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139、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・親子杉と夫婦杉」







  139、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・親子杉と夫婦杉」  






http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-c0-25/osharetenshi/folder/1218514/54/36755254/img_7?1398286260
神苑入り口の杉の大木







親子杉と夫婦杉



http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/01109090769.jpg
二荒山神社神門と杉




日光は杉の樹木が良く似合う地域で、杉並木は勿論、日光山内全域にわたって数百年の杉の巨木が目立ち、雰囲気を一層、重々しい景観を形造っている。

中でも、二荒山神社の境内にある親子杉と夫婦杉は、縁結びの神社に相応しい樹姿で、偉大でパワーを感じます。 
共に、根は一つで、3本と2本の杉となっているという。

御祭神の3社に因んで、家庭円満の親子杉と呼ばれ、2本杉は夫婦円満のご神木とされている



二荒山神社の本社は、恒例山という小さな山の南麓に鎮座していて、境内には神域にふさわしい多数の老木・巨木が立ち並び、親子杉、三本杉、夫婦杉など、御神木として人々の信仰を集めているものが多い。



親子杉、三本杉、夫婦杉などは、木の幹は別にしても、根っこの部分や幹の高さ10mほどの高さになると、杉樹の間で枝が繋がっていて、所謂、仲良く枝が重なり合って、合体木の様なすがたであろう。 

又、杉は直立不動の樹姿も良く、屋久島の縄文杉を例に取るまでもなく、自然の杉は元より、人工の植林杉も到っても数百年という長生きの樹木である。 

このあたりも、何か人間臭さを感じさせる巨木なのである。




日本全国に多くの「夫婦杉」がある。

日光二荒山神社を含めて、熊野古道大門坂、富山県五箇山、宮崎県高千穂神社、静岡県小山町の湯船八幡神社、別府の八幡朝見神社、滋賀県湖東の西明寺などなど。

それらの夫婦杉は、根っこが繋がっていたり、単純に二本並んで生えているだけだったり、中には、この夫婦杉が空中の高いところで太い枝がつながっている、珍しい夫婦杉もあるという。




次回、「二荒山神社・神苑と槇」






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tag : 親子杉と夫婦杉

138、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・下野総鎮守」





  138、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・下野総鎮守」  








http://www.hunterslog.net/dragonology/ryujatan/kantou/nikkou/img/02.png
日光二荒山神社


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/0/04/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E4%BA%8C%E8%8D%92%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_%E9%B3%A5%E5%B1%85.JPG



http://www.fukei-kabegami.com/cgi-bin/photo2/384/6368/1024-768.jpg
宇都宮二荒山神社






日光二荒山神社は、江戸時代までは神領約70郷という広大な社地を有していたという。

今日でも、日光三山を含む日光連山8峰(男体山・女峰山・太郎山・奥白根山・前白根山・大真名子山・小真名子山・赤薙山)や華厳滝、いろは坂などを境内に含み、その広さは3,400ヘクタールという、伊勢神宮に次ぐ面積となっている。


二荒山神社の創建は、神護景雲元年(767)勝道上人が二荒山(男体山)の神を現在の本宮神社境内に勧請したのが始まりと伝えられている。

延暦元年(782)には、男体山頂に祠(現在の二荒山神社奥宮)を建立した後は、二荒山修験道の基礎となり、以降、神仏習合の形態となる。

延暦3年(784)には山頂参拝が困難な事も鑑み、男体山麓に二荒山神社中宮祠を建立、弘仁11年(820)には空海が、女峰山の祭神である田心姫命を勧請し滝尾権現を建立して男体山の遥拝所とした。(後の新宮)。


以降、下野国一之宮、関東総鎮守として広く信仰され、鎌倉時代に入ると幕府、室町時代に入ると小田原北条氏から厚い崇敬を受ける。


戦国時代には庇護者である小田原北条氏に組みした為、豊臣秀吉と対立し北条氏が滅ぶと社領が認められないなどの弾圧を受け一時衰退するが、江戸時代に入り、日光の地に徳川家康が祀られることになると幕府から崇敬されるようになり社領の寄進や社殿の造営などが行われ、再び社運が隆盛することになる。


明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され神社として独立、二荒山神社本社となり、別宮として滝尾神社と本宮神社という形態が確立、明治6年(1873)には宇都宮の二荒山神社に加えて、社格は国幣中社に列している。



次回、「二荒山神社・親子杉と夫婦」






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tag : 下野総鎮守

137、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社;本殿と拝殿」






  137、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社;本殿と拝殿」  






http://www.hunterslog.net/dragonology/ryujatan/kantou/nikkou/img/02.png



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Nikko_Futarasan_Honden_M3325.jpg





