望んで、西の諸大名が異心を抱き、謀反など発起させぬよう、睨みを効かす為に険峻高地の久能山にその菩提寺を選び、亡骸を西側に向かせて葬るように、と遺言したといいます。


二代将軍秀忠により、権現造の極彩色で造営された社殿は、荘厳な雰囲気で見る者を圧倒したといいます。

家康公は後に「東照神君・東照権現」となり、平和、開運、学問、厄除の神として崇められ、全国東照宮の根本大本社として幅広い崇敬を受けているのです。

祭神は「正一位 徳川家康公」、相殿に「正一位 豊臣秀吉公」、「正一位 織田信長公」を祀っています。 

因みに、正一位とは平安期、律令制における官位のことで、いずれも天皇から授かる。 一から五位まで正と従があり、正一位は最高官位にあたります。

20年の後に、三代将軍家光によって、御霊(みたま)は日光東照宮へ移されるのです。
 

ご存知、三者を現した句に、

『 啼かぬなら 殺してしまえ 不如帰 』  信長
『 啼かぬなら 啼かせてみよう ホトトギス 』  秀吉
『 啼かぬなら 啼くまで待とう ほととぎす 』   家康



次回、「東照宮=徳川家康」







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tag : 東照神君=東照大権現

106、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅳ」





  106、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅳ」  





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http://shinshizo.com/wp-content/uploads/2012/05/006-2-2.jpg



http://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/12/db007252c791bc9e6673dfe380a41c6d1a4b7f21.31.1.12.2.jpeg
東照宮の動物達の彫刻




大阪城の天守の中には、豊臣秀吉の存命の頃は、金銀財宝が唸りを上げていたといわれる。

慶長3年(1598年)6月、病床にあった秀吉は、豊臣家の将来・危急の時のために、大阪城御金蔵にあった4億5千万両(現在では約200兆円)を摂津の国、多田銀山の21カ所に分けて埋蔵したとう伝承があるそうです。


家康が、豊臣秀頼の財宝を消耗させる為、多くの仏閣・神社を建立・修復させたとされているが、(この中にあの釣鐘騒動の方広寺も含まれる。「君臣豊楽 国家安康」である)焼け落ちた大阪城からは、あと数回は余裕で合戦が出来るほどの金銀が出てきたとも言いわれる。
大坂の陣の頃の豊臣家は石高僅か60万石程であるが、財宝は凄まじいほどで、この財宝をばらまき、浪人を集めたともいわれてます。


大坂の陣の後、徳川政権になって、豊臣家から財産、財宝を押収したのは、大阪城をはじめ埋蔵された財宝、埋蔵金を、全てではないであろうが、半分に見積もっても100兆円である。
100兆円は、現在の国家予算でもあるが、当時は、徳川一藩における金額であるから、いかに巨額であったかが判ります。

三代将軍の家光は、懐に100兆円の財産を抱え、祖父・家康のためほんの一部の軍資金(建設費用)を日光・東照宮のために出したのであろう。 

家光は、『費用お構いなし』、即ち経費はいくらかかっても良いと命じていたのである。
そして、家光死後、四代家綱は、ほんの一部を捻出して遺訓にしたがって日光に大猷院(家光廟所)を建立したのかもしれないのです。


次回、東照権現である徳川家康のこと、「東照神君=東照大権現」








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105、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅲ」





105、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅲ」



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陽明門の彫刻


http://uda1.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_da0/uda1/IMG_4914-a07f6.jpg?c=a1



 http://uda1.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_da0/uda1/m_IMG_4913.jpg?c=a1
東照宮の動物達




ところで今、東照宮と同じ建物を建てたら、一体幾らかかるんだろうか・・?、
現在のお金で計算すると少なくても8千億円は下らないだろう・・?、 
否、ヘタをすると一兆円を下らないのでは・・?。

それについて本件に関して、面白い記述がありました。
『 数千億とか、1兆円単位になるのか・・!!。 1兆円と軽くいうけど、1億円の1万倍だ。 1億の宝くじが1万回当たってやっと1兆円になる。 1億円以上は100億も1兆も同じと思いがちだけど、全然違う。』

