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東北紀行(121)大内 「大内宿の紹介者」

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 東北紀行(121)大内 「大内宿の紹介者」  ,



それにしてもである・・
日本は明治以降、近代化の波を受けて旧来の考え方や物質文化が蔓延ってきて、道路や鉄道といった公共機関から、おのずと個人の生活もより良い方向へと便利さを求めた。 

大内周辺でも、すぐ横に幹線道路が新しく敷かれて、人の往来も頻繁になり、近くの温泉宿で身を癒すほどに社会的に余裕も出てきている。


しかし、「大内村」は、そんな世の中の急変している時代に気が付いていても、平然として江戸時代の暮らしを続けていたのである。
この大内村の時代を超越した生き方や暮らしぶり、更には変わらぬ建築物や町並みを、外部の人によって見出され、これらのことを世に問うたのであった。 
それは先ず、外人の旅行家によって紹介されていた。

イザベラ・バード」というイギリスの女性旅行家、紀行作家で、明治時代の東北地方や北海道、関西などを旅行し、その旅行記"Unbeaten Tracks in Japan"(日本での題名:『日本奥地紀行』、『バード 日本紀行』)などに「会津・越後を歩く」として詳しく書かれているらしい。 


イザベラ・バードは日本各地を訪れているが、特に「日光」が気に入ったらしく10日以上滞在している。 
中禅寺湖、男体山、華厳滝から奥日光の湯滝、湯元湖などを闊達に描写し絶賛している。 湯元温泉では湯治場や湯治客にいへんな関心を示し、その様子を詳らかに記している。


バード一行は、この後いよいよ外国人がかつて誰も訪れたことの無い地方に入る。
南会津町から船で大川(阿賀野川)を渡った一行は大内宿で宿泊する。 

大内の宿泊所は「美濃屋」という大きな農家で、江戸時代の大名の宿泊所でもあったらしい、所謂、本陣であった。 因みに、この美濃屋は明治以降は、郵便局や運送所も兼ねていたという。

彼女は、この時の大内村の様子を、西欧の影響を全く受けていない地方の生活様式や日本人の暮らしを母国である故郷に手紙で知らせている。 
この中から、当時の日本人がおおらかで文明化に向けて希望を持っている様子が見えるという。


又、近年になって、日本を代表する民俗学者の一人である「宮本常一」氏によって、現在の大内宿が紹介されている。
彼は生涯において、丹念に日本中を歩き、村の暮らしの話を採集した人であり、三十三巻の著作集を残している。
明治後、大内宿は明治のある時期に他に道路ができたため、山間で孤立してしまった。 
大概の宿場は文明開化の名の下で廃れてゆく中、それでもなお村の旧観が残ったというのは、奇跡に近い。そのことについて、この宿の人々をたたえている。


宮本氏は・・、
村人の結束もかたい上に、特別に大きな財産家もない。村人を出し抜いて自分だけはよい生活をしようとするような人もいなかったことが、このような村を残したのであろう。」
それにしても、この大内の人々は、見上げたものと言わざるを得ない。 江戸時代が去り、もはや参勤交代の行列がやってこなくなっても、さらには新街道が別の方について山間に捨てられてしまっても、住居や村を変えようとしなかったと言うのは、遠い昔からの日本人の心だったというべきだろう。」(宮本常一著作集 1989年)



そして、「街道をゆく」を著した司馬遼太郎が大内宿を訪問しているが、大内宿の印象を以下のように述べている。 
「 大内の小盆地に入ったとき、景色のすがすがしさにおどろいた。 まわりを、標高千メートルほどの峰々がかこんでいる。 北に六石岳、東に小野岳、西に烏帽子岳、神籠ヶ岳などといった山々で、私どもは南から入った。 大内という在所だけが、うそのように平坦だった。 そのなかにひと筋の古街道がとおっていて、その古街道の両脇に、大型の草ぶきの屋敷が、幾棟も幾棟も、棟をむきあわせてならんでいるのである。 (中略) 江戸時代そのままのたたずまいだった。 残っていつ規模が大きく、戸数五十四戸が、整然とならんでおり、どの家もよく手入れされている。 たったいま会津若松城下から、松平候の参勤交代の行列が入ってきても、すこしもおかしくない。 」 

同宿場は「重要伝統的建物群保存地区」に選定されている。


重要伝統的建造物群保存地区選定基準として・・、 
(一) 伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの
(二) 伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
(三) 伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの
この内、大内宿は(三)の選定基準に当てはまるものとして昭和56年に重要伝統的建造物群保存地区に指定された。

次回、「大内宿の伝説



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