序ながら、「神社の本殿と拝殿の違い」

神社に参拝して、鳥居の正面から一番よくみえる社殿のことを「本殿」と思っている人がいるようだが、多分、それは「拝殿」であろう。 


賽銭箱が置かれてあり、その上に鈴が垂れていて、ご祈祷するときなど、その奥に上がらせていただく場所は、神さまを拝礼するための建物であり、拝殿なのです。 

拝殿は本殿よりも前面に位置し、本殿よりも大きくて参拝者には最も目につく建物なので、拝殿を本殿と勘違いしてしまうのである。


本殿は、お祭りしている神さまのご神体(神霊が依りつく「依り代」)が安置されている神聖なる場所であり、神さまの御殿である。 これに対して、拝殿は人のための御殿であり、神さまへの祭祀、神職による祈祷、正式参拝もこの拝殿で行われるのですね。



神社には、拝殿と本殿がつながっていて、拝殿のすぐ奥が御扉のみえる本殿になっていることが多い。 

ところが、拝殿と本殿がかなり離れている「出雲大社」(拝殿は瑞垣内の中央に離れた建っている)、拝殿そのものがない「伊勢神宮」、「熱田神宮」(参道に沿って参拝門より本殿に向かって直に礼拝する)、本殿そのものがない「大神(おおみわ)神社」(大和の神で、御神体が三輪山のみ)、というように、神社によって形態が大きく違っている。


神社に参拝している人をみていると、拝殿や本殿の建物のみに心が向いていて、その奥に鎮座されている「神さま」に心を合わせておられない方が見受けられます。 

勿論、歴史・伝統の重みを感じることはとても大切ですが、折角の参拝ですので、拝殿からさらに奥の本殿の神さまに心が通じるお祈りをお勧めします。




次回、 「二荒山神社・下野総鎮守」







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tag : 本殿と拝殿

136、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社;出雲大社の本殿と拝殿」






  136、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社;出雲大社の本殿と拝殿」  




http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/b6/8106aec5fb14f4f53d2a81f478fb79e8.jpg
出雲大社、本殿


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/a5/0a2b8b01510e69f5d1a0ee6b694ca785.jpg
出雲大社、本殿祭神配列、






要するに、我々参拝者と主神・大国主とは直接接触を絶っているのであり、このことは大和五神が大国主を見張っていて、大和神の意に反すること、「祟り」を起こすための「行い」を監視しているともとれるのである。
このことは、神話における大国主の大和への「国譲り」の結果が現れているとも取れるのである。
(「国譲り」については長くなるので省略、興味をお持ちの方はお調べ下さい)
「日本一周の旅・出雲大社」; ;http://outdoor.geocities.jp/n_issyuu2005/nn-24-1.htm 

以上は、出雲の神の御神座が、横向き(西向き)であることの一つの説話であり、その理由については他にも諸説あるようです。


現在の二荒山本殿は、二代将軍・徳川秀忠が造営したもので、安土桃山様式の優美な「八棟造り」と言われる。 江戸初期の元和5年(1619)、に造営したという当時のままの、ただ1つの建造物として、重要文化財になっている。
尚、、本殿造営が2代将軍・秀忠公のよって寄進されたことは、明治35(1902)年の修理の際に発見された旧棟木片で確認されたといい、棟木片には、『御建立征夷大将軍源秀忠公』」と大書されており、『元和五年己未九月』の日付のほか、奉行、大工など工事責任者の名前まで書かれていたという。


規模は、間口11メートル、奥行き12メートルで、7メートルの向拝(社殿の正面階段の上に張り出した庇=ひさしの部分)がつく。 造形は、単層入母屋、千鳥破風(正面屋根の斜面に取り付けた装飾用の三角形の造り)など、趣向を凝らした造りになっている。
本殿の四方は縁側で、内部は弁柄漆の極彩色で、内部は内陣・外陣と分かれて、内陣に神霊がまつられている。
外部全面に飾り金具をほどこしているが、東照宮と比べると落ち着いた装飾といわれる。  



次回、 「二荒山神社;本殿と拝殿」







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tag : 二荒山神社;出雲大社の本殿と拝殿

135、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社の三神」






  135、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社の三神」  



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Nikko_Futarasan_Honden_M3325.jpg
二荒山神社・本殿




http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/b6/8106aec5fb14f4f53d2a81f478fb79e8.jpg
出雲大社、本殿


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/a5/0a2b8b01510e69f5d1a0ee6b694ca785.jpg
出雲大社、本殿祭神配列、




二荒山神社の三神は、其々、大己貴命(おおなむち;大国主命)、田心姫命(たごりひめ)、味耜高彦根命(あじすきたかひこね)の三神を祭っている。

そして余計なことであろうが、この二荒山神社三神は、どうゆう形や向きで鎮座されているかは我らの斟酌する立場に無いが、少なくとも参拝者に向かって正面をお向きになっていることだけは確かであろう。