仮定の話で恐縮だが、因みに、日本全体の国家予算で一兆円という時代は、そう遠くない過去にありました。 
昭和30年(1955年)前後であり、その時代は日本はこの後高度経済へ向かおうとする年代でもあった。

そして、一兆円というのは、今の国家予算の100分の1程度であり、東照宮の建設諸経費が一兆円というのは、やはり納得できる数字でもあるようです。

だが・・!、  

東照宮の豪奢な創造物は、徳川家の権威の象徴として造られたものである。
然るに、幕府の財貨、財宝のみにあらず、各藩からの相当の出資があったことは想像に難くない。 

関が原から大阪の陣が終わってから、家光将軍就任まで数年、家光死後まで30数年しか経っておらず、未だ世は武断政治であり、外様大名をはじめ諸藩も財政的に余裕は全く無かった時代でもあった。

しかし、家光の時代には、江戸城をはじめ幕府直轄地における御金蔵にはあったのである。



次回も「東照宮の再建の資金」








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tag : 東照宮の再建の費用

104、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅱ」






  104、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用・Ⅱ」  




http://www.toshogu.jp/keidai/images/map.jpg



http://kaorun2480.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_f66/kaorun2480/PE697A5E58589E69DB1E785A7E5AEAEE4BA94E9878DE5A194.jpg?c=a0



http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/a6/f331d11678374b8aeef05758e975eeef.jpg




総工費は、金56万8千両、銀100貫目、米1千石。
前記の『日光山東照宮大権現様造営御目録』には当時のレートも記載されていて、それによれば、金1両は米1石2斗、銀では64匁になるそうです。

これを現在の標準米の価格で計算すると、1両は約8万円になり、総工費は約456億円になるそうです。


しかし、単純な米価計算では安すぎて実情に合わない。
当時の大工の日当は、彫物大工が米7升5合、普通の大工(職人)が6升5合とあり、平均すると大工は一日、米7升ということになります。
現在の大工の日当からすれば、実質は約4~5倍になる。


これを基準に修正すると、総工費は2千億円になります。 
しかし、これでもまだ安いと・・!。

以前、宇都宮大学の小西氏の計算では、GNP(国民総生産)の2・8%、つまり、現在の我が国の自衛隊の年間予算の約2・8倍に相当する。
その経費はすべて、徳川幕府の支出であり、まさに威信をかけた大事業だったことが解ります。

この時、三代将軍の家光は「費用お構いなし」、すなわち経費はいくらかかっても良いと命じていたという。

竣工直後に「総工事費は概算で約100万両」と言われ、現在のお金で計算すると少なくても8千億円から一兆円は下らないだろうとも言われているのです。



次回も、「東照宮の再建の費用・Ⅲ」







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103、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用」





103、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建の費用



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cd/Nikko_Yomeimon_M3135.jpg/800px-Nikko_Yomeimon_M3135.jpg


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1b/Nikko_Toshogu_Yomeimon_M3249.jpg/1024px-Nikko_Toshogu_Yomeimon_M3249.jpg


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/10/NikkoYomeimonInsideView5200.jpg/1024px-NikkoYomeimonInsideView5200.jpg
陽明門;正面、背面、北東の各方向から、



この日光東照宮の収支決算書である『日光山東照宮大権現様造営御目録』に記された控え書によれば、大工・木挽(こびき)などの延べ人数は約170万人、雑役が280万人、総合計は453万3648人になると記されているそうです。

しかし、出来高払いの絵画・彩色・漆・金具・屋根の工事には、これらの人数は含まれていないといいます。

今日の修理の実情から試算すれば、少なく見積もっても、それらの仕事には延べ200万人を要しただろうと言われています。
したがって総延べ人数は約650万人、日割り計算をすれば、一日平均約1万3千人が働いていることになります。


さらに、工事の監督や警備の為に近隣の大名に御手伝いが命じられ、これに動員された役人の数は、延べ45万人にも及んでいるといい、当時の人口を考えれば驚異的な数字であるとされています。



