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東北紀行(57)田沢湖 「クニマス」

『東日本大震災』に遭われた被災者の皆さんに、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。 
微少、微力ながら援助は惜しみませんので、一日も早い安らぎと回復をお祈りいたします。

周辺の温泉地において、被災者に温かい温泉を提供してやって下さい。 所謂弱者・・?、高齢者所帯、乳幼児のいる所帯には短期間でもいいから極力空部屋(特に公共宿泊施設)を貸してやって下さい。 政府、官公庁、地方の公の機関はこれらを調整、斡旋、資金等のバックアップしてやって下さい。  
東北の温泉愛好者、東北出身(いわき)の小生





 東北紀行(57)田沢湖 「クニマス」   、





体長凡そ20cmの「クニマス」(動物図鑑)




ところで、クニマス(国鱒)の語源は、江戸時代に田沢湖を訪れた秋田藩主がクニマスを食べ、純粋な国産種の鱒ということから「国の鱒」と名付けられたといわれる。
先にも記したが、江戸初期に秋田藩主・佐竹義隆公が藩主としては最初に乳頭温泉・鶴の湯に入浴した記録が残されていて、その後も秋田藩・佐竹氏や佐竹北家(角館)の御用湯治場となっていた。 

温泉遊山の道々、田沢湖の秀麗な風景を堪能し、田沢湖産の魚類を食したことは当然でもあるが、その時、具体的に国鱒と命名したのは何代の藩主かは定かでない。 
しかし、これより以前に「クニマス」は「キノシリマス」(木の尻鱒;の語源は、辰子伝説の一つで、木の尻(松明)を田沢湖に投げたところ魚の姿になったという伝承から名付けられた)とも呼ばれて、時期になるとこの魚を塩引きにして秋田の御屋形様へ献上し、更には飛脚で江戸藩邸へ移送していたらしい。

クニマス」は殿様の食膳にも上る御品で、下々では「ぜいたく品」であり「もったいない」とあってなかなか口にできないものであったらしい。 
湖岸の漁民も換金魚として大切に扱い、豊漁の年でも冠婚といった特別のとき以外は食べなかったという。 
大半は城下・角館町に売りに出されていて、 その角館でも買う家は地主、上級武士、豪商など決まっており、一般の民が口にするのは大変なことで妊産婦か病人に限られていたという。


【追記】
このような絶滅した貴重な魚、70年前に完全に絶滅したとされたクニマスが、2010年に山梨県の西湖にて生存個体が確認されたという。
西湖の漁師は、この発見以前から「クロマス」と呼ばれて存在自体は知られていたが、「ヒメマスの黒い変種」程度にしか認識されていなかったらしい。 
このため、西湖周辺では普通に漁獲されていたほか、一般の釣り客も10匹に1匹程度の割合で比較的簡単に釣り上げており、2010年以前にも「西湖でクニマスを釣り上げた」などと再発見説を唱える者がいたという。

きっかけは、京都大学の教授と我らが「さかなクン」のコンビネーションで、クニマスを見出しや発端となったらしい。 
イラストを書きながら「さかなクン」が妙に思って教授に話し、専門家に依頼して解剖や遺伝子解析を実施したところ、その結果が西湖の個体であるクニマスであることが判明し、70年ぶりに生存が確認されたという。


以前に、田沢湖では人工孵化の実験をするため、1935年ころであるが本栖湖、西湖、他にも琵琶湖に送ったという記録があるらしい。 
又、近年になって田沢湖町の観光協会では100万円、次には500万円の懸賞金を懸けてクニマスを捜し、全国から14尾が寄せられたが、鑑定の結果いずれも「クニマス」とは認定されず、発見には至らなかったという。


クニマスの再発見の知らせを受けた秋田県の仙北市と田沢湖観光協会は、早速、「クニマス里帰りプロジェクト」を正発足させ、国や県と協力して田沢湖の水質改善を進めるなど、将来的にクニマスを田沢湖に戻すことを前提とした諸活動を計画開始しているとのこと。

しかし、現在でも田沢湖の水は依然として強い酸性を保っており、単にクニマスを田沢湖に戻すには程遠い状況にあるとされ、当面はクニマスの生態調査に力を注ぐと同時に、県内の他の場所でもクニマスを養殖できないか、山梨県とも協力しながら検討を続けていく方針という。


今年(2010年)の今上天皇の誕生日(12月23日)にあたって、このたびの「クニマス」発見のニュースを聞いて、特別に「さかなクン」など関係者に対し、お言葉があった。

『 この生物多様性年も終わりに近い頃、日本の淡水魚が1種増えました。それは、最近新聞などでも報じられたクニマスのことです。クニマスは田沢湖にだけ生息していましたが、昭和の10年代、田沢湖の水を発電に利用するとき、水量を多くするため、酸性の強い川の水を田沢湖に流入させたため、絶滅してしまいました。ところがこのクニマスの卵がそれ以前に山梨県の西湖に移植されており、そこで繁殖して、今日まで生き延びていたことが今年に入り確認されたのです。本当に奇跡の魚(うお)と言ってもよいように思います。クニマスについては、私には12歳の時の思い出があります。この年に、私は、大島正満博士の著書「少年科学物語」の中に、田沢湖のクニマスは酸性の水の流入により、やがて絶滅するであろうということが書かれてあるのを読みました。そしてそのことは私の心に深く残るものでした。それから65年、クニマス生存の朗報に接したわけです。このクニマス発見に大きく貢献され、近くクニマスについての論文を発表される京都大学中坊教授の業績に深く敬意を表するとともに、この度のクニマス発見に東京海洋大学客員准教授「さかなクン」はじめ多くの人々が関わり、協力したことをうれしく思います。クニマスの今後については、これまで西湖漁業協同組合が西湖を管理して、クニマスが今日まで守られてきたことを考えると、現在の状況のままクニマスを見守り続けていくことが望ましいように思われます。その一方、クニマスが今後絶滅することがないよう危険分散を図ることはぜひ必要です 』

次回、「角館



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