ここで、小生が「日本一周の旅」で、出雲大社を巡った時に、本殿祭神について不思議なことを知らされたので記しておこう。

「日本一周の旅」; ;http://outdoor.geocities.jp/n_issyuu2005/nn-24-1.htm 




出雲大社の本殿内部の御神座の位置、配列が「奇妙」であるとされている。 
御神体・大国主神の神座が西向きで、参拝者から見ると横向き(そっぽ向き)になっているという。
大社造りの特徴は、妻側から拝む形式になっているが、神殿内部の平座では出雲の御神体・大国主神の他に、大和の五神が祀ってある。 

その配置の正方形の平座には左方奥隅に大和五神が正面に正対して鎮座し、右方奥隅に大国主が左方(西方)を見る形、つまり正面からは横向きになり、五神にお伺いをたてている、といった構図になっているのである。 


しかも、大国主が正面から直接見えぬように、中心に柱(「心御柱」といい、この柱が所謂、大黒柱の謂れであるとされる)を置いて目隠しのカーテンを施してあるという。 

従って、我等の出雲の神への礼拝は、傍に控える大和の五神に向かって拝礼している形になり、いかなる願いも大和の五神がチェックを入れてから、大国主に取次ぐという形になっているのというのである。 




次回、出雲の大国主神






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tag : 二荒山神社の三神

134、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・本殿三神」





  134、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・本殿三神」  




http://image.mapple.net/ospot/photol/09/00/12/9001207_3895_1.jpg
二荒山神社・拝殿



http://image.mapple.net/ospot/photol/09/00/11/22879PP044_07.JPG



http://image.mapple.net/ospot/photol/09/00/11/9001190_1780_1.jpg
輪王寺・護摩堂の本地仏(仏が神に成り代る)として、千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音を祀る。




さて本殿である。

本殿とは、そのうち御神体や祭神、神霊が奉られている境内社殿の中で、中心的な建物を指す。 
二荒山の主祭神は以下の三柱で、それぞれ日光三山の一山にあてられていて、総称して二荒山大神と呼ばれる。
自然神は男体山(二荒山;父神)、女峯山(母神)、太郎山(子神)で、其々、大己貴命(おおなむち;大国主命)、田心姫命(たごりひめ)、味耜高彦根命(あじすきたかひこね)の神として祭っている。

因みに、二荒山大神の別当寺とされる「輪王寺」では、本地仏(仏が神に成り代る)として、千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音を祀っている。



ところで、二荒山神社の主格となる祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)であり大国主命のことでもある。 無論、大国主命は出雲の国の大神で、出雲大社の主祭神である。

大国主命は、いわずとしれた日本の神さまのなかのスーパースターであり、出雲大社の縁結びの神さまの原点でもあり、有名な「因幡の白兎」の話の主役、あるいは七福神の大国様だということは誰でも知っている。

さらに、出雲神話の主役で、全国の国津神の総元締みたいな存在で、英雄神としての派手なことはやっていないが、少彦名神とコンビを組んで全国をめぐって国土の開拓、修理や保護、農業技術の指導、温泉開発や病気治療、医薬の普及、禁厭の法を制定、といった数々の業績を残した偉大な神であることも知られている。



ところが、ここで大事件が発生するのである。 
即ち、大国主命たちが開いた出雲族の国を、近年、振興してきた大和の国の大和族に奪われてしまったのである。
神話に登場する「国譲り」神話は、この国造の出雲家が、その権威をカサに大和族(朝廷・・?)から次第に剥奪され、ついには出雲大社の神官というだけの地位までに落とされ、現在の大社町を中心とする西出雲に押し込められた形となったとする経緯を今に伝えているのである。


神話に登場する当時の出雲の国は壮大で、九州北部から山陰、北陸、東北地方まで・・?
ともされていて、現に、大国主自身が能登や新潟まで遠征しているし、その息子は信州諏訪の諏訪大社に祀られている。


現在の神社で出雲系の神を祀るところは、概ね、当時の出雲の国と推定もできるのであるし、勿論、下野、日光は出雲の国だったのである。



次回、「二荒山神社の主神」






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tag : 二荒山神社・本殿三神

133、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・本殿」





  133、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・本殿」  




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二荒山神社 本殿



http://nikkotoshogu.com/html/futarasan/file/bake3.gif
二荒山拝殿境内と化灯篭



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b2/Nikko_Futarasan_Chinese_Lantern_M3301.jpg/800px-Nikko_Futarasan_Chinese_Lantern_M3301.jpg
化灯篭




本殿と拝殿をつなぐのに渡り殿がある。

渡り廊下又は、渡殿という場所で、東照宮では石の間、大猷院では相の間にあたり、社殿内では儀式をおこなういちばん神に近い場所である。

一般参拝者には、特別祈祷とされる結婚式、初宮参りや七五三の式場となる。
弥生祭には、各町の家体(やたい)が、お囃子を神前で披露するため、渡殿が取り除かれて家体(やたい・屋台)が繰り込まれるという。


二荒山神社は縁結びの神さまとしても有名で、境内には神前結婚式のパンフレットがたくさん置かれていた。
二荒山神社の祭神は、単神ではなく、多数神であり、家族神である。