この東照宮の再建工事が竣工したあとで、家光は造営に当たった総責任者である秋元泰朝に出費した金額について、つまり、費やした総工費用を質問したところ、「早急の工事のことでありまして、実は100万両ほど掛かりました」と答えたという。

その答えに対して家光自身は、「おお、左様か、100万両とは思ったより安く出来たもんだな」と軽く言ったとされています。



次回更に、「東照宮の再建の費用







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102、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建・Ⅱ」 




  102、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建・Ⅱ」  





http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/47/%E6%97%A5%E5%85%89%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE%E9%99%BD%E6%98%8E%E9%96%80001.jpg


http://art4.photozou.jp/pub/882/5882/photo/101966_624.jpg


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/bb/a87a4f304b94b536889ae78d3060b70e.jpg


http://livedoor.blogimg.jp/quack_r/imgs/d/a/da788a10.JPG
東照宮の三名物




東照宮再建のため、全国から多くの大工、画家、彫刻家、などの美術家が日光に呼寄せられたが、中でも狩野探幽、左甚五郎の名が良く知られています。
ご存知、東照宮再建に携わった人々んの殆どは、不出世の名工だといわれています。

境内の特徴は、自然の地形を生かした参道や階段を用い、バランス良く配置された社殿群が荘厳な宗教的空間をつくりだしていることで、更に、建物には漆(うるし)等による極彩色が施され、柱などには数多くの彫刻が飾られていて、これらは単なるデザインではなく、信仰形態や学問・思想が表されているのが特徴とされているのです。

東照宮には、徳川家康のほか源頼朝、豊臣秀吉の三公も祭られています。

日光東照宮は、今日の久能山東照宮とほぼ同じ規模だと言われている。
三代将軍家光は、祖父・家康を熱烈に崇拝していて、それも大奥の春日局の影響だとも言われています。

父・大御所である秀忠(二代将軍)が没し、名実共に幕府の全権を握ると、日光東照宮の全面的な建て替えを計画します。
鎮座から約20年を経た寛永13年(1636)、家康の21回忌に完成した大改造は伊勢神宮の20年ごとの式年遷宮に習ったとも言われています。

造営奉行には秋元但馬守泰朝、設計施工は幕府の作事方大棟梁の甲良豊後守宗広、大工棟梁は中井家が担当、絵画部門は狩野探幽が担当したといいます。

工期は寛永11年11月から、わずか1年5ヶ月。それだけに動員された人数は膨大な数に上っているといいます


次回、東照宮の再建の費用」







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101、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建」






 101、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の再建」  





http://www.toshogu.jp/keidai/images/map.jpg




http://wadaphoto.jp/japan/images/nikko48l.jpg





東照宮という神号は、徳川初代将軍家康公の死去後、当時の後水尾天皇から、正保2年(1645年)11月に贈られたもので、それ以前は東照社と呼ばれていたらしいです。

家康公の死後、遺言に従って家康公の息子二代将軍秀忠は日光に廟をつくり、廟は元和3年(1617年)に完成し、家康公の尊骸は4月に日光に改葬された。

しかし、廟の規模が小さかったため家康公の孫の三代将軍家光公は、寛永元年(1636年)大規模なものに大幅に改築再建したのです。

東照宮は政治的にも利用され、例祭には朝廷から奉幣使(天皇の勅使)が派遣されたり朝鮮通信使が参拝に訪れたりし幕府、将軍家の権威付けが行われたのです。

当初から天海僧上の主張もあり山王一実神道(比叡山の天台宗側から出た神道説)による神仏混合を採用し、薬師如来を本地仏を祀り他の日光山内の社寺と渾然一体となっていたたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により東照宮、二荒山神社、輪王寺の「二社一寺」に集約され東照宮は改めて正式の神社となっています。

東照宮は現在でも多く社殿や寺宝を所持していますが特に本殿、石の間、拝殿、陽明門、回廊などは国宝に指定され、「三猿」、「眠り猫」、「想像の象」などの彫刻は日光三彫刻として名を馳せているのは周知です。
境内は輪王寺本坊、大猷院廟、二荒山神社などと共に「日光山内」として国指定史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されているのです。


次回も東照宮の再建








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