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東北紀行(122)大内 「由来と宮様伝説」

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 東北紀行(122)大内 「由来と宮様伝説」  ,







大内宿



大内宿
は正式には「おおち」と発音するらしい。 
ただ、小生の出身は東北の「いわき」であることから、この地方・会津は東北訛りが更に強烈に浸透している地域である。 
標準語では「おおうち」であるが、実際は「おーうず」と聞こえるはずであり、「おおづ」が「おおち」になった可能性もある。


この「大内」の名を付されたのは、遠く平安末期の頃といわれる。 
伝説によれば、皇子・以仁王が都を追われ、越後国に落ち延びる途中、大内に立ち寄り、この里が都の風情に良く似ている所から、それまで山本村であったのが「大内村」に改められたという。 


単に「大内」といえば、皇居、皇宮、宮中、内裏など天子・天皇のお住まいを指すようであるが、この時、大内としたのは或は、内裏周辺の民衆の住まいや暮らしに似ていたのかもしれない。 
以仁王自身も、無論、内裏の人であった。   

以仁王(もちひとおう)は、横暴な平家に対して源氏が立ち上がるようハッパをかけた人物である。 途中、曲折はあったが結局、源平合戦が沸き起こり平家が滅んで源氏が武士の世を創りあげた。
つまり、この源平事変の最大の功労者でもあったのだ。


平家全盛の治承4年(1180)、後白河天皇の第2皇子(第三皇子であったが兄が仏門に入る)「高倉宮・以仁王(もちひとおう)は、皇位継承者として有力候補であった。
だが、平家一門の妨害に遭って阻止されたこともあり、尚且つ、専横を振るう平家に対して敵意を抱くようになる。 

そして、同調者・源頼政の勧めもあって諸国の源氏と脈を通じながら、正式に「令旨」(りょうじ:皇太子、親王および王・女院の命令を伝える文書)として源氏諸侯へ平家打倒の触れを出す。 

反平家勢を当てに自らも挙兵を試みたが、準備が整わないうちに計画が平氏方に漏れ、頼政は討ち死に、高倉宮も討ち死にしたとされている。 
しかし、一部には高倉宮(以仁王)は行方不明になっていたという伝承もある。

以仁王と頼政の挙兵は短期間で失敗したが、その影響は大きく、以仁王の令旨を奉じた源頼朝や源義仲、甲斐源氏、近江源氏などが各地で蜂起し、治承・寿永の乱(平氏政権に対する反乱)が起こり、正規の源平合戦への幕を開けることになる。



あの時、高倉宮・以仁王の屍体の確認が完全ではなかったらしく、伝承ではその場を逃れ、東海道から甲斐・信濃の山路を越え上野(群馬県)の沼田から尾瀬、桧枝岐に抜け、そして、ここ「大内」にたどり着いたことになっているという。

因みに、以仁王の臣下に「尾瀬三郎」(尾瀬三郎物語)という者がいて、彼は村人に“あの山の向こうに素晴らしい湿原や沼がある”ことを知らせ、初めて『尾瀬』という『尾瀬ヶ原や尾瀬沼』の場所を知ることになる。 
尚、尾瀬三郎は以仁王本人という説もあるとか・・?。


大内宿に一端落ち着いた以仁王は、その後、会津に入って、越後の八十里越を経て、吉ヶ平から、刈羽郡小国町に落ち着いたという。
この時、高倉宮には桜木姫というの愛妾がいて、高倉宮を慕い、後を追って大内にたどり着いたが、長い苦労の旅により倒れ18歳の若さで、ここ大内で病死したと言われている。 

村人はその死をはかなんで、村はずれに墓を建てて供養した。
この墓周辺は今でも主君に仕える人が眠る原ということで、御側原(おそばはら)と言われているという。
又、南北に通る大内宿の西側には、高倉神社が祀られている。

これは平清盛に反旗を翻し、宇治川の戦いで敗れた高倉宮以仁王を祭神とする神社であり、この付近一帯の鎮守社でもあるという。 

毎年7月2日には高倉宮を祀る「半夏(はんげ)祭り」が行われている。 
祭礼当日には、同時に桜木姫を祀る桜木姫霊社に注連(しめなわ)が張られ、同格に祭られるという。
祭礼は数百年の間、山間の大内宿で行われてきたといい、この事実は神霊である高倉宮・以仁王を敬う強い信仰の表れでもあるといえる。

次回、大内宿の幕末志士



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