父神と母神、それに長男の神でもあり、父神は大己貴命で別の名は、大国主命・だいこく様とも呼ばれ、福の神、縁結びの神様なのである。 あらゆる縁を結んでくださる神様である。



「古事記」や「日本書紀」の神話に登場する神々は、概ね、縁結び、結婚の物語と言ってもよく、日本の風土の中で培ってきた、神を祭るという永い歴史がある。

二荒山神社の主祭神は大己貴命で、本名は大国主命である。 
大国主命は出雲大社の祭神で、そこは日本最大の縁結びの神、神社としても知られる。
それは、神々は大自然の中にあり、その信仰は自然に向き合って常に感謝や祈りを捧げてきた人々の営みから生まれたものである。


夫婦の和合を乞い願い、夫婦の契りを固める結婚は、神々の計らいであり恵みであるという考え方は、遠い祖先から受け継がれてきた神々への素朴な尊崇の念でもあった。
日光二荒山神社は「縁結びの神様」である。


次回更に、 「二荒山神社・本殿







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tag : 二荒山神社・本殿

132、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・拝殿」






132、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・拝殿」




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二荒山神社 拝殿



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Nikko_Futarasan_Honden_M3325.jpg
本社本殿と透塀(ともに重要文化財)本殿は八棟造で、日光の社寺の中で最古。





そのまま「銅鳥居」をくぐり、右手の唐風造りの社務所を過ぎると、いよいよ「拝殿」である。

拝殿は、無論、本殿を参拝するための建物で、本殿には主要な神物、神威を鎮座させて所であって最も神聖なところであり、神官や我ら参拝人は本殿神物に御祈りをするのである。 
拝殿は、その他にも殿内において各種の神奉行事が執り行われるところでもある。


神社では、弥生祭(日光最大の例大祭で、古くは3月(弥生)に行われていたことから、弥生祭と呼ばれた。市内で神輿飾祭を皮切りに5日間行われる)をはじめ日々の祭典、御祈祷などがおこなわれ、参拝の人たちと最も近く接するところである。

日光山の殿堂のなかでは、珍しいほど彫刻、文様などが一切ない、単純にして力強い建造物である。



弥生祭は、日光最大の祭りで、「日光の春は弥生祭から」の言葉どおり、毎年4月13日から17日までの5日間にわたって繰り広げられる二荒山神社の例大祭で、山の都・日光に、絢爛たる春を告げる祭りである。

八世紀の奈良後期に始まるといわれる伝統ある例大祭で、その昔は陰暦3月(弥生)におこなわれたので弥生祭と呼ばれているが、明治6(1873)年に太陽暦に改まったとき、祭日を現在のように変えたといわれている。

祭典は、滝尾、本宮の神輿が-本社に安置して飾式の神事を行い、又、元の社へ戻るという神輿渡御の祭り。 拝殿では、八乙女舞(やおとめのまい;古くから伝わる優雅な神楽の舞)など各種神事が行われる。


祭りのピークは17日である。東西13町内から、それぞれに美しく飾った花家体(はなやたい-が;屋台)が、弥生ばやしを奏でながら神社に集結する。 
ゴタ祭とも呼ばれ、若者から中老まで祭りに参加して神経を働かせ、境内へ繰り込んだ家体は、午後には拝殿を1回りして順次町内にかえるという、家体の引き回しである。



拝殿の構造は、間口16メートル、奥行き12メートルで単層入母屋-、 反り屋根造り、黒漆塗りの銅瓦ぶき。総弁柄(べんがら;化学物質の赤色顔料の一種)の-漆喰塗りで回り縁がある。

正面中央に石段があり、その上3間(5.5メートル)は両開きの唐戸だが、そのほかは全部蔀戸(しとみど;格子組みの裏に板を張り、日光をさえぎり、風雨を防ぐ戸)になっている。

拝殿の奥は石段で下り、渡り廊下(渡殿)で唐門を通ると本殿に続く。



 次回、「二荒山神社 本殿」
 





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131、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・銅の鳥居」






  131、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・銅の鳥居」  




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ここより、いよいよ神域で拝殿、本殿に向かうための第2の鳥居が控えている。 

「銅の鳥居」である。 

神社楼門の次にあり、東側の入口にあたる鳥居であり、現在のものは、寛政11年(1799年)に造り替えられたもので、基部には神仏習合の証でもある仏式を思わせる蓮華が刻まれている。 

銅鳥居の中央には、「二荒山神社」の扁額が掛かかっている。 重要文化財 



元より、鳥居とは、神社への入口の役割を果たす“門”で、神社の参道入口に立てて神域を示すものである。

例外はあるが、日本古来のシンプルな「神明(しんめい)」系と、仏教の影響を受けた「明神(みょうじん)系」とに分けられる。  

その鳥居の形は寄進者や宮司の好みでも決まるので、一つの神社に複数のタイプが混在することもある。



鳥居のルーツは、2本の柱に横木(笠木ともいう)を渡しただけのものとされる。 
そこから発展して現在のように多彩になったとされる。 

鳥居の素材には元来、木を用いたが、中世以降は石材も一般的になった。

木製のものは、腐食防止と美観の観点から、笠木の上を瓦や銅板で葺いだ屋根がつくこともあり、又、大方の銅鳥居、又は銅の鳥居と言われるように、全体を銅版で覆うことも或る。

笠木中央にある「額束」には神社名を示す神額が取り付けられる。



次回、「二荒山神社。拝殿」






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tag : 二荒山神社・銅の鳥居

130、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・楼門」





  130、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・楼門」  







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http://tabisuke.arukikata.co.jp/mouth/71018/image?1273302738










それと一般に、楼門とは2階造りの門のことをいい、「楼」(ろう)は、高く構えた2階建ての建物のことで、楼閣、高楼、鐘楼などにも呼んでいる通り。

つまり、楼門とは建物の形式の呼び名で、二荒山神社の楼門は「神門」なのである。
 

この門は、日光山開山(男体山山頂に奥宮が祀られた時)から1200年を記念して造られたもので、昭和57(1982)年に建てられた比較的新しいものだが、歴史的価値は別にして昔の華やかな姿を偲ぶことはできる。


楼門の中央部には立派な篇額が重々しく、「正一位勲一等 日光大権現」と記され、飾ってありました。

江戸時代には、当地、日光神域は一体として、「日光大権現」、「日光三社権現」(本宮=本社、中宮=中宮祠、滝尾の各社)とも称していて、主神は男体山であり、当時は男体権現とも呼んでいたようである。 

無論、神仏分離された当神社は、日光大権現・二荒山神社で、神階(しんかい;日本において神道の神に授けられた位階で、神位ともいう)は、正一位勲一等なのである。


尚、楼門から東照宮に通じる参道を、上新道(うわしんみち)と呼んでいて、塀ぞいには杉の巨木や石灯籠が並び、味わい深い小道は精神を鎮めるそぞろ歩きにはピッタリであろう。



次回、「二荒山神社・銅の鳥居」






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129、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・上新道と下新道」





  129、日光の世界遺産;二社一寺 「二荒山神社・上新道と下新道」  



 http://townphoto.net/tochigi/t09/t0945.jpg
国道より直に二荒山神社へ向かう西参道、



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二荒山上新道(うわしんみち)


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此方は下新道






さて、日光の国道から二社一寺へ向かうには、東照宮へ直に結んでいるのが「表参道」、そして二荒山神社へ直接結んでいるのが「西参道」になります。

更に、東照宮入口から二荒山神社神社を結んでいるのが二つの新道と言う参道で、両方が並行して続いている参道で、北側が上新道、南側が下新道と言うわけである。

上新道というのは、東照宮表門前から二荒山神社に続く道である。
昔も今もさして変わりがない場所なのだが、一番の違いは石灯籠の有る無しだ。
この石灯籠は、東照宮350年祭(昭和四十一年・1966)に奉納されたもので、その数は37基。 当組合も奉納者に中に名を連ねている。

消火栓など(ボックスの中にはたぶん消火用ホースが収納されているのだろう)も現在は設置されていて、「文化財防火デー」などでは活躍する。もちろん「いざ!」という時のものなのだが、この「いざ!」は絶対にあってはならない。

現在、石燈籠の右側の一部が幕で覆われているが、これは「簓子塀(ささらこべい)」の修復工事中のための覆いなのです。
そういえば、もうすぐ400年祭(平成28年・2016)なのだ。

東照宮の各所で、それ(400年祭)に向けての修復工事が続いている。
一番大きい灯籠が、 「東武鉄道株式会社」の奉献だったことです

灯籠を見ながら上新道を通ったが、ここは、杉並木が続く下新道で上新道に並行してより南側に位置していて、上新道とはまた違った景色です。



次回、「二荒山神社・楼門」










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128、日光の世界遺産;二社一寺 「日光・二荒山神社」






  128、日光の世界遺産;二社一寺 「日光・二荒山神社」  




二荒山神社境内図 二荒山正面エリア


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日光・二荒山神社・本社




大猷院の直ぐ隣に位置するのが「二荒山神社」である。

神社は奈良時代において、地元(下野の国・現在の栃木県)の勝道上人の開基であることは何度も述べた。

祭神は男体山の神・大己貴命(オオナムチノミコト)で、伊勢神宮に次ぐ広さをもつ境内には、樹齢1000年という杉の御神木、日光山最古の建造物の社殿である本殿、拝殿などがある。

この山内が本社で、中禅寺湖の北岸に中宮祠、男体山の頂上に奥宮が祀られている。



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二荒山神社・楼門




西参道の年代がかった杉並木の砂利道を、150メートルほど行くと二荒山神社の鳥居が例によって出迎えてくれる。   
鳥居からは既に楼門(神門)も見えているが、この奥の神社の社殿全体は、深い森の中に鎮んで居るようである。

その楼門は、境内東側の参道入り口に立ち、形式は入母屋造りの二階層の華麗な門で、上二階部分は欄干で囲まれ、模様彫刻を施し、朱色に塗り上げられた建物は、既に、柱とともに荘厳さ感じさせる。

楼門扁額には重々しく、「正一位勲一等 日光大権現」と記されている。




次回、 「二荒山神社・上新道」






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127、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮のホットニュース」 





  127、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮のホットニュース」  




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634m地点で、この石垣の右側は輪王寺の大護摩堂です。


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-e7-07/kassy1946/folder/1796569/41/66438841/img_8?1336303207
634mの仮の地点、石垣の右側は輪王寺の大護摩堂


http://www.yamasuki.com/ph_st/2sya1ji/2sya1ji05L.jpg







世界遺産・日光東照宮のホットニュース


日光東照宮に、また一つ話題が増えました。

「634m」といえば、東京の新名所と同様に、実は、日光東照宮の「五重塔」なんです。

東京の新名所「東京スカイツリー(R)」は高さ634m、日光東照宮にある「五重塔」の標高は630~640m、偶然にも、2つの塔同じ沿線にで、同じ高さにあり、同じく耐震効果の高い心柱構造…と、共通点の多い二つの塔なんです。

そこで日光では、東京スカイツリー(R)のオープンに合わせ、この「五重塔」の内部を初公開することになったのです。


東京スカイツリーは、2012年5月21日に開業しましたが、展望台の人気が高く、現在でも予約が殺到しています。

その話題に便乗した感じで日光東照宮の参道の標高が先日測定されました。
日光東照宮の建物がある場所は従来から340mくらいと言われていたことから、正式に634mの地点が測定された訳です。

東京スカイツリーの施主でもある東武鉄道にとっては特急スペーシア(浅草-日光)の大きな宣伝伝効果にもなったことでしょう。








先般、標高の正確な測定がなされ、
ここが東京スカイツリーの高さと同じ、634m地点となりました。
いずれ、きちんとした道標が出来るものと思われます。
イメージ 7
イメージ 8
 
       イメージ 9右側は大護摩堂です。

 
日光東照宮参道の標高634mからの眺め
萌黄色の山の若葉が美しかったです。


 東照宮 終、  次回からは、日光二荒山神社  








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126、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮・陽明門、平成の大修理」(Ⅱ)






  126、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮・陽明門、平成の大修理」(Ⅱ)  




 http://cache5.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/25360003013.jpg




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http://sekai-isan.pw/wp-content/uploads/2014/07/IMG_6097-960.jpg








世界遺産・日光東照宮の中で最大の見物である陽明門が現在、大修理の真っ最中で白い工事用のカバーが掛けられていて全容を見ることが出来ません。

だが、正面と背面に安置されていた一対の将軍像と狛犬が現在仮住いをしています。
その場所は昨日紹介した神輿舎の背面から続く西側廻廊に仲良く一列に並んで安置されています。


ところで、「家を建てるときは瓦3枚残す」という言葉があるように、建物は完成した瞬間から
崩壊が始まる。それなら1か所だけ仕様を違え、建物はまだ未完成であると見なし、
建物が長持ちするよう願った、という説があります。  

将軍像と狛犬が陽明門に戻ってくるのは6年後の平成31年の予定でそれまでは西廻廊に仮住いです。
待ち遠しいですね。



平成の大修理 概要、

1.工事期間   
平成25年6月1日から平成31年3月31日、6ヵ年度継続。

2.対象物件   
本殿・石の間・拝殿、陽明門の2棟。

3.修理内容、方針   
◎ 各棟とも昭和修理の経年修理から二度目となる、装飾廻りの根本的な更新修理。
◎工事は外部廻りの漆塗・彩色・錺金具の更新を主に、一部内部塗装の繕いのほか、屋根・足元・縁廻り等の消耗的箇所についても調査を行ない、必要があれば部分的な木部解体修理を併せて実施していく。
◎ 修理に当っては、作業が天候に左右されないように建物全面に覆屋(素屋根)を架設して、工事を実施していく。
◎ 工事に伴って各種の調査を進め、新たな知見を探るとともに、建物の歴史的な経緯と伝統技術の仕様・工法の詳細などを出来るだけ明らかにしていく。

なお、同『第一期第四次』事業は、平成31年4月1日から平成36年3月31日、6ヵ年度継続で、下神庫、東西透塀(未施工残箇所)、背面唐門、表門附簓子塀(表門東方延長)、神厩、渡廊(附指定)など、複数棟の修理を予定している。


修理作業工程

修理は、調査・記録・見取図作成から始め、その後、金具や古い塗装(漆・彩色)を除いて木地を調えます。漆塗りと箔押し、岩絵具による彩色を中心とした三十数工程の作業を経て、金具には鍍金を施し、社殿は輝きを取り戻します。



次回、日光東照宮のホットニュース






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tag : 日光東照宮・陽明門、平成の大修理

125、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮・陽明門、平成の大修理」 






  125、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮・陽明門、平成の大修理」  





http://artistside.com/img.php?filename=d_4375_1_1233304077.jpg&w=600&h=600&m=pc


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/11/965f415d84b093c59f25fcbd2b5bdf71.jpg
工事中の陽明門


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-78-25/kassy6491/folder/1624511/66/55934266/img_4?1383921460


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-78-25/kassy6491/folder/1624511/66/55934266/img_5?1383921460
西側廻廊に安置されている仮住いの陽明門の主役たち(一対の将軍像と狛犬)、これまでは陽明門の個室(脇間)にいましたが、今は仲良く大部屋(西廻廊)で一緒です。





陽明門の平成の大修理

昭和25年4月から着手した東照宮の昭和大修理事業は、昭和61年3月の第二期工事終結を以って指定建造物40棟の主要な修理が終了しました。その後は第三期工事としてアフターケアとなる維持補修を中心にした事業が平成14年度まで継続されています。

現在は、昭和大修理から半世紀が経過し、主要な社殿は外部装飾の劣化とともに木部の腐朽が進み始めるなど、改めて根本的な経年修理を必要とする再修理の時期を迎えています。


世界遺産・日光東照宮の中で最大の見物である陽明門が現在、大修理の真っ最中で白い工事用のカバーが掛けられていて全容を見ることが出来ません。

今回の工事は昭和の大修理(1969~73年)以来のこと。
これまで屋根のふき替えや塗装の塗り替えはありましたが、彫刻や主要な化粧部材は創建時のまま。

平成の大修理では、陽明門の象徴ともいえる彫刻群などのはげ落ちた塗装を全面的に塗り直すのが中心です。
総工費は10億円、気合いが入っていますね。
 

陽明門工事中の観光やは見学は・・?、

修理の作業工程は、調査・記録・見取図をつくることから。その後、金具や古い塗装(漆・彩色)を落とし、金箔押、岩絵具の着彩、上塗など30工程以上の作業を経て、陽明門は輝きを取り戻すのです。

6年におよぶ長い工事期間中、陽明門の華麗な彫刻は直接見られません。しかし、透明なアクリル板が設置されるので、観光客は工事の様子を見学することができます。

陽明門の正面と背面に安置されていた一対の将軍像と狛犬が現在仮住いをしています。
その場所は、神輿舎の背面から続く西側廻廊に仲良く一列に並んで安置されています。

また、西回廊(唐門西側)では修理工事に関する展示も行っています。


次回も、陽明門の平成の大修理、







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124、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮の五重塔の十二支の彫刻」





  124、日光の世界遺産;二社一寺 「日光東照宮の五重塔の十二支の彫刻」  




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世界遺産・日光東照宮の五重塔の十二支の彫刻


東照宮の霊獣・動物の彫刻は全部で26種類あると言われています。

五重塔の第一層の蟇股には東西南北の4面に12支の動物の全ての彫刻があります。

北側の中央の鼠から始まり時計回りに順番に配置されています。

 ・東側(正面)の動物の彫刻:虎、兎、龍(徳川三代将軍・家康、秀忠、家光の干支に対応)

 ・南側の動物の彫刻     :蛇、馬、羊

 ・西側の動物の彫刻     :猿、鶏、犬

 ・北側の動物の彫刻     :猪、鼠、牛

 
今回の東照宮五重塔の不思議は

1)東側正面の徳川三代将軍の干支の動物が偶然にも右から虎、兎、龍の順番になっている。

2)鼠、蛇、馬の3種類は五重塔以外にはない。

理由はよく分かっていません。

1)については三代将軍の干支が、たまたま順番になっていたのでこの五重塔の彫刻に12支の動物を採用した可能性があります。これは私の勝手な推測です。

2)については「東照宮再発見」の著者・高橋晴俊氏の「時々社殿では鼠の被害に遭ったり、境内の石垣には大きな蛇がいて驚かされるし、厩には神馬がいるので鼠、蛇、馬の3種類はなくてもよいかも知れない。」と言う見解はユニークで面白いです。



何故、十二支の動物の彫刻が彫られたかは明らかではありません。

三代将軍の干支が、たまたま順番になっていたので五重塔を寄進した初代若狭小浜藩主・酒井忠勝のアイデアで、この五重塔の彫刻に十二支の動物を採用した可能性があります。


十二支の彫刻以外の部分の彩色部分の剥がれはかなり進行している箇所もあり、あと数年もすると修復の必要が出てきそうな感じでした。


次回、「日光東照宮・陽明門、平成の大修理」








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123、日光の世界遺産;二社一寺 「何故、家康は日光に祀られたのか」






  123、日光の世界遺産;二社一寺 「何故、家康は日光に祀られたのか」  




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日光東照宮の不思議再発見 何故、家康は日光に祀られたのか



何故、日光に徳川家康公が祀られるようになったのかについて触れて見たいと思います。

説がいくつかあるようですので列挙します。


1.日光が関東地方髄一の歴史と伝統を持った信仰の霊場で、家康公が尊敬もし、同属の先祖
  でもある源頼朝が崇敬を捧げた地でもあった。

2.戦国末期、日光の勢力は反豊臣であり、秀吉による領地没収以来、荒廃の極にあった。

3.家康公が信頼する天海が日光の貫首であり、地理的に、日光は関東と東北の境に位置し、
  戦略的には親藩・譜代大名に近く、戦術的にも要害の地であった。

4.方角的に日光は江戸城の真北に位置し、陰陽道の立場からは宗廟は王城の真北が良いと
  されてきた。

5.日光は景勝の地であり、地名が太陽をイメージさせる素晴らしい名前であった。

このような諸説の根底には壮大な宇宙論が存在しているようです。

1.家康公生誕の地、岡崎と葬送の地、久能山とは、東西一直線状に並び、久能山の神廟は
  西向きに建てられている。久能山、岡崎の一直線上の先には京都が位置している。
  これは「太陽の道」を意識している。

2.久能山の神殿は南南西を向いて建ち、その真後ろの方角には富士山(不死)を越えて日光  
  がある。

3.日光は政治の中心・江戸から見れば宇宙の中心と考えられていた北極星の方角にある。

ということで、家康公(東照大権現)は宇宙の中心線上に祀られたことになるそうです。



次回、 日光東照宮の五重塔の十二支の彫刻









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122、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」(Ⅱ)





  122、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」(Ⅱ) 





http://www.toshogu.jp/keidai/images/map.jpg




http://wadaphoto.jp/japan/images/nikko48l.jpg







「徳川埋蔵金とかごめかごめ」の続き、

尚、天海の正体が、山崎の戦いに敗れた後も生き延びた明智光秀であることを示唆しているとする説があるが、鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他に敦賀(鶴賀)と亀岡の意味もあるとしている。
敦賀と亀岡は、丹波の国で光秀の所領だったところである。


童歌・「かごめかごめ」のカゴメとは、籠の目、三角形を2つ合わせて六芒星(亀形)の形になる。
これは仏教でいうところの六道を意味し、六道とは輪廻の世界のことで、お釈迦様が仰られたように苦の世界とする。

籠の中の鳥とはまさしく、私たちやご先祖様、輪廻の世界の住人のことで、「いついつでやる」は、いつ輪廻の世界から抜け出して本当の世界に帰るのか、「夜明けの晩」とは不思議な表現ですが、その時期を表している。

鶴と亀は四神獣の朱雀と玄武、すなわち方位を示す。
つまり、南北が「すべった」は、表現としては衰退、衰亡したとの意味もあり、この歌は、古い時代の終焉、そして、全く新しい時代の夜明けを意味する歌なのであるとする。

南北は、即ち江戸城と日光のことなのである。 
もし、そのような事態が発生したら・・?!、



次回、 何故、家康は日光に祀られたのか






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121、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」




  121、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」  





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東照宮の不思議、徳川埋蔵金と「かごめかごめ」

徳川埋蔵金が、江戸幕府が密かに地中に埋蔵したと伝えられている貴金属(金塊あるいは貨幣)であるが、その一つが東照宮とされている。

近年では、1868年4月に江戸城が無血開城となった際、当時財政難に喘いでいた明治新政府は、幕府御用金を資金源として期待していた。
ところが、城内の金蔵は空であったため、幕府が隠匿したと判断した新政府軍による御用金探しが始まった。
明治新政府は、埋蔵時期とされるのは幕末以来と考えたのであろう。

遡るが、徳川家康が残した軍用金は久能山東照宮に納められたが、神柩(しんきゅう;遺骸)を日光へ移す際に江戸城へと運ばれた(久能山御蔵金銀)。
その殆どは日光東照宮の造営や徳川家光の上洛などで使い果たされたとされているが、実は裏帳簿により一部が残されて埋蔵金となったという伝承もある。

それは、日光山内(東照宮、二荒山神社など、それぞれの論により詳細な場所は異なる)
男体山、中禅寺湖、明智平(いずれも奥日光)、などの噂が飛び交っているが・・?。

この「徳川日光埋蔵金」説の根拠となっているのが、何と・・!、あの南光坊天海が作ったと根強く信じられている童歌・「かごめかごめ」の歌詞の中に、何か暗号めいた謎解きのような文言が隠されているとしている。
それは、「鶴と亀が埋蔵金の在りかを表している」とも・・?、

尤も、「かごめかごめ」ではなく、「通~りゃんせ、通~りゃんせ」の方だというせつもあるが、



日光東照宮説に於いては、(提唱者不明、過去に埋蔵金と結びつけてテレビ番組等で紹介されている)日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られていて、歌詞中の「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているとしている。 さて・・、



次回も、「東照宮の徳川埋蔵金とかごめかごめ」(Ⅱ)








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